投稿者「下山明子」のアーカイブ

つながりたい思いと自意識過剰

ご無沙汰しています。下山明子です。

昨年7月にこんな書評をamazonに投稿しました。読み返すと、われながら、自分の気持ちをそのまま切り取った感想と思いました。わたしは自分が言いたいことを表現したいのに、臆病だから、書評でしか自分の本当の気持ちが表せないのかもしれません。

できれば、書評じゃなく、翻訳でもなく、自分の足で立って、自分の表現をしたいです。そうしたなかで、これまで書いたamazon書評は、自分が何についてどう考えて、感じていたかを確認する貴重な資料です。たくさん読んだ本のなかで心が引っかかった本についてだけ書いているから。

ちなみに、この本はオランダの作家さんの「童話」で、2016年に日本で翻訳され、ロングセラーになっている本です。結末には勇気がもらえます。

ハリネズミの願いはひととつながること。誰かと一緒にいて共感する幸せを味わいたい。

それは人の普遍的な願いだろう。

それでハリネズミは招待状を書く。紅茶とケーキを用意して誰かが来るのを待つ。

待ちながら、招待されたひとの気持ちを考えてくよくよするーー迷惑かな。どうせ、みんな忙しいだろう。僕のハリが怖いだろう。僕の家はみすぼらしいし、きっと紅茶とケーキは嫌いだろう。。。

それに、来てくれたとしても、そいつがイヤな奴かもしれない(ハリネズミは自分に自信がないくせに自我が強い。気位が高く、好き嫌いが激しく、他人に厳しい。それが彼の「ハリ」なのだ)。

ハリネズミは誰にでも来て欲しいわけじゃない。共感して幸せを感じられる人と出会いたい。

でも、どうやったらそんな人に会えるのか、会うためにどうしたらいいのかがわからない。家をもっと綺麗にしたらいいのか。自分のハリを抜いてしまえばいいのか。何かに擦り寄ろうとしても、何に擦り寄ったら正解なのか、わからない。

それでハリネズミは不安の中で楽観と悲観、自尊と自己卑下のあいだを揺れ動く。悲観が極まると、どうせ嫌な思いをするなら独りがいい、とやせ我慢する。

そのくせ、すぐに人恋しくなる。期待し、妄想することを止められない。

ずっと内面のシーソーゲーム、独り言が続く。

ハリネズミは色々などうぶつと交渉を持つ。現実と妄想の中で、ハリネズミの家をぶっ壊すなど、変な、ひどい動物が登場する。だが「良い」動物もいる。ハリネズミをほめ殺すコフキコガネや、美しい歌で深い感動を与えるナイチンゲール。だが、それでもハリネズミは満足できない。求めている自己承認が与えられないからだ。

最期の最期、ハリネズミはやっと求めていたものを手に入られる。自意識の檻から出られ、不安がなくなり、ぐっすり深く眠れる。

物事は起きるときには起き、出会えるときには出会える。そこに至るには、正解もノウハウもない。

自意識過剰と寂しさを抱えた人にとっては、どんなリアルな物語よりリアルな物語。私にとって星5つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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古民家のキッチン(続き):標準仕様の呪縛

古民家のキッチン施工中に、新宿の国産住設メーカーの大型ショールームを見に行った。

ショールームのキッチンはさすがにどれも、見事にお洒落でゴージャス。

壁に貼ってある「全部でおいくら?」を見て仰天。一式、300万円とか、500万円とか、700万円とか。。。。

ネットで見るキッチン設備の価格とは、ケタが1つちがう。

もちろん、その値段には、床か壁の張替えや、配管やガス工事、設置にかかる職人の手間賃は含まれていない。

「すごい。こんな値段のキッチン、一体、誰が買うんだろうね。。。。」

「実際にこんな仕様にする人は少ないんだよ。家も狭いしね。ショールームは夢を見せるだけの場所だよ。実際には、ほとんどの人は値段を知って標準仕様のキッチンを入れるんだ。このキッチン、見てごらん。標準仕様にてんこ盛りにオプションがついてる。標準仕様はめちゃくちゃ安い。30万円もあればOKだ。施工だって1日で済んじゃう。高いのはオプション。日本は特別仕様にすると、なんでも馬鹿丁寧になり、もったいぶるようになって、法外に高くなる。そういう業界の仕組みなんだ」

「でも。。。。標準仕様のキッチンて、あまりにシャビーよね」

「わざとシャビーにしてるんだよ。小金がある人がオプションを選ぶようにね。ちょっとデザインに凝りたい奥様は、アイランドキッチンやら、人工大理石のトップやら、ホーローのシンクやら、アンティーク風の蛇口やらにする。君みたいにね。すると、たちまち3倍、4倍の値段になる。利益率もうなぎ上り。お金は取れるところから取る。金持ちはぼったくる。こと家に関しては、日本の業界はその精神が徹底してる」

思い出せば、IKEAのキッチンは、一つ一つの部材に定価がついていた。キッチンの値段はそれら部材の合計価格+施工費だった。そこには標準仕様も、特約店のための割引もない。どんなにささやかなキッチンでも、買手は自分で一つ一つ、部材を選んで自分のキッチンを作っていく。キッチンを大型にしたり、特別な設備を入れれば当然、合計価格は高くなるが、あくまで価格の上がり方は直線的だ。

