投稿者「下山明子」のアーカイブ

【書評】ハリネズミの願いーーつながりたい気持ちと自意識過剰

ノンフィクションばかり読んできましたが、実に久しぶりに外国の小説。

昔の石井桃子さんの本みたいな、可愛らしい装丁。ドキドキします。

ハリネズミの願いはひととつながること。誰かと一緒にいて共感する幸せを味わいたい。

それは人の普遍的な願いでしょう。

それでハリネズミは招待状を書きます。紅茶とケーキを用意して誰かが来るのを待ちます。

待ちながら、招待されたひとの気持ちを考えてくよくよするーー迷惑かな。どうせ、みんな忙しいだろう。僕のハリが怖いだろう。僕の家はみすぼらしいし、きっと紅茶とケーキは嫌いだろう。。。

それに、来てくれたとしても、そいつがイヤな奴かもしれない(ハリネズミは自分に自信がないくせに自我が強い。気位が高く、好き嫌いが激しく、他人に厳しい。それが彼の「ハリ」なのです)。

ハリネズミは誰にでも来て欲しいわけではありません。共感して幸せを感じられる人と出会いたいのです。

でも、どうやったらそんな人に会えるのか? 会うためにどうしたらいいのでしょうか? 家をもっと綺麗にしたらいいのかな? 自分のハリを抜いてしまえばいいのかな? 何かに擦り寄ろうとしても、何に擦り寄ったら正解なのか、わからない。

それでハリネズミは不安の中で楽観と悲観、自尊と自己卑下のあいだを揺れ動きます。悲観が極まると、どうせ嫌な思いをするなら独りがいい、とやせ我慢します。

そのくせ、すぐに人恋しくなる。期待し、妄想することを止められません。

ずっと内面のシーソーゲーム、独り言が続きます。

色々などうぶつがハリネズミの家を訪れます。現実と妄想の中で、ハリネズミの家をぶっ壊すなど、変な、ひどい動物が登場します。「良い」動物もいます。ハリネズミをほめ殺すコフキコガネや、美しい歌で深い感動を与えるナイチンゲール。だが、それでもハリネズミは満足できません。一方通行で、心のふれあいがないからです。

最期の最期、ハリネズミはやっと求めていたものを手に入れます。自意識の檻から出られ、不安がなくなり、ぐっすり深く眠れるようになります。

物事は起きるときには起き、出会えるときには出会える。そこに至るには、正解もノウハウもありません。

自意識過剰と寂しさを抱えた人にとっては、どんなリアルな物語よりリアルな物語。私にとって星5つでした。

 

 

 

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フィリピン旅行

時が経つのが早いです。

一ヶ月前のフィリピン旅行の写真を備忘録代わりに下のサイトにまとめました。よかったらご覧になってください。

http://4travel.jp/travelogue/11256631

同じ途上国でも、スリランカは貧しさよりも調和の取れた自然と文化に目が行きましたし、ネパールでは中世都市文化の絢爛さに心奪われました。インドのダラムサラでは仏教の精神文化の気高さを学びました。

それからすると、フィリピンの短い旅で私が学んだものは、グローバル資本主義の荒々しさ、格差社会の実態、そして、その背後にある歴史の根。。。。
グルメ、観光、リゾートの快楽は少ない分、たくさん、考えるための糧をいただいた旅でした。

 

 

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【映画評】メトロマニラ世界で一番危険な街

現金収入と機会が少ない田舎から若者が希望を持って都会に出てくる。貧困のどん底からスタートし、勤勉と才覚、人との出会いを通じて苦難を乗り越えて成功していく。私たちはそういう物語が大好きだ。エビータ、マイフェアレディ、スラムドッグミリオネアなどの映画。もしくは西原理恵子さんの人生のような実録サクセスストーリー。

