いすみ」カテゴリーアーカイブ

古民家のキッチン(続き):標準仕様の呪縛

古民家のキッチン施工中に、新宿の国産住設メーカーの大型ショールームを見に行った。

ショールームのキッチンはさすがにどれも、見事にお洒落でゴージャス。

壁に貼ってある「全部でおいくら?」を見て仰天。一式、300万円とか、500万円とか、700万円とか。。。。

ネットで見るキッチン設備の価格とは、ケタが1つちがう。

もちろん、その値段には、床か壁の張替えや、配管やガス工事、設置にかかる職人の手間賃は含まれていない。

「すごい。こんな値段のキッチン、一体、誰が買うんだろうね。。。。」

「実際にこんな仕様にする人は少ないんだよ。家も狭いしね。ショールームは夢を見せるだけの場所だよ。実際には、ほとんどの人は値段を知って標準仕様のキッチンを入れるんだ。このキッチン、見てごらん。標準仕様にてんこ盛りにオプションがついてる。標準仕様はめちゃくちゃ安い。30万円もあればOKだ。施工だって1日で済んじゃう。高いのはオプション。日本は特別仕様にすると、なんでも馬鹿丁寧になり、もったいぶるようになって、法外に高くなる。そういう業界の仕組みなんだ」

「でも。。。。標準仕様のキッチンて、あまりにシャビーよね」

「わざとシャビーにしてるんだよ。小金がある人がオプションを選ぶようにね。ちょっとデザインに凝りたい奥様は、アイランドキッチンやら、人工大理石のトップやら、ホーローのシンクやら、アンティーク風の蛇口やらにする。君みたいにね。すると、たちまち3倍、4倍の値段になる。利益率もうなぎ上り。お金は取れるところから取る。金持ちはぼったくる。こと家に関しては、日本の業界はその精神が徹底してる」

思い出せば、IKEAのキッチンは、一つ一つの部材に定価がついていた。キッチンの値段はそれら部材の合計価格+施工費だった。そこには標準仕様も、特約店のための割引もない。どんなにささやかなキッチンでも、買手は自分で一つ一つ、部材を選んで自分のキッチンを作っていく。キッチンを大型にしたり、特別な設備を入れれば当然、合計価格は高くなるが、あくまで価格の上がり方は直線的だ。

それに対し、国産キッチンの価格体系はきわめて累進的だ。標準仕様は安い。だが買い手はほぼ何も選べない。そして、ひとたび標準を離れて買い手が何かを選び出すと、価格は天井知らずとなる。

「特別仕様のハードルが高すぎるよね。貧乏人はデザインに凝るなってことかな。。。。」

そのせいで、ショールームのキッチンの多様さを尻目に、現実の日本の家庭のキッチンはとても画一的だ。消費者が画一的なのではない。それは価格体系のせいだ。実際のところ、自分好みのオリジナルなキッチンを実現できるのは超累進的価格への感応性の低い(=値段にこだわらない)金持ちだけとなる。

キッチンだけでない。窓もそうだ。汎用アルミサッシと木製建具の価格差はあまりに大きい。その差は原価や手間賃のちがいをはるかに超えている。裏には「わざわざ木製建具を入れたいほどデザインに凝る人は、普通の人より金持ちなはず。金持ちは高い請求書も喜んで払うはず」という暗黙の業者ロジックがある。

ビニールクロスの壁しかり。バスルームのシャワーヘッドしかり。

施主に選択肢はある。問題は、非標準的な選択肢のコストがあまりに高すぎることだ。

つまり、選択は金持ちにしか与えられない。価格とデザインの決定権が極度に供給側に偏っている。

それは、日本以外で生活したことがなければわかりにくいことだ。

もしかしたら、それは家だけではなく、ライフスタイル全般に言えるのかもしれれない。。。。とふと思った。

日本では法律により、あらゆる人に「生き方の選択肢」が保証されている。問題は、「万人のための標準仕様」のコストがあまりに安く、「特別仕様」を選ぶと、コストが跳ね上がるため、人々に標準仕様の生き方をさせようとする社会の収斂力がとても強い。建前とは違い、実際にオリジナルな選択が許されるのは、法外なコストを払うことができる人だけだ。

学校の選択、医療の選択、職業の選択。。。。

たかがキッチン、されどキッチン。そこに社会の本質が集約されているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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古民家とIKEAキッチン