それに対し、国産キッチンの価格体系はきわめて累進的だ。標準仕様は安い。だが買い手はほぼ何も選べない。そして、ひとたび標準を離れて買い手が何かを選び出すと、価格は天井知らずとなる。

「特別仕様のハードルが高すぎるよね。貧乏人はデザインに凝るなってことかな。。。。」

そのせいで、ショールームのキッチンの多様さを尻目に、現実の日本の家庭のキッチンはとても画一的だ。消費者が画一的なのではない。それは価格体系のせいだ。実際のところ、自分好みのオリジナルなキッチンを実現できるのは超累進的価格への感応性の低い(=値段にこだわらない)金持ちだけとなる。

キッチンだけでない。窓もそうだ。汎用アルミサッシと木製建具の価格差はあまりに大きい。その差は原価や手間賃のちがいをはるかに超えている。裏には「わざわざ木製建具を入れたいほどデザインに凝る人は、普通の人より金持ちなはず。金持ちは高い請求書も喜んで払うはず」という暗黙の業者ロジックがある。

ビニールクロスの壁しかり。バスルームのシャワーヘッドしかり。

施主に選択肢はある。問題は、非標準的な選択肢のコストがあまりに高すぎることだ。

つまり、選択は金持ちにしか与えられない。価格とデザインの決定権が極度に供給側に偏っている。

それは、日本以外で生活したことがなければわかりにくいことだ。

もしかしたら、それは家だけではなく、ライフスタイル全般に言えるのかもしれれない。。。。とふと思った。

日本では法律により、あらゆる人に「生き方の選択肢」が保証されている。問題は、「万人のための標準仕様」のコストがあまりに安く、「特別仕様」を選ぶと、コストが跳ね上がるため、人々に標準仕様の生き方をさせようとする社会の収斂力がとても強い。建前とは違い、実際にオリジナルな選択が許されるのは、法外なコストを払うことができる人だけだ。

学校の選択、医療の選択、職業の選択。。。。

たかがキッチン、されどキッチン。そこに社会の本質が集約されているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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古民家とIKEAキッチン

21世紀の今、都会人が古民家に暮らしたいという思いを支えるのは、まずは時間とお金。鶏か卵か、ではありません。圧倒的に、時間とお金が先。それがなきゃ、ていねいな暮らしなんて無理。

2年前にこの古民家を買った私はそのことを心の底からは理解していませんでした。

当面は、”as is”。できるだけDIY。できるだけお金をかけないで。

そうやって2年間、やって来ました。

これからは残り時間から逆算して、もうちょっと頑張って、東京の生活で余剰を捻出しようと思います。お金だけではなく、時間も。それで作った余剰を、他の何でもなく「いすみの古民家」に蕩尽するという、実にジレッタント的かつエゴイスティックな選択と集中。

昔の美しい姿を蘇らせたいから。トタンの外壁は下見板に戻したいし、アルミの窓は木枠の窓に戻したい。雨戸や建具はも修理したい。

DIYでできたのはせいぜい漆喰塗りや戸棚つけまで。本格的な木工事はやはり素人には無理だということが徐々にはっきり、分かってきました。

で、それらを頼める業者を見つけないといけないのですが。。。思いのほか、それも大変でした。現代の住宅規格から外れた古民家の木工事は、やってくれる工務店はなかなかない。古民家専門の建築家と宮大工に頼んだらやってくれるのでしょうが、どれだけお金がかかるかわからない。

この2年、建物の勉強もしました。必要なことではありますが、情報とうんちくだけが積もっていくのは空しいものです。やはり施主として先立つものはお金です。

「お金も時間もなくて、やってくれる工務店がないなら、何にもしなきゃいいんだよ。今が十分に素敵なんだから。もしかして、君は改悪しようとしてるのかもしれないよ」という夫。

ちなみに夫の理想は、川崎、向ケ丘にある古民家園の建物です。

私の理想は、それに少し洋風のテイストも取り入れて暮らしやすくした白洲正子の武相荘の姿です。

そうした理想を踏まえれば、夫の言う通り、大変なお金と時間をかけて改修しても、現代の古民家リノベーションの潮流の中で、必ずしもおもった通りの姿にならない可能性があります。実際、これまでに、たくさんの残念なリノベーションを見て来ました。現代住宅の機能性を求めすぎて竹に木を注ぐようになった古民家、建築家のエゴが全面に出た実験室のような古民家。素人のおかしなDIYのせいで昔の家の様式性や意匠がまるで失われた古民家。。。。

「とりあえず、キッチン、水周りをやれば。もちろん、僕じゃなく君のお金で」。

というわけで、キッチンに手をつけることにしました。

サー・コンラン卿のキッチン、桐島かれんの葉山の家のカントリーキッチン。たくさんの画像をPinterestで集めることから始めました。キッチンメーカーのモデルルームもたくさん、行きました。

桐島かれんさんの葉山の家。前は単に素敵だと思っただけでした。今はこれだけの空間を作るのに、どれだけの手間とお金がかかったかと考えます

でも結局、私の資力で買えるのはIKEAキッチンだけでした。

輸入キッチンではダントツに安いIKEAですが、それでも、覚悟が要る出費と時間、手間でした。たかがIKEAキッチン、されど、IKEAキッチン。施工前日に家に届いた136個の荷物。配管、配線、壁面、窓。。。。。施工業者、工務店とのコーディネーションもなかなか大変でした(現在進行中)。