この映画も最初はそんな映画に思えた。

田舎から出てきて住むところもない主人公の夫婦が、逆境に苦しみながらも、仕事を見つけて、親切な人と出会って、屋根のある家に住み、そして。。。。

夫婦は若く、敬虔なクリスチャンで、善人で、才覚もあり、美男美女。観客は「ガンバレー」と文句なく感情移入できる。

だが。。。。フィリピンの現実はそんなに甘くなかった。

腐りきった大都会に出てきたカネのない人たちにとって、努力、正直、勤勉は通用しない。ストーリーが進むごとに観客は嫌というほど見せつけられる。マニラでは、貧しい人が合法的にミドルクラスのマトモな生活に行き着くまでの道筋はあまりに険しい。

どうやったら、歯が痛い子供を歯医者にやれるか?今日の夜ご飯を手に入れられるのか?

貧乏人の経済学では、いかに貧乏人は頭を使って生活しないと生き残れないかが詳しく描かれていた。この映画はまさにその実録ドキュメンタリーだ。

こうしたドキュメンタリー調の前半からうって代わり、後半はサスペンス調になる。ラストの結末、主人公の究極の実存的選択はあまりに衝撃的だ。

99%の絶望に対して1%の希望。ものすごく素晴らしい、余韻の残るラスト。

映画のテーマは、ひたすら、貧困、貧困、貧困。相対的貧困ではなくて、絶対的貧困。貧困の中で逆説的に強まる家族の絆。

フィリピンの貧しさの理由を思いつくままにあげると次のようになる。

1人口過多

→ヒトがどんどん、生まれる。多すぎる!日本の真逆だ!ヒトが多すぎるから食べられない。労働供給が過剰だから働く人は買い叩かれる。

2 農村の荒廃、まともな仕事のなさ

→農村があまりに貧しい。だから、ヒトがますます都市に集まる。でも、都市にもそのヒトたちを食べさせるだけの仕事がない。教育のある人ですら青息吐息なのだ。貧しい人たちは生きていくために、水商売、危険な仕事、麻薬関連に手を染めるしかない。

3 法律の不徹底

→政府を信用し、法律をちゃんと守っていたら、食べていけないという不条理。

フィリピンのシュールなところは、貧しさが豊かさと隣り合わせだということだ。悪臭とスラムを見ないことにして、高層ビルだけを写せば、写真に写ったマニラの街並みはそれほどシンガポールと変わらない。マニラのショッピングモールは、日本のイオンモールより綺麗で活気がある。

貧しい人たちは、お金のある人たちと取引しながら生活している。上京してきた主人公は金持ちのカネを運ぶ仕事をし、奥さんは白人相手のバーで働いている。

貧しい人は経済の生態系から排除されているのではない。そこに、しっかり組み込まれている。金持ちと貧乏人は社会的には交わらない。だが、経済的には相互依存している。

 

この映画は、そうしたマニラの不思議な姿を掬いとっている。

不思議なのはマニラだけではない。相互依存しているのは何もマニラの金持ちと貧乏人に限らない。世界が経済的な絆で相互依存している。フィリピンと日本もまた相互依存している。

↑日本とフィリピンの相互依存関係をテーマにした古典的名著

この映画を作ったのはイギリス人だという。こういう深い視点でフィリピン社会を題材に捉え、商業作品に仕上げ、私たちにモノを考えさせてくれるのは、フィリピン人ではなくイギリス人。そのこともまた、世界は実に奇妙で複雑だということを教えてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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なぜフィリピン人は英語を話すのに貧しいのか(2)

日本で早期英語教育の是非についてプロコンの意見が対立している。

こうした議論は一筋縄ではいかない。

小学校の英語義務化には反対する人が、自分の子供はインターナショナルスクールや英米の大学に送っていたりする。それに「英語教育」に反対する人も、そもそも英語教育の関係者で英語でご飯を食べている人が多かったりする。

むずかしい問題だ。

個人と社会は別物だからだ。

「英語が得意な帰国子女のAさん、ハーバードからコンサル会社に入り、年収5000万。。。」というときの「Aさん」は個人。

それに対し、「なぜフィリピン人は英語を話すのに貧しいのか?」というときの「フィリピン人」は社会。

「個人」を語るのは割とたやすい。自分や周りの人の経験から語れるからだ。だが、「社会」はむずかしい。

 

●個人にとって英語は付加価値….

