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【書評】チャーズ―中国革命戦をくぐり抜けた日本人少女

敦煌を旅行中、ガイドのメリーと一緒に、敦煌名物、ロバ肉入り麺のランチをしているときだった。

敦煌名物ロバ肉入りの麺

メリーはフェイクのグッチのリュックを背負い、伊達メガネをかけている。小柄で肉付きが良く、ちょっと稲田朋美に似ている。東京のセブンイレブンでレジ打ちをしていても全く違和感のない中年女性だ。

私はメリーに、「どうして敦煌に住んでいるの?」と聞いてみた。

メリーはこともなげに言った。「父が湖南省から甘粛省に移住してきて、母と敦煌で知り合って結婚したの。でも、父は結局、ここで餓死したのよ」と。

「ガシ」という言葉が刺さった。

メリーが生まれてから、食べ物がなくてお父さんが死んだということは、大躍進か?

敦煌は僻地だから、もしかしたら、大躍進が長引いて物流の麻痺や凶作の影響が長く続いたのだろうか?

好奇心はあったものの、メリーのプライバシーにそれ以上立ち入るのは止めた。政治的なことは話せないかもしれないし。

その代わりに、帰国後に「チャーズ」を読んだ。

「チャーズ」という本の存在は中国に行く前から知っていた。名作との評判が高かった。だが、あえて読む気は起きなかった。

飢餓、暴力、悲惨を描いたノンフィクションは読んでいて辛い。ましてや、それが実話、本人の体験談なら。私にはホラー映画や戦争映画の趣味はないし、もう小学生ではないから、「戦争は怖くて嫌だと思いました」と言うような作文を書く必要もない。

だが、メリーの一言から生まれた好奇心が私を本書に向かわせた。

もちろんメリーの父の死とチャーズの悲劇は別物だ。だが、両方とも中国の大地で起きた悲劇という点で共通点はある。

チャーズは中国建国前後の内戦時の長春で、戦前に満州に渡った作者の遠藤誉さんとその家族が実際に経験したことを、成人後の再構築したノンフィクションのドキュメンタリーだ。

当時、長春の街は国民党軍が支配していたが、その街が共産党軍に包囲された。外からの兵糧攻めに逢った街の人々は、どんどん痩せ、雑草や犬まで食べ、とうとう、人肉市場開設の噂が立つ。街からの脱出を図った日本人家族が街の内外の境界地域であるチャーズで見たものは。。。

緊迫感を持って最後まで一気に読了した。

兄弟が餓死すること、餓死者の上で眠ること、死んだと思っていた人の手が動くこと。。。。やはり描写はリアルで、とんでもなく怖かった。

肉体的苦痛を想像して戦慄したら、あとは自動的に「平和で豊かな日本で生まれ育ったことに感謝」の思考モードになってしまう。

特攻隊、戦艦大和、原爆、アウシュビッツ、東京大空襲、ベトナム戦争。7時のニュースで流れるひどい殺人、事故、災害などの悲劇。

全部、そうだ。

私たちはそれらを見聞きして、「怖い。。。」と思い、そういう恐怖がない「今の日本の自由で平和な日常」をありがたいと思う。そして、悲劇の教訓を探し、悪の根源を探し、それを憎むことで小市民的な精神の安定を得ようとする。

だが、本書の一番の怖さは、「そんな小市民的な感慨は無駄だ!」と読者を突き放すところだ。

「現実は、そんなもんじゃないんだよ」、と遠藤さんは言う。「それは、日本の侵略が悪い。。。」とか、「中国共産党の独裁が悪い。。」というようなものではなく、「戦争が起きないようにするには。。。」「家族の死を無駄にしないためには。。。」と考えること自体がそもそも間違っている、と言う。

チャーズは完全に国民党軍と共産党軍の馴れ合いによって起きた人災であり、数十万の人々の非業の最期には意味がなく、そこから教訓も引き出せない、と言う。自分たち家族や多くの人の肉体的苦痛が無意味で不条理だったと遠藤さんは言う。

チャーズの真因は、中国の厳しい原野の気候風土と「大地の法則」にある。それが本書の結論だ。人命をあまりに滑稽に弄び、個人の人生の価値を無意味化してしまう中国の大地の法則そのものを畏怖している。

それは法則なのだから、チャーズは不条理でなく条理だったのかもしれない、とすら言う。

さらに、遠藤さんは「もう嫌!たくさん!忘れたい!」と言いつつ、そういう中国の大地が同時に持つ、暖かい包容力、寛容さ、命を育む力に魅せられて、その後も中国と関わりを続けることを選んでいるのである。

個人に降りかかれば、一生に一度、驚天動地の悲劇であるチャーズも、鳥瞰的に見れば、それは繰り返されている。中国では似たような悲劇、人災が繰り返されてきた。チャーズの前には様々な内乱、その後にも、大躍進、文化大革命。。。。

もしそれが不可避な「大地の法則」なら、今後も、それは起きる可能性はあるし、法則なら起きるのが必然ということになる。

やれやれ。

メアリーは父の餓死の話の後、「息子がウィーチャットにハマっている件」をひとしきり話した。周囲を見回せば、上海や広州から来た裕福な観光客が嬌声をあげながらスマホで自撮りしている。

もしかしたら、満ち足りた様子の観光客の親兄弟は、もしかしたら、拷問死したり餓死したりしているのかもしれない。

いや、観光客自身が10年後にはチャーズの生き地獄を体験するのかもしれない。

食べきれないほどのご馳走を食べた私たちに、「食事は足りた?満足だった?満足だったらアンケートに、『満足だった』って書いてね」、とメアリーは笑って優しく言った。

世の中はシュールでグロテスクだ。

 

 

 

 

 

 

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