IKEAのカウンターキッチン。プロの施工業者の技術は圧倒的でした

ビビりながらもスタートした、業者を使った古民家リノベーション。

ルードヴィヒ2世の例を見るまでもなく、本当に素晴らしいモノを作るにはお金も時間も忘れたエゴイスティックな狂気が必要なのかもしれません。

そんな狂気が自分に欲しいような、欲しくないような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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チベット男のLINEアニメーション・スタンプを作りました

おはようございます。

Adobeのアフターエフェクトを使って、チベット男のアニメーション・スタンプを作りました。良かったらご覧になってください。

https://store.line.me/stickershop/product/3057585/ja

昨年、イラストのスタンプを作ったときには、まだ、イラストレーターすら使っておらず、GIMPSという無料ソフトを使っていました。その後、Adobe Creative CCを導入し、1ヶ月、学校でアフターエフェクツの使い方を学び、やっとここまで作れるようになりました。

キャラクターを動かすには、DUIKという無料プラグインが便利なことをネットで知り、使い方を独学で覚えました。チベット男の四肢の動きは、DUIKを使っています。

人(と動物)の動きを再現するには、Kinematics(運動学)とInvert Kinematics(逆運動学)の両方があり、DUIKは<後者=手先、足先の運きから全身に動きを伝達させる>というものです。これまでアニメーションを漫然と見ていましたが、実際に作ってみて、いかにプロのアニメがすごいか、思い知りましたよ。

ちなみに、このような本やサイトを参考にしました。モーショングラフィックスの世界は物理学や数学など、私の今まで縁のなかった分野につながっていて、新鮮です。

Alan Beckerのアニメーションの12の原則

 

 

 

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【映画評】百円の恋ーー人生に求める、与えられるということ

例年をはるかに超える酷寒の今年。予想外のインフル罹患で一週間、外出不能に。

最悪期を超えても、頭がぼーっとしてまだ十分に読書も仕事もできないなか、Gyao!の無料配信で見たこの2014年の邦画。素晴らしい作品。出会えて良かった。

主演の安藤サクラ。奥田瑛二のお嬢さん。彼女の存在感が斉藤一子の実存に命を吹き込んでる

地方都市。母が弁当屋を営む寂れた商店街にある一軒家で、両親、出戻りの妹、その連れ子と一緒に住む32歳のニート、斎藤一子が主人公。

散乱するタバコの吸い殻、テレビのコード、リモコン、ジャンクフードの空袋、ボサボサの髪。モノが散乱した部屋と虚ろな目から示される、怠惰で無為なパラサイト生活。怠惰な姉に耐えかねた妹に自活を求められ、罵声を浴びせられ、取っ組み合いの喧嘩をし、一子は家を出る。そして、木造アパートを借り、百円ショップで深夜バイトを始める。

実家に前からいた姉さんに、出戻りで帰ってきた子連れの妹に罵られて家を出されちゃうなんて、一子、立場弱いな。

時給1200円で百円ショップの深夜バイトを始める一子。

きょうび、日本では、弁当屋や百円ショップを活用すれば、かなり安い生活費で生きていくことができる。だが、モノが安いということは取りもなおさず、そこで働く人の所得も低いということ。地方都市は寂れ、百円ショップは人手不足。そこで働く人たちの生活は底辺。映画に登場する愛すべき百円ショップの店員たちは、世の中の流れにも乗り遅れており、一子はじめ、誰もスマホを持っていない模様。当然、ツイッターもインスタもfacebookもやっていなさそうだ。。。。(中年店員は「ミクシーやってた!」と言っていたが)

乗り遅れているのはそれだけではない。世の中の嫌煙の流れに抗い、この映画、登場人物は主人公のみならず、ほぼ全員がヘビースモーカーだ。

顔も頭も今ひとつ。男性経験ゼロ、正社員経験ゼロ、コミュ障気味のこじらせ女子、趣味はテレビゲームの32歳。それがヒロインの一子だ。きっと、働き者の母ではなく怠け者の父に似たのかもしれない。妹は姉に似ず、普通に可愛く、機敏。おそらく一子は子供時代から妹に負けっぱなしの人生だったと想像される。

非モテという点で、一子はブリジットジョーンズを彷彿とさせるし、気だるく訥弁な感じは若い頃の桃井かおりにも似ている。だが、一子はブリジットジョーンズのように王子様との結婚を夢見て努力したり、背伸びしたりはしない。また、桃井かおりと似ているようでいて、「あたしって、実は自由で賢くて可愛いでしょ?」みたいな1980年代っぽい自意識や媚びとも無縁だ。安藤サクラ演じる一子は、草食系が極まり、バカにされても無視されても怒りすらしない。まるで伸びきったゴムのような淡白で無気力な受け身の態度がなんとも2010年代的だ。

何しろ。。。。。

職場のキモい44歳のオヤジに強姦されても、泣き寝入り。

バナナマンこと新井浩文(いつも百円ショップにバナナを買いに来る、引退直前の貧乏なプロボクサー)にナンパされ、いよいよ心温まる恋愛物語が始まるか。。。と思えば、こいつもまた人格障害気味の底辺男。バナナマンにいくら暴言吐かれても、裏切られても、一子は怒りもせず、抗議もせず、口をへの字に曲げて、うつむくだけ。