私たちが英語、英語。。。という理由の多くがグローバル企業での仕事が高給で、そうしたグローバル企業に入るには英語ができないといけないことによる。また、アメリカに従属的な立場の日本では、アメリカとの繋がりが強いことが政財学界のエリートであることと強く相関している。そうしたことは社会で肌身で感じられる。そんな個人が社会的上昇の手段として子供に英語を学ばせようとするのは合理的なことと言える。

●….でも、国や社会の豊かさは英語力とは無関係

でも、社会全体としてみると、そこには合成の誤謬のようなものがある。

個人にとっての善は、社会にとっての善じゃない。

日本の豊かさの源泉は、同じ言葉を話す国民意識にあるからだ。

国民意識があるから、私たちは同じ思いを共有し、押し合いへし合いの社会で協力してやっていける。

「国民意識」とは仲間意識と言っても良い。

日本語のおかげで、1億2000万人が共同幻想を共有し、そのおかげで協力し、日本全体としてまとまり続けられている。

それができてない国、たとえばフィリピンのような国を知れば、それは実感できる。

フィリピンの人たちはわがままだから協力できない?

そんなことはない。むしろ、その反対だ。ずっと人と人との関係を大事にする。家族の絆は日本よりずっと厚いし、スラムや農村では人々はお互いに協力しないでは生きていけない。日本人の方がよほど個人主義的で勝手に生きている人が多い(私も今回、一人で旅行している時、「かわいどう」と随分、フィリピンの人に同情された)。

だが、数千人、数万人、一億人規模の協力、階級を超えた国民の協力という点では、間違いなく日本人の方が強い。そういう協力は、信頼の上にしか成り立たない。信頼は、共同幻想に基づく「同じ人間だ」という感覚の上にしか成り立たない。人は、同じ言葉を喋らない人、共通の過去を共有しない人には同じ人間だという感じを抱きにくい。

そうした中、フィリピンでは英語の読み書きができる人、英語が喋れる人、全くできない人。。。というように言語能力のグラデーションが階級になっている。そうしたグラデーションによって世界観、所得、階層があからさまに分断されている社会だ。

階級を超えた社会の共感がないところでは、万人に適用される法律というものが徹底されない。「仲良し」のための政治になり、「みんな」のための政治が行われない。社会が痛みを分かち合えない。個人の豪邸や金儲けのための商業施設はできても、公園ができない。道路ができない。図書館ができない。

フィリピンではそういう「公」の欠如が強く感じられ、そのせいで巨大な非効率と無気力が生まれていた。人々は政府ではなく家族やコミュニティに頼って生きている。だが、彼らは脆弱だ。問題は、彼ら以外の世界は、政府やら企業やら、はるかに大きな単位で動いているからだ。

世界には、「個人として英語ができると得なこともあるけど、英語ができなくても惨めじゃない国」「英語が階級になっていない国」がたくさんある。たとえば、ドイツやフランスやイタリア。これらの国の底力は長い時間をかけて国民国家が出来上がっていることになる。

「みんなで。。。」という同調圧力は日本社会で特に強い。中にいると、うんざりすることがある。だが、そういう同調圧力が、同時に人々の大きな単位の協力を可能にし、大きな単位の協力があるからこそ、一部の個人には間暇とお金の余裕が生まれる。そういう余裕から文化は生まれる。

そういう物事の表と裏の関係がようやくこの年になってわかってきた。

フィリピン、パナイ島イロイロ・シティのホテルの窓から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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なぜフィリピン人は英語を話すのに貧しいのか(1)

英語ができることは仕事で大きなプラスになっている。

フランス語はそうではなかった。

10代、20代の私は英語よりフランス語が得意だった。知識でも人格形成でもフランスには多大な恩義がある。だが、キャリアに直接は役立たなかったという点では、フランス語学習は徒労だったといえる。