21世紀の今、都会人が古民家に暮らしたいという思いを支えるのは、まずは時間とお金。鶏か卵か、ではありません。圧倒的に、時間とお金が先。それがなきゃ、ていねいな暮らしなんて無理。

2年前にこの古民家を買った私はそのことを心の底からは理解していませんでした。

当面は、”as is”。できるだけDIY。できるだけお金をかけないで。

そうやって2年間、やって来ました。

これからは残り時間から逆算して、もうちょっと頑張って、東京の生活で余剰を捻出しようと思います。お金だけではなく、時間も。それで作った余剰を、他の何でもなく「いすみの古民家」に蕩尽するという、実にジレッタント的かつエゴイスティックな選択と集中。

昔の美しい姿を蘇らせたいから。トタンの外壁は下見板に戻したいし、アルミの窓は木枠の窓に戻したい。雨戸や建具はも修理したい。

DIYでできたのはせいぜい漆喰塗りや戸棚つけまで。本格的な木工事はやはり素人には無理だということが徐々にはっきり、分かってきました。

で、それらを頼める業者を見つけないといけないのですが。。。思いのほか、それも大変でした。現代の住宅規格から外れた古民家の木工事は、やってくれる工務店はなかなかない。古民家専門の建築家と宮大工に頼んだらやってくれるのでしょうが、どれだけお金がかかるかわからない。

この2年、建物の勉強もしました。必要なことではありますが、情報とうんちくだけが積もっていくのは空しいものです。やはり施主として先立つものはお金です。

「お金も時間もなくて、やってくれる工務店がないなら、何にもしなきゃいいんだよ。今が十分に素敵なんだから。もしかして、君は改悪しようとしてるのかもしれないよ」という夫。

ちなみに夫の理想は、川崎、向ケ丘にある古民家園の建物です。

私の理想は、それに少し洋風のテイストも取り入れて暮らしやすくした白洲正子の武相荘の姿です。

そうした理想を踏まえれば、夫の言う通り、大変なお金と時間をかけて改修しても、現代の古民家リノベーションの潮流の中で、必ずしもおもった通りの姿にならない可能性があります。実際、これまでに、たくさんの残念なリノベーションを見て来ました。現代住宅の機能性を求めすぎて竹に木を注ぐようになった古民家、建築家のエゴが全面に出た実験室のような古民家。素人のおかしなDIYのせいで昔の家の様式性や意匠がまるで失われた古民家。。。。

「とりあえず、キッチン、水周りをやれば。もちろん、僕じゃなく君のお金で」。

というわけで、キッチンに手をつけることにしました。

サー・コンラン卿のキッチン、桐島かれんの葉山の家のカントリーキッチン。たくさんの画像をPinterestで集めることから始めました。キッチンメーカーのモデルルームもたくさん、行きました。

桐島かれんさんの葉山の家。前は単に素敵だと思っただけでした。今はこれだけの空間を作るのに、どれだけの手間とお金がかかったかと考えます

でも結局、私の資力で買えるのはIKEAキッチンだけでした。

輸入キッチンではダントツに安いIKEAですが、それでも、覚悟が要る出費と時間、手間でした。たかがIKEAキッチン、されど、IKEAキッチン。施工前日に家に届いた136個の荷物。配管、配線、壁面、窓。。。。。施工業者、工務店とのコーディネーションもなかなか大変でした(現在進行中)。

IKEAのカウンターキッチン。プロの施工業者の技術は圧倒的でした

ビビりながらもスタートした、業者を使った古民家リノベーション。

ルードヴィヒ2世の例を見るまでもなく、本当に素晴らしいモノを作るにはお金も時間も忘れたエゴイスティックな狂気が必要なのかもしれません。

そんな狂気が自分に欲しいような、欲しくないような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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古民家の失敗

いすみに家を買い、東京と行ったり来たりするようになって2年。

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先立つものは家財道具。一昨年、昨年と、いすみ用に家電製品からDIY用品、家具まで怒涛の買いモノした。業者も入れて、いくつか小規模な改装工事もした。

予算が限られるなか、ヤフオク、amazon、楽天、ビックカメラなどネットを駆使して、必要最低限、最適の購入を目指した。だが、明らかに失敗もあった。備忘録、今後の教訓として「失敗」を書き残しておきたい。

