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書評:陰影礼讃

高校生のときに学校で読んだときに、暗闇の中に浮かび上がる羊羹や漆器の色の表現に陶然となった。30年ほどを経て、古い日本家屋の壁にからかみを貼る機会があり、表具屋さんが蓑張りした壁を前に、ふと、もう一度、本書を読み返した。

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「日本の美」が生理的に表現されていて、読んでいるだけで、日本建築の木や樟脳やカビの混ざった匂いやシンプルで静謐な空間を追体験できる。だからこそ古典的名著なのだろう。

紙、羊羹、漆器のほかに、谷崎は日本の厠の素晴らしさを称賛する。読むと体験したいと思うのだが、実際には、どんな田舎や寺社に行っても、本書に登場する木製の清潔な便器にはもう出会えない。料亭の行灯の美しさも、その下で照らされる芸者の顔の美しさも、もう失われてしまったものだ。実際、すでに谷崎がこれを書いた時代(昭和8年)からすでに、伝統的な日本家屋や純日本風の設えは滅びつつあり、谷崎自身の自宅にも実際には赤々とした近代的な電灯が灯っていたという。

ありふれたモノの美しさには誰も気づかず、美しいとされるのは、失われていくものばかり。谷崎なら「醜悪」と退けたに違いない、黒電話や石油ストーブ、ちゃぶ台といった昭和の風物もまた、平成の世では「昭和レトロ」として見直されるようになっている。

あと100年もすれば、LED電球の灯りやホットカーペットなどに滅びゆく美を見いだして、それを書く作家が現れるのだろうか。

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