「ひゃくえん!ひゃくえん!なんでも、や・す・い!」ーー100円ショップのシュールな店内音楽(そして一子の初めての試合の入場曲)は、一子の「安っぽい」キャラの象徴でもあり、貧しく薄っぺらな現代日本社会の象徴でもある。

そんな一子、映画の中で2回、感情をあらわにして泣く。この映画、一番の見どころだ。

2回とも、一子はまるで子供のように嗚咽を上げながら、奥底にしまわれた感情をむき出しにして、長く、長く、泣き続ける。

バナナマンと初めて寝るとき。そして、もう一度は最後に、ボクシングの試合に負けたとき。

その泣き声の思いがけない激しさ、生命力に、観る人は胸を突かれる。

一子には隠された二つの強い感情がある。

まず、「愛されたい!」という感情。

そして、もう一つは、「勝ちたい!」という感情。

どちらも、他人に見せるのが恥ずかしいから、必死に隠している感情。

なぜ、隠すのか?

だって、きっと愛されるはずないから。

だって、きっと勝てるはずないから。

それでも私たちは、「愛されたい」「勝ちたい」と願わずにはいられない。これからの人生にそれが起きることを期待せずにはいられない。

その思いが、彼女を(自分を振った男がやっていた)ボクシングに向かわせた。愛されるか、勝てるか、分からない。人生が手遅れになる寸前に、彼女はガムシャラにそれを求めた。

「思いっきり戦うの、いいな。それに、終わった後に、敵と肩たたき合うの、いいな」ーーバナナマンに振られた後、一子は吸い寄せられるように、その男の通っていたジムに通い始める。

人と関わることを避けていた一子が、コーチにアドバイスを乞い、会長に試合に出して欲しいと頼み込むようになる。

猛練習を経た、初めてのボクシングの試合で、一子は完膚なきまでに負けた。

神様は一子が切ないほどに願った「勝利の味」を彼女に与えてくれなかった。

血だらけ、顔はボコボコ、あざだらけ。

だが、神様はそのとき、彼女に思いがけないプレゼントをした。「勝」てなかった彼女は、その思いもよらなかった瞬間に、愛を手にいれるのだ。果敢なチャレンジの後、正直に泣く一子の素直さが、冷血漢、バナナマンの心を溶かしていく。

新井浩文演じるバナナマンと安藤サクラ演じる一子の関係はちょっとサドマゾで、「道」のザンパノとジェルソミーナを彷彿とさせる。

幸いなことにジェルソミーナと違い、一子はちゃんと生きて男の愛を手にいれた。

そうすることで自尊心も手に入れた。

彼らは若くはないが、人生終わりという年でもない。

今の日本、どれだけ希望は少なくても人生は長い。

二人は一緒になるだろう。一子は実家の弁当屋を出て、二人は一緒に仕事をして、なんとか親がかりではなく自分たちの力で生きていくのだろうと思った。子供だって生まれるだろう。二人のおかれた状況からして、その後の人生は決して華々しくはないかもしれない。だが、それは少なくとも借り物ではない、自分の力で切り拓いた人生には違いない。

一子を鍛え、応援するボクシングジムの人たちがいい。必死に生きる、家族も、百円ショップの人たちも、みんな、いい。そこには絶対的な善人も悪人もおらず、予定調和的なハッピーエンドもなく、奇跡もなく、地方都市をリアルに生きる人たちの生がリアルに描かれている。これぞ、日本。これぞ、日本人。外国で暮らしている日本人が見たら、とても日本が懐かしくて涙が出るだろうな。

ネタバレどころか、ラストシーンのその後まで予測するなど、映画の紹介としておよそ、ふさわしくない記事になってしまった。古い(4年前)映画ということで、お許しください。

その後の物語まで観る人に想像させるほど、ストーリー構成の完成度の高い映画は滅多にない。フェミニズムとか、社会批判とか、そういう教訓に走ってないのも好ましい。新しいけど普遍的、普遍的だけど、新しい。

インフルエンザのおかげで、思わぬ拾い物。⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

 

 

 

 

 

 

 

 

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【書評】ホモ・デウス Homo Deus–A brief history of tomorrow

ベストセラー、ホモ・サピエンス全史の著者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の第二作。まだ邦訳されていない模様。

ヒトは幸せを追求し、飢餓、戦争、疫病を克服してきた。今、ヒトは神の領域に達しようとしている。安楽な衣食住に恵まれ、90歳まで生きる私たち戦後日本人は、確実に神に近づいているのだ。

一方、ヒトの幸せのために、この7万年間、環境と動物の命、幸福が凄まじいまでに犠牲になってきた。今日、地球上の大型動物のバイオマスのうち、2割弱がホモ・サピエンス(=人間)、7割弱がホモ・サピエンスに遺伝子改造された家畜であり、野生動物はわずか1割弱に過ぎない。今日の世界はヒトに覆い尽くされ、支配され尽くされている。人間に寄生する家畜は種としては繁栄しているものの、ヒトのいいように利用され尽くされるだけの人生を送る個体の苦しみは筆舌につくせないものがある。

ハラリは、「AIと遺伝子操作により<超人=ホモ・デウス>が誕生すれば、今度はホモ・サピエンスがこうした動物のステータスに転落する番だよ」と言う。データ主義、遺伝子学の知見、AIにより、「ヒトは皆同じ」と言う個人の平等や自由意思の近代的理念が根底から切り崩されつつあるからだ。「ヒトは他のヒトを、それがヒトであるというだけで大切にしなければならない」というのが、近代の理念だったわけだが、宗教的真理が近代になって虚構だと暴かれたように、今度は科学技術の進歩により、そうした近代的真理が虚構として暴かれようとしているのだ。