失敗1:大きすぎるキッチン用具

いすみには友人、知人も招きたかったから、スペース不足の東京の兎小屋で買えなかった「本格キッチン用具」をいくつか買った。具体的には、大型中華鍋、大型セイロ、シンクをまたぐ大きなまな板など。

だが、『友人、知人に囲まれる古民家ライフ』は幻想だった。東京の友人は皆、多忙。誘っても、なかなか来てくれない。それに、改修や草刈り作業に追われる古民家では、正直、お客様をもてなす暇はない。お互いの負担になるから、「ぜひ、来て!」とばかりも言えなくなった。

2年間、実際に行ったのは、圧倒的に、夫婦2人に子供1人、もしくは夫婦2人だけ、もしくは1人がほとんど。地元の人との付き合いも、縁側で世間話をする程度。ディナーを招待するところまではいかない。

野良作業で疲れた体に大きくて重いキッチン用具は使いにくく、洗いにくい。せいろで大量にシュウマイを作る機会もない。結局、コンパクトな台所用品をコソコソを買い直すことになった。

失敗2:安すぎる汎用家電製品

入居早々、前の住民が残していった洗濯機が壊れた。引き渡し直後の出費が嵩むなかでの予想外の出費。深く考えず、ネットで一番、安かったハイアールの洗濯機を購入した。

ところが、これが、汚れが落ちない!いすみの汚れ物は都会の汚れ物とは違う。泥だらけの服を洗うから、洗濯後に汚れが落ちているか落ちていないか、一目瞭然。

家電はコモディディで、今時、どこも基本性能は同じ、シンプルイズベスト、高機能の高額家電は無駄。。。。と思っていた。だがそれは、私が都会のヤワな汚れしか知らなかったから。

同じく、気軽に使えると思って買った、日立のスティック式掃除機。やはり華奢すぎて、吸引力が弱く不満足だ。ダイソンの掃除機が欲しい。

洗面所用に買った電気ストーブは、能力が低すぎて、ちっとも温まらない。都会のマンション仕様は古民家には合わない。

家電は一度買ったら、捨てるのに買うのと同じくらいの手間暇がかかる。ああ、安物買いの銭失い。。。。

失敗3:植木、肥料、農具などもろもろ

いすみの家に行くときには、いつもホームセンターに立ち寄って、鍬やら軍手やら、植木、肥料、釘なんかを買ってはすぐ使う生活を2年間続けた。おかげで、飛躍的に、農具、工具、植物の扱いなどの知識が増えた。とはいえ、失敗は続く。

こちらの人は迷わず、どかっと20キロの肥料の袋を10袋買う。植物も大量に買う。おっかなびっくりの私たちは、ベランダガーデニングの感覚で1キロの小袋を買い、それをどこに蒔いたかも忘れてしまう。100円のハーブを一つだけ買って、どこに植えたか忘れてしまう。土に合わないシクラメンやブルーベリーを買って植えては、枯らしてしまう、間違えて刈払機で幹を切ってしまう。植木ばさみやシャベルも一番、安いのをおっかなびっくり買って、一回で壊してしまう。

思い切りの悪さから来る失敗が多かった(反面、思い切りすぎた失敗もあった)。

修理のノウハウがないから買い直しの無駄も多かった。

スプレー式の油を挿せばまだまだ使える倉庫錠。壊れたと思って買い直してしまった。

鎌を研いだり、ねこ車の持ち手のテープを巻きなおしたり、タイヤに空気を入れたり、刈払機の刃をこまめに替えたり、地元の人は手持ちの工具を丁寧に手入れする。修理のノウハウを学び、真剣に取り組むには、やはり、私たちの週末田舎暮らしは圧倒的に時間の余裕がないと感じる。

基礎固めに手間をかける時間もノウハウもないなら、思い切って、外注(=業者に家と庭を作ってもらう)も視野に入れるべき? だが、それには莫大な費用がかかる。果たしてそこにお金を使う価値があるのか? 何か賢明で、何が愚行なのか?

