月別アーカイブ: 2017年11月

新刊:ダライ・ラマの『楽観主義でいこう!』と『声明』

遅ればせながら、去る11月14日に本が刊行されました。ダライ・ラマ法王のスピーチから、名文句や勇気付けられるくだりをピックアップして、英日併記し、同じ内容の録音をCDにまとめたものです。

これまで日常生活のかたわら、これまで10年弱、チベットハウス(ダライ・ラマ法王日本代表部事務所)のボランティア翻訳をしてきました。チベットハウスのニュースリリースや、内部資料、それにこうした小冊子の翻訳などをしてきました。

それが今回、こういう形に結実しました。

法王の数多くのスピーチから選んでテキストをピックアップし、翻訳するのが私の主な役割でした。それに加え、私自身がチベットとなぜ関わり始めたか、非ネイティブが英語を話すとはどういうことか、フランス語の思い出など、私のちょっと私的なスモールエッセーも入っています。

小さな本ですが、ダライ・ラマ法王という人が何を考えて、何を言いたいのかが、わかりやすく単刀直入にまとまっていると自負しています。ぜひ、お手に取っていただけたら幸いです。

また、今回、ダライ・ラマ法王の言葉とずっと付き合う中で、「なぜ、こういうことを言うのか?」「それは、実際の生活とどう関わるのか?」とずいぶん、自問しました。それについては、折に触れてこのブログで書いていけたらと思っています。

さらに、もし、この本を読んで、チベットへの興味が高まったら、ぜひ、こちらに進んでください!

これもまた、ダライ・ラマ法王の言葉をまとめた本。新刊ほやほやです。

こちらは上級編。原書は毎年の3月10日のチベット蜂起記念日の法王のスピーチをチベット亡命政権が編纂したものです。

1961年から2011年までの一つ一つの声明は、その時点でのチベット人と国際社会に対する法王の政治的メッセージです。

あまり一般には知られていない、第一級の政治家としてのダライ・ラマ法王の側面を垣間見ることができます。

翻訳は、私と同じくチベットハウスのボランティア翻訳をされている小池美和さんが担当されています。

スピリチュアル的存在としての名声と比べると、1959年にインドに亡命してから、国家元首としてのダライ・ラマ法王が率いる亡命政権は何を考え、どう行動してきたのかということはあまり知られていません。過去50余年のダラムサラでの日々が、実に汗と涙と困難と忍耐の連続で、スリリングな面もあったことがわかります。

本土への残留組と亡命組に分かれた国民をまとめていく大変さ、刻々と移り変わる世界情勢の中で立ち位置を決めていく大変さ。。。

本書は歴史的資料としての価値が高く、チベット問題の本質を理解したい人や、中国の現代史、アジアの国際関係などを研究する人々にとって、今後、必読書となる予感がします(ダライ・ラマ法王の秘蔵写真もてんこ盛りです!)。

『ダライ・ラマの英語スピーチ集』、『声明』。いずれも福岡の出版社である集広舎さんが版元。

集広舎さんはこれまでも、ツェリン・オーセルさんの本や、中原一博さんの本など、あまり大衆受けしないチベットの政治関連本を勇敢に出版なさってきた出版社です。

この2冊に加え、数奇な運命を辿り、アメリカに亡命したモンゴル人名僧アジャリンポチェの回想録を加え、今秋、何と三冊のチベット関連本を連続して出版されました。社長の川端さんは九州男、太っ腹!

今回、素晴らしい方々と協力して仕事ができ、たくさんの気づきを得ることができました。

これからも楽観主義でやっていこうと思います!

引き続きよろしくお願いします。

 

 

 

 

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TM瞑想ーー1日2回20分

瞑想はこれまでも身につけたいと思っていました。お寺の参禅、歩きながら自分の足の裏を意識するヴィパッサナー瞑想も、試したこともあります。ヨガのシャバアーサナも一種の瞑想でしょうか。

でも、どんな瞑想も長続きはせず。

長続きしなかった理由は、習い方が中途半端で、やり方が独りよがりだったせいかもしれません。

忙しい日常の中、きちんとメソッドを身につけ、続けていく価値と必然性を見出せきれなかったためでもあります。

そんな中、思いたって、2ヶ月前、TM瞑想の門を叩きました。

料金の高さ(12万円)がネックですが、都内で2−3時間カウンセリングを合計4日受けるだけでメソッドを学ぶことができます。

TM瞑想は、ビジネスマンやセレブなど、世界中の忙しい人たちも実践している瞑想なので、結跏趺坐を組めず、定期的にヨガに通ったり長いリトリートに出たりできない私にも実践できるかもれないと思ったのです。

結果、とりあえずこの2ヶ月、習ったTM瞑想をきっちり1日2回、20分、実践できています!