働きはじめてからは英語、英語、英語。それがグローバル社会の共通語だったからだ。パリでも東京でも英語。資本市場は日本語でもなく、フランス語でもなく、英語で動いていた。

英語をマスターしたおかげで、グローバル経済の一番回転の効いている部分にアクセスが得られた。今でも英語は私にとって必要不可欠な一部であり、糊口をしのぐ手段だ。若いころの友人を見回しても、若いころの英米圏留学組は良いキャリアを築き、気に効いた仕事をしている人が多い。

そういう現実を肌身で感じる親は、子供に英語教育を施そうとする。日本人だけでなく、韓国人や中国人も。

そんなアジアの英語学習者にとって、コスパ良く英語を学べる国がフィリピン。フィリピン留学、スカイプ英会話。圧倒的に安く、安いわりには質が良い。

だが、そこには大きなパラドクスがある。私たちは経済的利得を求めて英語を学んでいる。なのに、肝心の英語の先生であるフィリピン人が貧しい、というパラドクスだ。英語国フィリピンの人件費が安いからこそ、ギャップを利用したフィリピン留学、スカイプ英会話、コールセンターが成り立つのだ。

フィリピン人は出稼ぎメイドですら気の効いた英語を喋る。シンガポールではメイドから英語をならう日本人駐妻もいる。

。。。。だが、そのメイドの月給は3万円程度。

5月にフィリピンに行った理由の一つは、そのわけを知りたい、というものだった。

マニラ首都圏マカティの街角

 

 

 

 

 

 

 

 

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【書評】貧乏人の経済学ーー金持ちはレールに乗っているだけ?

貧困問題は現代医療の問題と少し似ている。

世界の貧困問題は解決がとてもむずかしい。だから、開発経済の専門家は頭が良く、高学歴だ。開発援助の本は、あたかも動物や病気を観察するようにデータを駆使し、上から目線で貧困や貧乏人を外から眺める。

一方、貧しい国を援助する側の国の人間の私たちも、実際には1日1ドル以下の生活をしたことはないし、現場で貧乏人と遭遇したこともないから、そういう専門家が言うことが正しいのか間違っているのか、よくわからない。

では、「撲滅」すべき貧困の張本人、1日1ドル以下の生活を誰よりも良く知っている貧乏人はどうかというと、彼らは声を上げない。自分で自分のことを外部の人たちに理路整然と説明することができない。貧困を抜け出すのに何が必要かを訴える場もない。

本書は、開発経済の専門家が、「あたかも貧乏人本人が説明するように」貧困を説明した本だ。ユニークなのは、貧乏人の行動の背後のモチベーションに内側からアプローチしているところだ。貧乏人の心のレベルに入って、その行動を説明するのだ。

個人的には次のくだりが心に残った。

  • 人の何ができて何ができないかという期待は、あまりにしばしば自己成就的な予言となる(エリートの子供は親に「できる」と言われるからでいるようになる。子供に自信を持たせることの重要性)
  • 希望の喪失と楽な出口などないという感覚があると、坂道をまた登ろうとするのに必要な自制心を持つのが難しくなる(成功体験と信念の重要性)
  • リスクに直面すると人は不安になり、不安になると緊張して憂鬱となり、集中し、生産性を上げ、合理的判断ができなくなる(安定とリスクヘッジの重要性)

外側から見た紋切り型の常識や固定観念でない貧乏人の動機や原理を個別テーマごとに丁寧に分析することで、「こういうときには、こうしてあげるといいよね。。。。」と丁寧に処方箋を示す。

たとえば、一見、貧乏人は起業の天才のようだが、実はそのビジネスの大半は規模が小さく、収益性が低い。貧乏な親の大半は子供に公務員になってほしいと考えている。必要なのは起業させることではなく中規模企業への資金提供。