2年間は、土の上の生活の現実と、人生の時間と手間とお金の使い方の非情なトレードオフの学習に費やされたといっても過言ではない。多くのことができないまま、無能な自分と、ボロボロの庭と家を呆然と見つめ続けた2年だった。

昨年、ブログで、いすみの古民家ライフを十分にアップできなかった理由は、こうした赤裸々な現実が、必ずしも「他人に見せたい素敵な生活」ではないからというのが正直なところだ。

いすみから東京に戻るたびに、マンションの共有部分の見事に手入れされた花壇や敷石に感嘆する。乾燥したコンクリートの高層住宅の生活に快適さを感じる。都会では重いモノを持ったり、油まみれになったりしないで済むことに安堵する。

同時に、中央区の完全に固められた大地を歩きながら、いすみの庭を掘り起こして出会ったカエルやミミズやモグラや虫の幼虫のことを思い出す。都市のコンクリートの犠牲になった無数の生物の命のことを。

都会に住む私たちが普段、それらについて考えないで済むのは「自分で手を下していない」からに過ぎない。

もちろん、「のんびりのどかな田園」だって無実ではない。農業は土を掘り起こして、たくさんの生物を犠牲にする営みだ。そうやって、経済原理に則った人間にとって良いもの、市場に有用なものを作り出そうとする。そのことは都市も農村も同じだ。

人間の営みのために犠牲になった自然への贖罪のための神社や小さな社がいすみの国吉原には無数にある。

少なくとも、「自分で手を下した」人たちは、生きる本質をしっかりと意識できる。私たちの生活を根本で成り立たせているのは何か、という本質を。

それにしても、農村の維持には大変な、技術力とお金が要る。中央と地方、農村と都市は絶えず交流し、連関している。それを2つに分けて、「あっち側」を理想化するかと思えば、ドヤ顔で見下して「べき論」を述べるのは愚かしいことだ。

2年前、美しい古民家を壊し、セキスイハイムの家に住み、庭をコンクリートで無風流に固める田舎の人を、批判的に見る自分がいた。なんて傲慢だった私。

2年前には、この古民家を見たとき、家と庭の佇まいの優しさに感動した。それは今でも変わらない。行くたびにこの家の優しさと美しさに心が震える。それが、どんなに陋屋で、人を招けない家だとしても。

愚行により、人は賢明になる。初心忘れず、残されたお金と時間を有効に使えますように。。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

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今年もありがとうございました

予想外のトランプ相場。気がつけば、日経平均はバブル以来の最高値をつけ、AIやらブロックチェーンが世の中のキーワードとなり。世間は変わらないようでは、変わらないようで変わっていきますね。

ご近所、新川界隈のレストランは、留学バイト生が里帰りするせいか、今年の年末年始、長く休むところが多いです。不況から一転、人手不足は今後、ますます深刻化しそうです。

問題は、不足しているのは安い労働力ばかりというところなのでしょうが。。。。

さて、私の2017年。振り返ってみれば、何もなかったようで、いろいろなことがありました。

2016年4月に買ったいすみの古民家

昨年は毎週のように通いましたが、今年はほぼ2週間に一度のペースにスローダウンしました。春までに外便所を納屋にした以外、人の手を借りるような大きな修復はせず、もっぱら、庭仕事に勤しみました。買った当時は「早く人を呼べるような素敵な場所にしなければ」と焦っていましたが、「別にこのままでも住める。人に見せる必要はない。綺麗になればそれに越したことはないが、そのままでも悪くない」と思えるようになりました。ようやく、新しい工務店とのプロジェクトが来年から稼働する予定です。まずは裏庭の整地からです。

いすみに通う頻度が少し下がったのは、思いのほか、本拠地東京の生活が忙しかったから。前は50代に入ったらスローダウン。。。と思ってましたが、むしろ、その反対。気持ち的にも物理的にも、ますます毎日のTo do listに追われるようになり、あっという間に一日が終わってしまいます。

まあ、忙しいのは自業自得です。

今年は、フィリピン、韓国、中国(チベット)と、近くの三つの国を旅行しました。フィリピンはひとり旅、韓国と中国は家族旅行です。

フィリピン旅行は忘れがたいものでした。帰ってきてから、たくさん、本を読みました。新しい視点、座標軸をもらいました。リンク

GWの韓国旅行はわずか3日でしたが、戦争記念館を訪れたり、カロスキルでコーヒーを飲んだり、お隣の国の今を体感できました。リンク

8月の中国旅行では北京と甘粛省(敦煌、ラプラン寺など)を訪れました。初めて訪れた北京は想像を超えて、すげー場所でした。中国、すごい。チベットのアムド地方の遊牧民の現実はショックでした。一緒に旅行した息子がチベットに関心を持つようになりました。帰りの飛行機の欠航のハプニングも家族にとって良い思い出になりました。→リンク1