人類全体としてはホモ・デウスに向かっているとはいえ、神になれるのは豊かな一握りの人に過ぎない。FANGによるデータ独占、世界的な所得と資産格差の拡大、階級の固定化。こうした今見られる現象は、ホモ・デウスによるホモ・サピエンス支配前夜の、恐ろしい未来のプレリュードに過ぎないのかもしれない。

大きく喧伝されてはいないものの、ハラリは本書は瞑想の師であるゴーエンカに捧げられている。ベジタリアンのハラリは明らかに動物の運命を憐れみ、ホモ・サピエンス(特に近代欧米人)の所業の罪深さを嘆いている。イスラエル人なのに、外見もちょっと僧侶みたいなハラリ氏。仏教的価値観、あらゆる分野の碩学ぶり、しかも平易でわかりやすい文体により、本書は数多の将来予測書にない深みがある。

1度読んで、今、2度目の熟読中。人生の10冊に入る名著であり、どんなに時間をかけてももう一度は熟読したい本。

 

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古民家の失敗

いすみに家を買い、東京と行ったり来たりするようになって2年。

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先立つものは家財道具。一昨年、昨年と、いすみ用に家電製品からDIY用品、家具まで怒涛の買いモノした。業者も入れて、いくつか小規模な改装工事もした。

予算が限られるなか、ヤフオク、amazon、楽天、ビックカメラなどネットを駆使して、必要最低限、最適の購入を目指した。だが、明らかに失敗もあった。備忘録、今後の教訓として「失敗」を書き残しておきたい。

失敗1:大きすぎるキッチン用具

いすみには友人、知人も招きたかったから、スペース不足の東京の兎小屋で買えなかった「本格キッチン用具」をいくつか買った。具体的には、大型中華鍋、大型セイロ、シンクをまたぐ大きなまな板など。

だが、『友人、知人に囲まれる古民家ライフ』は幻想だった。東京の友人は皆、多忙。誘っても、なかなか来てくれない。それに、改修や草刈り作業に追われる古民家では、正直、お客様をもてなす暇はない。お互いの負担になるから、「ぜひ、来て!」とばかりも言えなくなった。

2年間、実際に行ったのは、圧倒的に、夫婦2人に子供1人、もしくは夫婦2人だけ、もしくは1人がほとんど。地元の人との付き合いも、縁側で世間話をする程度。ディナーを招待するところまではいかない。

野良作業で疲れた体に大きくて重いキッチン用具は使いにくく、洗いにくい。せいろで大量にシュウマイを作る機会もない。結局、コンパクトな台所用品をコソコソを買い直すことになった。

失敗2:安すぎる汎用家電製品

入居早々、前の住民が残していった洗濯機が壊れた。引き渡し直後の出費が嵩むなかでの予想外の出費。深く考えず、ネットで一番、安かったハイアールの洗濯機を購入した。

ところが、これが、汚れが落ちない!いすみの汚れ物は都会の汚れ物とは違う。泥だらけの服を洗うから、洗濯後に汚れが落ちているか落ちていないか、一目瞭然。

家電はコモディディで、今時、どこも基本性能は同じ、シンプルイズベスト、高機能の高額家電は無駄。。。。と思っていた。だがそれは、私が都会のヤワな汚れしか知らなかったから。

同じく、気軽に使えると思って買った、日立のスティック式掃除機。やはり華奢すぎて、吸引力が弱く不満足だ。ダイソンの掃除機が欲しい。

洗面所用に買った電気ストーブは、能力が低すぎて、ちっとも温まらない。都会のマンション仕様は古民家には合わない。

家電は一度買ったら、捨てるのに買うのと同じくらいの手間暇がかかる。ああ、安物買いの銭失い。。。。

失敗3:植木、肥料、農具などもろもろ

いすみの家に行くときには、いつもホームセンターに立ち寄って、鍬やら軍手やら、植木、肥料、釘なんかを買ってはすぐ使う生活を2年間続けた。おかげで、飛躍的に、農具、工具、植物の扱いなどの知識が増えた。とはいえ、失敗は続く。

こちらの人は迷わず、どかっと20キロの肥料の袋を10袋買う。植物も大量に買う。おっかなびっくりの私たちは、ベランダガーデニングの感覚で1キロの小袋を買い、それをどこに蒔いたかも忘れてしまう。100円のハーブを一つだけ買って、どこに植えたか忘れてしまう。土に合わないシクラメンやブルーベリーを買って植えては、枯らしてしまう、間違えて刈払機で幹を切ってしまう。植木ばさみやシャベルも一番、安いのをおっかなびっくり買って、一回で壊してしまう。

思い切りの悪さから来る失敗が多かった(反面、思い切りすぎた失敗もあった)。

修理のノウハウがないから買い直しの無駄も多かった。

スプレー式の油を挿せばまだまだ使える倉庫錠。壊れたと思って買い直してしまった。

鎌を研いだり、ねこ車の持ち手のテープを巻きなおしたり、タイヤに空気を入れたり、刈払機の刃をこまめに替えたり、地元の人は手持ちの工具を丁寧に手入れする。修理のノウハウを学び、真剣に取り組むには、やはり、私たちの週末田舎暮らしは圧倒的に時間の余裕がないと感じる。

基礎固めに手間をかける時間もノウハウもないなら、思い切って、外注(=業者に家と庭を作ってもらう)も視野に入れるべき? だが、それには莫大な費用がかかる。果たしてそこにお金を使う価値があるのか? 何か賢明で、何が愚行なのか?