食べ物と競合する圧力や欲望が多い中、貧乏人は収入が増えても食事の量や質を改善しない。だから、社会的見返りを得るためには子供と妊婦の栄養摂取に直接投資するべき。

貧乏人は老後のリスクヘッジのために子供を産む。老後の社会保障を充実させれば、子沢山である必要はなくなる。

希望、リスク、信頼、惰性。。。貧乏人の心理メカニズムは私たちと同じだ。彼らはある時は合理的で辛抱強く、ある時は自制心に欠け、不安にとらわれている。

私たちと彼らに違いがあるとすれば、私たちには社会保障、公共のインフラ、銀行や保険へのアクセス、安定した収入などがあり、彼らにはない、ということ。だから金持ちは考え、選択する必要はなく、貧乏人は必死に考え、選択する必要がある。

本を読んで、私自身は随分、いろいろ選択し判断してきたようだけど、明らかに土台の部分が恵まれていて、既存の制度に楽々と乗っかっていたんだなあ、と実感。青年海外協力隊などで、金持ちの国の人が貧乏な国の人に色々なことを教えに行く。でも、実は選択と判断ということでは、貧乏な人の方が金持ちな人に教えることがあるような気がする。生死に関わるようなリスクに日々直面し、意思の力で難しい環境を生きている人はものすごく偉い。レスペクトする。

 

 

 

 

 

 

 

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【書評】バナナと日本人

今も同じなのが驚き

「変化」はニュースで報道されるが、「変わらないこと」は報道されない。世界が大きく変わる中で、この国では古い問題が今もずっと続いていて、むしろ深刻化している。本書は、バナナを通じたミンダナオ島の社会・経済構造のフィールドワークだ。今から35年も前の、多国籍企業による搾取や南北問題なんて、古い。。。。はずだった。が、全然、そんなことはなかった。

フィリピンは21世紀の今も、旧宗主国、多国籍企業、一部の特権階級に収奪され、痛められ、荒っぽいグローバル資本主義に翻弄され続けている。

相変わらず、日本のスーパーはドールやデルモンテブランドのバナナが並んでいて、一房100円。干しマンゴー、パイナップル、家政婦。フィリピン産のものはなんでも安い。

本書から35年。フィリピン経済はやっと成長が始まり、コールセンターなどの外資のBPO拠点の投資が進んでいる。。。と聞いていた。だが、行って見れば、そこで働くフィリピン人の月給は3万円。フィリピン人に与えられている仕事はいずれは人工知能によって代替されるものばかり。インフラが機能不全のマニラはほぼパンク状態で、人々は青息吐息で生きている。

農産品からサービス産
業へとところが変わっても、外国と特権階級による民衆搾取の構造は同じ。

そこへ2017年5月、ミンダナオ島で戒厳令が敷かれた。

「アメリカは俺の国の富を貪った(America lived on the fat of my land)」、「欧米はいつだって二枚舌」とドゥテルテ大統領は怒っている。なぜなのか。本書の丁寧な叙述はそうしたことを理解する助けにもなった。
イロイロシティでの朝食
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東京とマニラ

一週間のフィリピン旅行から帰ってきて、二週間。まだ興奮がまだ冷めません。

途上国を訪れたのは初めてではありません。スリランカ、チュニジア、ネパール、インド、インドネシアなどを訪れたことがあります。アメリカのグランドキャニオンでネイティブインディアンの悲惨な生活を目撃し、マレーシアのキャメロンハイランドに行く途中では、山岳民族原住民のスラムにも遭遇しました。

それでも、マニラは訪れたどんな他の場所とも違いました。マニラでは、他の場所では感じることのできなかった「辛さ」を感じました。

辛かったのは、「貧しさ」そのものではありませんでした。訪れたマニラとフィリピン第四の都市イロイロシティではショッピングモールが乱立し、そこは商品に溢れて、華やかな催事が行われ、ショッピング客で溢れていました。もっとも、モールの入り口には、貧しい人が入ってこないようにマシンガンを持った警備員が立っていましたが。