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東京にいるあいだは、ひたすら自宅でMacに向かってる時間が長かった。

「作りたい」の一念で、8月にLINE STAMPを自作しました(チベット男)。使ったのはGIMPSという無料ソフト。なかなか売れませんが、作る作業はすごく楽しかったです。

あと、集広舎の川端社長との出会いのおかげで11月に2冊目の本を出すことができました。これまで10年間のチベットボランティアの経験が結実した本です。書いているあいだは、ずっとダライ・ラマの声が私の中で響いていました。自分のために書いたようなものです。

本書の制作過程では、翻訳のほかに、デザインやイラスト、タイポグラフィーなどに関心が高まりました。新しいことをインプットする一番有効な手段はアウトプットすることですね。

9月には、以前から学びたかったTM瞑想を学びました。直接的な生産性につながらない12万円を捻出することも、毎日、1日40分の時間を瞑想に充てる決心をすることも、決して簡単ではなかったのですが、難しい、難しい、と言っていたら、人生、終わってしまう。とにかく、できるときにできることを始めよう、と思って。→リンク

始めて3ヶ月。とてもいいです。

11月から年末にかけては、モーショングラフィックスの学校に通いました。→リンク

TM瞑想同様、残りの人生、どのような形で社会と関わっていくのか、どのように時間を使いたいのかを考えた上での投資でした。

なぜ、モーショングラフィックスなのかって。。。。

転機のきっかけは、いつも偶然。人生、いつどこで何が起きるか、わからない。

モーショングラフィックスに興味を持った直接のきっかけは、上述の中国旅行の際に、旅行代理店から一つの動画を紹介されたことでした。こんな動画を私も作れたら、と強く思いました。「そんなの、この年になって今更できない。。。」と怖気付きましたが、「やりたい」という思いが勝りました。

伏線にあったのは、夏に作ったLINE STAMPの「とても楽しかった感」です。

また、本を作る過程で、世の中が文字から絵、静止したものから動くものにどんどん、変化している実感がありました。

結果的には、学校に行って、本当に良かったです!

それ以外にも、7月には義父の逝去、9月には息子の来年の米国交換留学が決まるなど、身辺の変化がありました。

合間にはいろんな本も読みました。→コクリコのアマゾン書評

色々、やりすぎた報いか五十肩になり、年末には整骨院に行くハメに。昨年も年末には目の充血が取れないトラブルに見舞われましたが、今年は肩。やはり、この年齢になれば色々あるもんです。PCの前にずっと座りっぱなしのお地蔵さん生活が続いた報いで10年間で10キロ太ってしまい、夏以降には一年発起。ダイエットでなんとか4キロ落としました。→リンク

本当に色々あった一年でした。なかなか前に進まない時もありますが、今年は全体として前に進めた年でした。

これからも一瞬一瞬を大切に。そして、未来のめぐりあいの中で、過去の様々なdotをつなげていく作業ができたら、と思っています。楽観的に、誠実に。

あとは、あと6キロ痩せられたら、と!

更新が遅いブログですが、読んでいただき、ありがとうございます。

来年も引き続き、よろしくお願いします。

下山明子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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なぜフィリピン人は英語を話すのに貧しいのか(2)

日本で早期英語教育の是非についてプロコンの意見が対立している。

こうした議論は一筋縄ではいかない。

小学校の英語義務化には反対する人が、自分の子供はインターナショナルスクールや英米の大学に送っていたりする。それに「英語教育」に反対する人も、そもそも英語教育の関係者で英語でご飯を食べている人が多かったりする。

むずかしい問題だ。

個人と社会は別物だからだ。

「英語が得意な帰国子女のAさん、ハーバードからコンサル会社に入り、年収5000万。。。」というときの「Aさん」は個人。

それに対し、「なぜフィリピン人は英語を話すのに貧しいのか?」というときの「フィリピン人」は社会。

「個人」を語るのは割とたやすい。自分や周りの人の経験から語れるからだ。だが、「社会」はむずかしい。

 

●個人にとって英語は付加価値….