2年間は、土の上の生活の現実と、人生の時間と手間とお金の使い方の非情なトレードオフの学習に費やされたといっても過言ではない。多くのことができないまま、無能な自分と、ボロボロの庭と家を呆然と見つめ続けた2年だった。

昨年、ブログで、いすみの古民家ライフを十分にアップできなかった理由は、こうした赤裸々な現実が、必ずしも「他人に見せたい素敵な生活」ではないからというのが正直なところだ。

いすみから東京に戻るたびに、マンションの共有部分の見事に手入れされた花壇や敷石に感嘆する。乾燥したコンクリートの高層住宅の生活に快適さを感じる。都会では重いモノを持ったり、油まみれになったりしないで済むことに安堵する。

同時に、中央区の完全に固められた大地を歩きながら、いすみの庭を掘り起こして出会ったカエルやミミズやモグラや虫の幼虫のことを思い出す。都市のコンクリートの犠牲になった無数の生物の命のことを。

都会に住む私たちが普段、それらについて考えないで済むのは「自分で手を下していない」からに過ぎない。

もちろん、「のんびりのどかな田園」だって無実ではない。農業は土を掘り起こして、たくさんの生物を犠牲にする営みだ。そうやって、経済原理に則った人間にとって良いもの、市場に有用なものを作り出そうとする。そのことは都市も農村も同じだ。

人間の営みのために犠牲になった自然への贖罪のための神社や小さな社がいすみの国吉原には無数にある。

少なくとも、「自分で手を下した」人たちは、生きる本質をしっかりと意識できる。私たちの生活を根本で成り立たせているのは何か、という本質を。

それにしても、農村の維持には大変な、技術力とお金が要る。中央と地方、農村と都市は絶えず交流し、連関している。それを2つに分けて、「あっち側」を理想化するかと思えば、ドヤ顔で見下して「べき論」を述べるのは愚かしいことだ。

2年前、美しい古民家を壊し、セキスイハイムの家に住み、庭をコンクリートで無風流に固める田舎の人を、批判的に見る自分がいた。なんて傲慢だった私。

2年前には、この古民家を見たとき、家と庭の佇まいの優しさに感動した。それは今でも変わらない。行くたびにこの家の優しさと美しさに心が震える。それが、どんなに陋屋で、人を招けない家だとしても。

愚行により、人は賢明になる。初心忘れず、残されたお金と時間を有効に使えますように。。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

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今年もありがとうございました

予想外のトランプ相場。気がつけば、日経平均はバブル以来の最高値をつけ、AIやらブロックチェーンが世の中のキーワードとなり。世間は変わらないようでは、変わらないようで変わっていきますね。

ご近所、新川界隈のレストランは、留学バイト生が里帰りするせいか、今年の年末年始、長く休むところが多いです。不況から一転、人手不足は今後、ますます深刻化しそうです。

問題は、不足しているのは安い労働力ばかりというところなのでしょうが。。。。

さて、私の2017年。振り返ってみれば、何もなかったようで、いろいろなことがありました。

2016年4月に買ったいすみの古民家

昨年は毎週のように通いましたが、今年はほぼ2週間に一度のペースにスローダウンしました。春までに外便所を納屋にした以外、人の手を借りるような大きな修復はせず、もっぱら、庭仕事に勤しみました。買った当時は「早く人を呼べるような素敵な場所にしなければ」と焦っていましたが、「別にこのままでも住める。人に見せる必要はない。綺麗になればそれに越したことはないが、そのままでも悪くない」と思えるようになりました。ようやく、新しい工務店とのプロジェクトが来年から稼働する予定です。まずは裏庭の整地からです。

いすみに通う頻度が少し下がったのは、思いのほか、本拠地東京の生活が忙しかったから。前は50代に入ったらスローダウン。。。と思ってましたが、むしろ、その反対。気持ち的にも物理的にも、ますます毎日のTo do listに追われるようになり、あっという間に一日が終わってしまいます。

まあ、忙しいのは自業自得です。

今年は、フィリピン、韓国、中国(チベット)と、近くの三つの国を旅行しました。フィリピンはひとり旅、韓国と中国は家族旅行です。

フィリピン旅行は忘れがたいものでした。帰ってきてから、たくさん、本を読みました。新しい視点、座標軸をもらいました。リンク

GWの韓国旅行はわずか3日でしたが、戦争記念館を訪れたり、カロスキルでコーヒーを飲んだり、お隣の国の今を体感できました。リンク

8月の中国旅行では北京と甘粛省(敦煌、ラプラン寺など)を訪れました。初めて訪れた北京は想像を超えて、すげー場所でした。中国、すごい。チベットのアムド地方の遊牧民の現実はショックでした。一緒に旅行した息子がチベットに関心を持つようになりました。帰りの飛行機の欠航のハプニングも家族にとって良い思い出になりました。→リンク1