マニラで感じた辛さは、社会と経済が『ちぐはぐ』な感じでした。民間のお金で豊かに整備された場所と、荒れ果ててボロボロで汚い場所。道を不法占拠して住む人たち。ハイヒールを履いて運転手がいる生活をしているお金持ちと、ボロボロのジプニーに乗って何時間もかけてピカピカのボニファシオグローバルシティのコールセンターに通うTシャツ姿のオフィスワーカー。そして、スラムに溢れる裸足の子供達。それらの人たちが、お互いがお互いを存在しないかのように無視し、決して交わらない。深刻な格差、大都会の非常さ、根深い歴史の悲劇でした。

マニラの喧騒から比べると東京はとても静かです。隅田川の水は澄んでいます。道は几帳面に補修され、街路樹は手入れされ、人々は整然と規則を守ってゴミを捨てています。

長いこと、ニューヨークやロンドンやパリと比べると、東京の街並みは汚く、街宣車や駅の自動アナウンスが騒々しいと感じていました。古いものが大切にされないと思ってきました。でも、全ては相対的でした。私は上ばかり見ていました。東京は、私が20歳から50歳になるまでのこの30年でインフラの整備が進み、公共空間の環境がジワジワと改善したことに気づきました。そもそも、今私が住む湾岸に人が住めるようになったのは、川と海が綺麗になったからです。今や、都下に張り巡らされた地下鉄網のおかげで、どこに出かけるのも便利です。小学生が一人で電車に乗れるし、エスカレーターやエレベーターのおかげで老人にも快適です。駅のトイレにウォッシュレットが付いています。道路がバリアーフリーだから自転車でどこまででもいける。図書館でほとんどの本が借りられる。

そして、そんな快適さは一部の人のものではなく、みんなのものです。

都市環境の改善は、バブルの崩壊後もゆっくりゆっくり進みました。個人の所得は上がらず、私たちは相変わらず狭い家に住んでいますが、公共環境はジワジワと良くなりました。

バブルの頃と比べると日本人は心も成熟しました。長いデフレのせいで、服装はカジュアルに、質素になり、若者は堅実になり、中高年の趣味や人生観は多様化しました。そんな社会を作ったのは、私ではありません。政府が、企業が、自治体が、一人一人の日本人が様々な相互作用の中で合意を作り出し、ゆっくりとバランスの良い成熟した社会を作り上げていったのだと思います(あるいはその一番の功労者は、ヤマト運輸、佐川急便、セブンイレブンかもしれません)。

ですが、それを「ありがたいとしみじみ思うことは、マニラを訪れるまではありませんでした。東京はあまりに馴染みすぎた街だから。

個人が幸せな生活を送るには、個人の自助努力、気持ちの持ちようといったものもあるでしょうが、おおもとにあるのは、どんな社会のどんな時代に生きるかということが大きい。世の中には気持ちの持ちようだけではどうしようもないことがたくさん、あります。

出会ったフィリピン人の若者に、”Oh, You are a lucky person”と言われました。昔なら「そんなことないよ!」と反発したかもしれません。でも、今はその通りだと思います。彼女のいう通りです。50歳の私がこうして健康で文化的な生活し、旅行ができるのは、幸運以外の何物でもありません。

 

そのことをフィリピンが教えてくれました。

 

 

 

 

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ソウル旅行ーー戦争記念館とカロスキル

ゴールデンウィークは家族で2泊3日でソウルに行って来ました。

20年ぶりのソウルです!

最近のメディア報道から、行く前にはずいぶん周りに心配されたましたが、蓋を開けてみると飛行機は満席。初夏のソウルはレンタル:チマチョゴリに身を包んで王宮を闊歩する世界からの若い観光客で溢れていました。

私は李朝の民芸や家具のファンで、韓国エステが大好きです。でも、今回は骨董にもファッションにもエステにも関心のない夫と息子と一緒だったので、観光の中心は王宮巡りと食べ歩きになりました。

今回の旅行の白眉は、偶然訪れた戦争記念館でした。

あまりガイドブックに出てない。最初、行く予定がなかったのですが、現地のシティガイドツアーのバスから見た建物があまりに立派だったので、歴史好きの息子と一緒に覗いてみることに。

残虐な写真や日帝時代の蛮行。。。のような展示があるのではとの予想は杞憂でした。抑えたトーンで朝鮮民族の戦乱の歴史を丁寧にストーリー化にした展示で、このような博物館が日本にないことが残念に感じられるほどでした。

ソウル旅行をするなら、ぜひ、おすすめです!