私たちが英語、英語。。。という理由の多くがグローバル企業での仕事が高給で、そうしたグローバル企業に入るには英語ができないといけないことによる。また、アメリカに従属的な立場の日本では、アメリカとの繋がりが強いことが政財学界のエリートであることと強く相関している。そうしたことは社会で肌身で感じられる。そんな個人が社会的上昇の手段として子供に英語を学ばせようとするのは合理的なことと言える。

●….でも、国や社会の豊かさは英語力とは無関係

でも、社会全体としてみると、そこには合成の誤謬のようなものがある。

個人にとっての善は、社会にとっての善じゃない。

日本の豊かさの源泉は、同じ言葉を話す国民意識にあるからだ。

国民意識があるから、私たちは同じ思いを共有し、押し合いへし合いの社会で協力してやっていける。

「国民意識」とは仲間意識と言っても良い。

日本語のおかげで、1億2000万人が共同幻想を共有し、そのおかげで協力し、日本全体としてまとまり続けられている。

それができてない国、たとえばフィリピンのような国を知れば、それは実感できる。

フィリピンの人たちはわがままだから協力できない?

そんなことはない。むしろ、その反対だ。ずっと人と人との関係を大事にする。家族の絆は日本よりずっと厚いし、スラムや農村では人々はお互いに協力しないでは生きていけない。日本人の方がよほど個人主義的で勝手に生きている人が多い(私も今回、一人で旅行している時、「かわいどう」と随分、フィリピンの人に同情された)。

だが、数千人、数万人、一億人規模の協力、階級を超えた国民の協力という点では、間違いなく日本人の方が強い。そういう協力は、信頼の上にしか成り立たない。信頼は、共同幻想に基づく「同じ人間だ」という感覚の上にしか成り立たない。人は、同じ言葉を喋らない人、共通の過去を共有しない人には同じ人間だという感じを抱きにくい。

そうした中、フィリピンでは英語の読み書きができる人、英語が喋れる人、全くできない人。。。というように言語能力のグラデーションが階級になっている。そうしたグラデーションによって世界観、所得、階層があからさまに分断されている社会だ。

階級を超えた社会の共感がないところでは、万人に適用される法律というものが徹底されない。「仲良し」のための政治になり、「みんな」のための政治が行われない。社会が痛みを分かち合えない。個人の豪邸や金儲けのための商業施設はできても、公園ができない。道路ができない。図書館ができない。

フィリピンではそういう「公」の欠如が強く感じられ、そのせいで巨大な非効率と無気力が生まれていた。人々は政府ではなく家族やコミュニティに頼って生きている。だが、彼らは脆弱だ。問題は、彼ら以外の世界は、政府やら企業やら、はるかに大きな単位で動いているからだ。

世界には、「個人として英語ができると得なこともあるけど、英語ができなくても惨めじゃない国」「英語が階級になっていない国」がたくさんある。たとえば、ドイツやフランスやイタリア。これらの国の底力は長い時間をかけて国民国家が出来上がっていることになる。

「みんなで。。。」という同調圧力は日本社会で特に強い。中にいると、うんざりすることがある。だが、そういう同調圧力が、同時に人々の大きな単位の協力を可能にし、大きな単位の協力があるからこそ、一部の個人には間暇とお金の余裕が生まれる。そういう余裕から文化は生まれる。

そういう物事の表と裏の関係がようやくこの年になってわかってきた。

フィリピン、パナイ島イロイロ・シティのホテルの窓から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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外便所を納屋にリフォーム

いすみの古民家には庭に古い外便所がありました。

畑仕事や庭仕事をする時に外便所は便利なものです。長靴で作業していて用便するとき、いちいち靴を着脱して家の中と外を行ったり来たりするのは面倒臭いですから。

でも、外便所は随分前から使われておらず、浄化槽ともつながっていませんでした。それで、私たちが入居したとき、すでにこの家の前の小屋は無用の長物と化していました。

掘立て小屋だし、大きさも中途半端だし。。。。正直、大切に残したいと思うような建物ではないのですが、ちょっと風情がある建屋ではありました。迷ったのですが、結局、外側を残して中身を取り払い、小さな納屋兼自転車置き場として再利用することにしました。

 

壁と扉、便器などの撤去や屋根の張り出しの拡張、トタンの張り直しは工務店さんにお願いしました。その後、屋根と壁のペンキの塗り直し、床の整備は自分で直すことにしました。

床を自分でやることにしたのは、工務店から出てきた見積書で「床のコンクリート打設」が思いのほか高かったからです。わずか2平米で6万円。

工務店から最初に出てきた小屋改装の見積もりは20万円弱でしたが、コンクリート打設以外にも費用を抑えるよう努力して、なんとか11万円強に抑えました。

ボコボコの床に砂と路盤材を敷いていきます。

       

家周りのDIYと外回りのDIYの違いは、後者は材料がとても重いことです。一袋20キロの砂袋をたくさん、買いましたが、運ぶだけでとても大変でした。それでいて20キロの砂は床に敷くとほんのちょっとにしかなりません。

 

東京で重いモノをほとんど持たない生活ですから、すごくギャップがありました!