リンク2

リンク3

リンク4

東京にいるあいだは、ひたすら自宅でMacに向かってる時間が長かった。

「作りたい」の一念で、8月にLINE STAMPを自作しました(チベット男)。使ったのはGIMPSという無料ソフト。なかなか売れませんが、作る作業はすごく楽しかったです。

あと、集広舎の川端社長との出会いのおかげで11月に2冊目の本を出すことができました。これまで10年間のチベットボランティアの経験が結実した本です。書いているあいだは、ずっとダライ・ラマの声が私の中で響いていました。自分のために書いたようなものです。

本書の制作過程では、翻訳のほかに、デザインやイラスト、タイポグラフィーなどに関心が高まりました。新しいことをインプットする一番有効な手段はアウトプットすることですね。

9月には、以前から学びたかったTM瞑想を学びました。直接的な生産性につながらない12万円を捻出することも、毎日、1日40分の時間を瞑想に充てる決心をすることも、決して簡単ではなかったのですが、難しい、難しい、と言っていたら、人生、終わってしまう。とにかく、できるときにできることを始めよう、と思って。→リンク

始めて3ヶ月。とてもいいです。

11月から年末にかけては、モーショングラフィックスの学校に通いました。→リンク

TM瞑想同様、残りの人生、どのような形で社会と関わっていくのか、どのように時間を使いたいのかを考えた上での投資でした。

なぜ、モーショングラフィックスなのかって。。。。

転機のきっかけは、いつも偶然。人生、いつどこで何が起きるか、わからない。

モーショングラフィックスに興味を持った直接のきっかけは、上述の中国旅行の際に、旅行代理店から一つの動画を紹介されたことでした。こんな動画を私も作れたら、と強く思いました。「そんなの、この年になって今更できない。。。」と怖気付きましたが、「やりたい」という思いが勝りました。

伏線にあったのは、夏に作ったLINE STAMPの「とても楽しかった感」です。

また、本を作る過程で、世の中が文字から絵、静止したものから動くものにどんどん、変化している実感がありました。

結果的には、学校に行って、本当に良かったです!

それ以外にも、7月には義父の逝去、9月には息子の来年の米国交換留学が決まるなど、身辺の変化がありました。

合間にはいろんな本も読みました。→コクリコのアマゾン書評

色々、やりすぎた報いか五十肩になり、年末には整骨院に行くハメに。昨年も年末には目の充血が取れないトラブルに見舞われましたが、今年は肩。やはり、この年齢になれば色々あるもんです。PCの前にずっと座りっぱなしのお地蔵さん生活が続いた報いで10年間で10キロ太ってしまい、夏以降には一年発起。ダイエットでなんとか4キロ落としました。→リンク

本当に色々あった一年でした。なかなか前に進まない時もありますが、今年は全体として前に進めた年でした。

これからも一瞬一瞬を大切に。そして、未来のめぐりあいの中で、過去の様々なdotをつなげていく作業ができたら、と思っています。楽観的に、誠実に。

あとは、あと6キロ痩せられたら、と!

更新が遅いブログですが、読んでいただき、ありがとうございます。

来年も引き続き、よろしくお願いします。

下山明子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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楽観主義と不随筋

ダライ・ラマは、「楽観主義でいきましょう」と言われた。その言葉が響いたから、でクローズアップしたのに、本音では、まだまだ咀嚼しきれてない自分がいる。

「コップに水が入っている。『もうこれしかない』という人もいれば、『まだこんなにある』という人もいる。同じモノを見ても、それをどう受け止めるかはヒトによって違う」。

それは30年前に親しかった人の口癖でもあった。

まだxx歳(楽観主義)なのか、もうxx歳(悲観主義)なのか。

100万円しかない、なのか、それとも100万円もある、のか?

こんな仕事しかできない、なのか、こんな仕事もできる、なのか?

客観的事実にどう意味づけするかは自分次第。

22歳の私は、「『全ては心の持ちよう』なんて、くだらん精神論だ。客観的な事実に対する自分の感じ方を自分で決めることは難しい」と思っていた。「●●さんみたいに美人でお金持ちで、恋人もいれば、幸せになれる。でもそうじゃない私は幸せじゃなくて当然」と思っていた。

いや、美人でお金持ちでなくても幸せにはなれる人はいるだろう。だが、そのために、美人でお金持ちでなくてもいい、と自然に思い切れないといけない。

残念ながら、心は不随筋なのだ。世の中にはもともと将来に対して楽観的な性向の人と、悲観的性向の人がいる。悲観的な親に育てられれば、悲観的になりやすいし、楽観的な親に育てられれば、楽観的になる。誰かを好きになるのに理由はないように、楽観的になるのも悲観的になるのも理由はない。株式市場にも楽観的なときも悲観的なときもある。そりゃ、いつも楽観的であるに越したことはないが、それを意思でコントロールするのは難しいし、不自然だ。

正直、その気持ちは50歳になった今もあまり変わってはいない。悩んでいる人に明るく楽観的な言葉をかけることできる。悲しくても、人前では努めて笑顔を作る、とか、将来を悲観しがちな自分を「頑張れ!」と励ますことはできる。でも、心の底から、自然に、心を望ましい方向に持っていくのは難しい。「楽観的に。。。」と自分で自分に言い聞かせるより早く、すでに悲観的な気分になってしまっている。一体、それを、どうすれば変えられるのだ!