日本の鎧甲冑と全然違う、機能的でバタ臭い雰囲気の高句麗の戦闘服。

10時からの日本語ガイドツアーに参加したのは私たち家族3人だけでした。

「日本で朝鮮戦争と言われる内戦は、1950年6月25日に始まったから、韓半島では<6.25動乱>と呼ばれています」と、ガイドの趙さんの説明が始まりました。

太平洋戦争後、半島には北と南の2つの政府が出来たこと。戦後の経済復興に専念していた南に対して、戦争準備をしてきた北が突然、不意打ちしてきたこと。わずか数週間で北がほぼ全土を制圧しかけ、すわ半島赤化か、というところまで行ったこと。マッカーサー総司令官による仁川上陸作戦で南が巻き返したこと。米軍や国連軍の援軍で今度は南がほぼ全土を制圧しそうになったが、すんでのところで中国人民解放軍が参戦し、人海戦術を仕掛けて来たこと。前線が何度も南北に移動するなかで、たくさんの離散家族が生まれたこと。マッカーサーは原子爆弾の使用を検討したが、それが第三次世界大戦につながることを恐れたトルーマン大統領がマッカーサーを更迭したこと。1953年に停戦したが、それは休戦に過ぎず、今に至るまで、北朝鮮の挑発が続き、半島全体が臨戦体制にあること。。。。

 

ーー韓国の人たちは、北と一つの国になることを望んでいるのですか?北と南はいつか統一されると思いますか?

「それは、一緒になれるものなら、なりたいと思います。でも大国の思惑が絡み過ぎて、実際には難しいと思います」

ーー日本では今にも北朝鮮が攻めてくるかもしれない、戦争が始まるかもしれないと思われています。でも、実際に来てみると、ソウルはとても平和で、若い人たちは呑気に見えます。北の脅威が怖くないのでしょうか?

「いや、怖いですよ。若い人も。でも、今時の戦争は、核戦争で一気に都市が壊滅するような戦争ですから、怖いからって逃げようがないでしょう。ほら、日本は地震国で、いつ何時、全てが崩れるかもしれないのに、なぜ、皆、平然と生活できるのか分からない、とよく外国人に言われるでしょう。でも、日本人は地震を恐れてビクビクしてばかりしててもしょうがないって思いますよね。それと同じです」。

そうか。。。

そんな恐怖の中で、国が半分に分断されたままでここまで発展した韓国はすごい。あるいは、分断され、恐怖にさらされていたからこそ、発展したのかもしれないが。。。。

ソウルは大変な発展ぶりでした。

趙さんのガイドはとても素晴らしく、時間が許せばもっと歴史について教えてもらいたいと思いました。ちなみに趙さんは政府系金融機関で日本の金融制度の研究を担当して以来、カセットを何度も聞いて独学で日本語を学ばれたそうです。息子さんは日本の大学を出て、東京で暮らしておられるそうです。

戦争記念館後は、漢江を渡り、江南地区へ。

現代百貨店のデパ地下の品揃えや買い物客の雰囲気は東京と瓜二つで、外国にいることを忘れるほどでした。もし姑が買い物しにそこに突然、姿を見せても、決して私は驚かなかったでしょう!