ペンキ塗りは楽しい作業かな。。。と思っていましたが、ペンキ缶のフタを開けるだけで一苦労(泣)。

と、そんな大変な思いをして塗り終わった小屋の姿に大満足!

 

結局、材料、工具の費用なども合わせると、20万円くらいにはなってしまいました。モノを収納する場所ですが、中に収納するモノより入れ物の方にお金がかかる(泣笑)

数週間かけて作業している間に季節はすっかり春。再び庭の手入れの季節が到来しました。落ち着いたら、いよいよ本丸、キッチンと洗面所のリフォームに着手しようかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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幸せ7:幸せの対極にあるのが嫉妬–映画アマデウスより

ちょっと古い映画ですが…1984年、ミロシュフォアマン監督の作品です。古いってなんと、もう33年前の映画です。

テーマは嫉妬心。

人間の持つ嫉妬心という普遍的な感情が神話的に描かれた映画だからこそ、多くの人の心を打ち続けているのでしょう。

時代は18世紀末のヨーロッパ、ウィーン。

サリエリの頭の中はモーツァルトでいっぱい。なぜ、あんな奴があんな作品を作れるのか?サリエリは煩悩と嫉妬の塊。完全にモーツァルトに取り憑かれている。「なんで俺じゃなくて、あいつなのか!」といつも心で叫んでいる。 

でも、モーツァルトにとってサリエリはただの業界の偉いオジサン。神童モーツァルトには世間にいい作品を発表して認められないという野心もない。彼にとって音楽は努力ではなく天から降ってくるもの。

そこがまたサリエリにはムカつく! なぜ、俺は努力してるのに、あいつは努力しない?なぜ、努力しない奴がしてる奴に勝つ? なぜ、俺はあいつのことばかり考えてる?

サリエリがモーツァルトとは無関係な自分の価値を認めることができていたら、異様な執着は消えていただろう。

世界中には、何百万、何千万の不幸なサリエリがいる。運動神経、頭脳、美貌、名声、才能、権力。社会でそれらは一部の人にしか与えられない。万人に与えられていないからこそ、社会は類い稀な才能を愛するる。だから必然的に格差は生まれる。

一番、不幸なのは美貌、名声、権力、才能から遠い人たちではない。それを求め、努力した結果、上位5%につけているが、絶対上位1%には入れない人たち。上位1%を絶えず意識している立ち位置の人たち。いつだって羨望の対象を意識しているのに、羨望の対象の方からは一顧だにされない人たち。

そんな人々の肥大した自我と嫉妬心から多くの混乱と悲劇が生まれる。

嫉妬する人は嫉妬の対象を愛してもいる。サリエリはモーツァルトを誰よりも理解し、愛している。愛しているからこそ、自分が惨めだ。非対称性を解消したい、嫉妬する対象と自分を同一化したい。だから、モーツァルトをストーキングし、殺し、最後は自殺する。

痛〜い、かわいそうな、あまりに人間的なストーカー、サリエリ。感情移入させてくれて、ありがとう。

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幸せ6–それに意味はあるのか?

「幸せ」というキーワードで、これまで変化率お金五感の歓びシャーデンフロイデを見てきた。

でも。

実は、古今東西のどんな「幸福論」にも、それらは本当の幸せじゃないと書いてある。どんな宗教も「欲望を満たすだけじゃ人生は虚しい」と説く。

虚しい、とは、意味がない、ということだ。

私たちは虚しくならないために意味を求める。

意味がある行為のためなら苦労だって厭わない。死さえ厭わないこともある。ジハードの戦士や、神風特攻隊員、子供を助けるために命を捧げる親のように。倒錯しているようだが、生きるより、死ぬ方が幸せだから、死ぬのであり、そうした人たちは目的に対して合理性を持っている。

 