ダライ・ラマの悲惨な半生に反比例するような屈託のない笑顔、将来に対する明るい見通しは、人間が困難の中でも楽観的でれることの例証ではある。ダライ・ラマだけでなく、客観的な状況にかかわらず楽観的な人を私はたくさん見てきた。そういう人は、生まれつき脳内のエンドルフィンが出やすい構造なのだろうか?それとも単に、現実認識能力が弱いだけなのか?

信仰や瞑想が楽観主義の一つの鍵であることは確かだろう。チベット仏教や禅を実践する人の中には本当に澄み切った顔をしている人がいる。ヤマト運輸の小倉昌男さんのように現実を変えて偉業を遂げる起業家には信仰心があることが多い。ダライ・ラマの楽観主義も、生来の性質というよりは、長年の瞑想で心をコントロールする術を学んだ結果だろう。仏教には心のインナーマッスルを鍛えるメソッドがある。

では、信仰もなく瞑想時間も乏しい凡夫はどうすれば良いのだろう?

どうせ不随筋は動かせないと諦めて、せめて動かせる筋肉だけでも動かすということか。

「笑う門には福きたる」のことわざを信じて、嘘でも笑う。心で悲観的になっても、絶対、それを言葉にしない。なるべく、悲観的な人との交わりを減らす、悲観的になりそうな情報は取り込まない。楽観的な人のオーラに近づく。そうやって、プチプチ、悲観のタネを潰す。

恋多き女だった作家の宇野千代さんは、生前、「私、(辛い思い出は)忘れてしまうんです」と言っていた。忘却もまた、楽観的に生きるための知恵だろう。

そもそも、コップにどれだけ水が入っているか(=過去の体験で自分が作り上げたベンチマーク)を忘れてしまえば、過去を比較して、まだこんなにあると喜ぶことはない代わりに、これしかないと悲しみ、恨むこともなくなるのだから。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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新刊:ダライ・ラマの『楽観主義でいこう!』と『声明』

遅ればせながら、去る11月14日に本が刊行されました。ダライ・ラマ法王のスピーチから、名文句や勇気付けられるくだりをピックアップして、英日併記し、同じ内容の録音をCDにまとめたものです。

これまで日常生活のかたわら、これまで10年弱、チベットハウス(ダライ・ラマ法王日本代表部事務所)のボランティア翻訳をしてきました。チベットハウスのニュースリリースや、内部資料、それにこうした小冊子の翻訳などをしてきました。

それが今回、こういう形に結実しました。

法王の数多くのスピーチから選んでテキストをピックアップし、翻訳するのが私の主な役割でした。それに加え、私自身がチベットとなぜ関わり始めたか、非ネイティブが英語を話すとはどういうことか、フランス語の思い出など、私のちょっと私的なスモールエッセーも入っています。

小さな本ですが、ダライ・ラマ法王という人が何を考えて、何を言いたいのかが、わかりやすく単刀直入にまとまっていると自負しています。ぜひ、お手に取っていただけたら幸いです。

また、今回、ダライ・ラマ法王の言葉とずっと付き合う中で、「なぜ、こういうことを言うのか?」「それは、実際の生活とどう関わるのか?」とずいぶん、自問しました。それについては、折に触れてこのブログで書いていけたらと思っています。

さらに、もし、この本を読んで、チベットへの興味が高まったら、ぜひ、こちらに進んでください!

これもまた、ダライ・ラマ法王の言葉をまとめた本。新刊ほやほやです。

こちらは上級編。原書は毎年の3月10日のチベット蜂起記念日の法王のスピーチをチベット亡命政権が編纂したものです。

1961年から2011年までの一つ一つの声明は、その時点でのチベット人と国際社会に対する法王の政治的メッセージです。

あまり一般には知られていない、第一級の政治家としてのダライ・ラマ法王の側面を垣間見ることができます。

翻訳は、私と同じくチベットハウスのボランティア翻訳をされている小池美和さんが担当されています。

スピリチュアル的存在としての名声と比べると、1959年にインドに亡命してから、国家元首としてのダライ・ラマ法王が率いる亡命政権は何を考え、どう行動してきたのかということはあまり知られていません。過去50余年のダラムサラでの日々が、実に汗と涙と困難と忍耐の連続で、スリリングな面もあったことがわかります。

本土への残留組と亡命組に分かれた国民をまとめていく大変さ、刻々と移り変わる世界情勢の中で立ち位置を決めていく大変さ。。。

本書は歴史的資料としての価値が高く、チベット問題の本質を理解したい人や、中国の現代史、アジアの国際関係などを研究する人々にとって、今後、必読書となる予感がします(ダライ・ラマ法王の秘蔵写真もてんこ盛りです!)。

『ダライ・ラマの英語スピーチ集』、『声明』。いずれも福岡の出版社である集広舎さんが版元。

集広舎さんはこれまでも、ツェリン・オーセルさんの本や、中原一博さんの本など、あまり大衆受けしないチベットの政治関連本を勇敢に出版なさってきた出版社です。

この2冊に加え、数奇な運命を辿り、アメリカに亡命したモンゴル人名僧アジャリンポチェの回想録を加え、今秋、何と三冊のチベット関連本を連続して出版されました。社長の川端さんは九州男、太っ腹!

今回、素晴らしい方々と協力して仕事ができ、たくさんの気づきを得ることができました。

これからも楽観主義でやっていこうと思います!

引き続きよろしくお願いします。

 

 

 

 

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