ファッション・ストリートのカロスキルの女の子たちのファッション。韓国では江南女子とか、キムチ女とか言うそうです。

カフェのメニューと値段は代官山、六本木なみでした。消費文化満開です。香港、ソウル、東京、シンガポール。。。アジアの若い人たちのライフスタイルやファッションはどんどん水平的になって来ていると感じます。ヨーロッパの人たちみたいに。もはや、日本人か韓国人か、外見では全くわかりません。

LINEのキャラクターたちは韓国生まれ。

LINEショップがありました。お土産にブラウン・グッズを買おうかと思いましたが、日本でも売っているかもしれないので止めました。価格や商品が均質化するということは、外国で買いたいモノがなくなるということでもあります。

でも、それは外面、物質のことです。やはり、韓国と日本はかなり違う国です。本やメディア報道ではわからないことが沢山あります。そのことをたった3日の旅行で感じることができました。

この1年、いすみと東京の往復が続いた後の久しぶりの旅行だったせいかもしれませんが、やはり、海外旅行はいいものです。国を一歩出ることで見えてくるものが沢山、あります! 何歳になっても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【映画評】わたしは、ダニエル・ブレイク

「カスタマーファースト」の資本主義は、たくさんお金を払ってくれる人に優しく、少ししか払わない人に厳しい。

何度電話しても通じないサポートサービス。キャンセルできない格安航空券、ネット予約しか受けつけない病院、徹底的に無駄を省いた飲食店。それらはこの30年でずいぶん増え、テクノロジーの進歩はそれに拍車をかけた。ひどいサービスにイラつくこともあるが「まあ、安いから、自己責任でしょうがないかな』とも思う。効率化のおかげで昔は高かったサービスが随分、安くなっているからだ。

非人間的サービスがいやで、ネットが苦手なら、提供者に厚い利幅をもたらす高価な商品やサービスばかりを買えばいいのだ。実際、企業に利益をもたらせば、こんなに親切にしてもらえていいのか?と思えるほど感動するほど温かくで手厚いサービスが買える。それはビジネスクラスの飛行機に乗ったり高級ホテルで食事をすれば、わかる。多くの利益をもたらす人は大切にされる。もたらさない人は人間の尊厳すら奪われる。世の中の多くのことが金の沙汰だから、私たちは貧乏になりたくない。

でも私たちのそういう気持ちと行動が複雑なフィードバックループによって、積もり積もれば弱い個人が生きにくい社会と不安を作り出している。

雇用の少ない地域に住む人、生産性の低い労働に就いている人、安定した賃金をもたらす仕事に就くだけのクオリフィケーションがない人、介護や子育てなどの家庭内の非経済的な営みに時間を取られるのに誰にも扶養してもらえない人、病気や事故のような不慮の事態で働けなくなってしまった人。それらのために家庭と社会のセーフティネットがあり、政府の所得分配機能がある。それがなければ、強者と弱者には同じ社会に住む人としての感覚が失われ、民主主義が崩壊してしまう。

でも、そうしたセーフティネットにまで資本の原理と最新のテクノロジーが導入されたら?

それが巨大な官僚機構とマニュアル主義に結びついたら?

弱者の中の弱者はいよいよ野たれ死ぬしかなくなる。

この映画はそんな「野たれ死に」の実態をリアルに描いた映画だ。

主人公のダニエルは大工。真面目で人格の立派な人だ。ただ、人生の不運により身寄りがないまま病気になってしまった。納税者の当然の権利として行政に手当の申請をするが、行政の庇護を受けられない。新しいテクノロジー、官僚主義、行政の効率化など様々な理由で。。。。福祉の窓口担当者を含めダニエルを窮地に追い込む悪意の個人は誰もいない。社会の仕組みによってダニエルはもがきながら、じわじわと殺されていく。そのカフカのような(でも私たちにもうすうす身に覚えのある現代社会の)不条理がぞっとするほど怖かった。

そうした不条理に対抗するのは人間としての思いやりと助け合いの心だろう。ダニエルは自分が苦境に陥りながらも貧しいシングルマザーの隣人ケイティを助け、ダニエルの隣人たちもまた、ダニエルに手を差し伸べようとした。弱者は弱者同士で互いに温かさを与え、助け合おうとする。

でも、それだけでは足りない。ダニエルのような人を生まないためには政治の力と、個人的な関わりを持たない多くの人にも共感の心を呼ぶコミュニケーションの力が必要だ。そう、この映画のように。

リアルに、感情に溺れず、社会の冷徹な現実を切り取って見る人の心に訴える映画にした80歳のリーチ監督は素晴らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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