人が人生の意味を求めるのは、命が有限で、金はあの世に持っていけないし、五感の快楽は長く続かないからだ。

金や地位はもういい。仕事で実績を残したい、業界の発展に尽くしたい、と職業人が強く思うようになるのも、衣食足りてキャリア後半の時間の有限性に気づいてからだ。前半生を利己的に生きてきた人が後半生、社会貢献活動に勤しむのも、自分の人生に意味づけするためだ。

古今東西、生きた足跡を何ら残さず死んでいく凡夫にとって最も人生の意味が感じられるのは、子供の存在だろう。父祖の遺伝子を次の世代につなぐリレーの役割を果たした、と感じられることは、何と言っても意義深いことだ。そうした幸せは平凡だが、深く、永続的だ。

人は意味を求めて子供を産み、育てる。

子供に先立たれるのが親の最大の苦しみなのは、それによって生きる意味が絶たれてしまうからだ。病気や事故で子供を失った親はよく、「二度とそうした悲しみを他の人が味わわないように」と、残りの人生を癌撲滅や交通事故防止などの社会運動に捧げるケースがある。苦しみのあまり「全ての親がこの苦しみを味わうが良い!」と世を呪いまくってもいいのに、そうならない。愛する子供の死を無駄死にしたくない、生きた意味を残したい、と思うからだ。そうした愛、意味を求める行為に私たちは崇高な人間性を感じる。

単なる物質的な豊かさは物語を生まない。消費者や財・サービス提供者として生きて死ぬだけでは「意味」は生まれない。

だから、経済力の指標であるGDP(国民総生産)で人の幸福を測りきれないのは当然だ。だからといってGDH(国民総幸福度)でもやはり、本当の幸福は測れないと思う。一人一人の人生の「意味」は定量化できない。

 

かくいう私も40歳を過ぎて、いちいちのことに「それって、どういう意味があるんだろう」と考えるようになった。「幸せって何だろう」と考えるようになったのも、意味の模索にほかならない。

残りの人生、なるべく意味のないことはやりたくない。いすみに週末居住して庭いじりするようになったのも、「意味」探しの一環だ。

でも、いすみで植物や動物を見ていると、私の「意味」探しは止まってしまう。動物は言うーー「意味って何のこと?」って。動物や植物は、意味など問わない。

私も同じだった。一番、幸せだった子供時代。意味なんて考えなかった。沈丁花の花の匂いにうっとりする。湖の水面のキラメキに、ワクワクする。ゆでトウモロコシの甘さを味わう。その幸せには、意味も、物語も、過去も未来もなかった。ただ、一瞬の言語化されない感覚があるだけ。

多分、年をとっていくことは、徐々に子供に戻ること。社会であまり役立たなくなり、生産性も落ちてくる。終いには他人の承認も、意味も、そういう知的でややこしいことは全て、考えられなくなる。

でも、そうなったからこそ、訪れる幸福もあるはずだ。子供時代の幸福の記憶が私にそうした確信を与えてくれる。

そう思うと、かなりリラックスして老いを迎えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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古民家夷水軒ブログのこと

とつぜんですが、これから、いすみの古民家に関する内容は、夫と立ち上げたブログ「古民家夷水軒」に書くことにしました。

 

もし、よかったらご覧になってください。

http://isuiken.com/

 

ちなみに「夷水軒」というのは「夷隅(いすみ)川のほとりの家」という意味で、私たち夫婦が今年4月に千葉県いすみ市に買った古民家の名前です。

 

私たちが自分で考え出した名前ではなく、もともと買った家の壁に書いてあった名前です。

img_1365

元の所有者の久貝家のご当主が洒落っ気を持って自分の家にそう名付けたのだと思います。素敵な名前ですし、たしかに私たちの家はいすみ川のほとりにあります。それで、僭越ながら、自分たちの家を私たちもそう呼ぶことにしました。

 

これから古民家の改修やいすみの生活については、夫と交互に夷水軒のブログに書いていく予定です。

 

もちろん、このブログも続けます。引き続きよろしくお願いします。

下山明子拝

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力仕事

これまで自分の「力」のなさを悔い、「力」が欲しいと思ったことは一度もなかった。

「力」とは権力や能力のことではなく、文字通り、重いモノを持ち上げたり動かしたりする筋肉のこと。

都会で生活している私はほとんど筋肉を使わない。というか、そもそも筋肉が重いモノを持ち上げたり、運んだりするためにあるということをあまり自覚していなかった。 続きを読む

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