これからもずっと続けられると感じています。もう、あれこれ瞑想ホッピングしなくてもいい予感もします。

それは、TM瞑想のメソッドがとてもシンプルで、しかも、気持ちの良いものだから。

12万円は、マンツーマンで指導を受けることで、何より瞑想とは気持ちが良いものだ、自分にとって良いものだと思い知るための代金でした。

無になれない。姿勢もきちんと取れない、自分は望ましい瞑想のあり方からずれている。。。確信のなさ、「あるべき瞑想」に縛られていたことが、私の瞑想が今まで長続きしなかった理由でした。

TM瞑想はテクニックであり、ルールもありますが、ものすごい苦労をしないと身につけられないテクニックではないし、日常生活と両立しないものではありません。子供だって学校で身につけて実践できるのですから。

もし、TM瞑想に一番の難しさがあるとしたら、どんな時も、どこでも1日2回20分の時間を捻出する、外部との関わりをシャットアウトする、ということでしょう。それがTM瞑想のルールです。

いつ誰から電話がかかってくるか分からない、数分刻みでスケジュールが決まっている、小さな子供がいるなど、本当に忙しい人にとって、1日2回20分を捻出するのは厳しいかもしれません。

でも、私くらいの人間が、1日40分、作業や外部の情報をシャットアウトすることは、それほど難しくないことが分かりました。

たとえば、イスラム教徒は一日5回、礼拝のためにほかの全てを中断します。

特別な機会だけでなく、日常生活にリセットを組み込むのです。

それができないなら、できるように日常生活を少しだけ変えるのです。

日常生活を大きくは変えられないが、少しなら変えられる。

本を読む代わりに瞑想。作業する代わりに瞑想。人と話す代わりに瞑想。スマホに手を出す代わりに瞑想。外の世界に働きかけたい気持ち、外部から刺激を受けたい気持ちを少しだけ諦めて、瞑想。

TM瞑想の習慣は、とりわけ、朝から晩まで情報にさらされ続けて疲れている現代人に有用と思います。創始者のマハリシは、「これは科学なので、信じようが信じまいが、実践すれば効果は必ずある」と述べています。それは、本当にその通りです。

人によって瞑想の効果は様々なようです。

私にとって、瞑想を始めたからといって、突然、良い人間になるとか、世界の成り立ちが理解できるとか、人間関係が変わるとか、そんな劇的変化はありません。ですが、少なくとも、私の心には前より少しだけ余裕ができ、強迫観念が減ったように思います。

うまくいけばいい、でも、行かなくても構わない。好かれたらいい、でも、嫌われてもOK、みたいな余裕。

そして、ダメ元でもやってみようかな、という意欲と楽観主義。

スポーツ、マッサージ、エステなど、手軽に身体の疲れをリセットを図るツールは世の中にたくさんあります。でも、心のリセットは意外に難しいものです。常に動いているものだから。

旅行に出たりして、心のパラダイムを変えると、不安やストレスなど、心の疲れは一時的にでも解消されます。

1日2回20分のこのシンプルな瞑想は、毎日、小さな旅に出るほどの効果があると思いました。

私にもできるシンプルな瞑想を教えてくれたマハリシ、そして指導してくださったTM瞑想センターのI先生、ありがとうございます。

 

 

 

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心の財布

お金も心も、不安は余裕がないから生まれる。

もし、手金が200円しかなければ、100円の出費はおおごとだ。なにせ、手金の50%が消えてしまうのだから。

でも、もし手金が1万円なら、100円の出費は気にならない。100円は手金の1%に過ぎないから。

10万円があれば、0.1%。

100万円あれば、たった0.01%。100円の出費は心の痛みや不安を引き起こさない。

心も同じだ。

例えば、出したメールがすぐに返ってこない。

それが恋人に出したメールなら、1日中、疑心暗鬼になる。メールが返ってこないのは、忙しいから?返事の内容を考えているから?それとも、もう、私のことを好きじゃないから?

何か、悪いこと言った?

それとも、もしかして、メッセージが届いていない?もしかして迷惑メールのボックスに入っちゃった?携帯が壊れた?

それが、3日、1週間と続くと、不安はもっと大きくなる。

恋人でなくても、クライアント、取引先、友達、家族。

心に余裕がないと、イライラ、イライラ。

もしかして、私が悪いことした?

私とはもう、縁を切りたいと思ってる?

「メール、届いていますか?」と電話しようか?

でも、電話が不在着信なら?

不信が雪だるまになっていく。

電話したら、「ああ、ごめんなさい。忙しかったから」と言われるかもしれない。

そしたら、ホッとする?それとも、「わざわざ、電話させるなよ!思いやりがないな。もう、縁を切ってやる!」とますます頭にくる?

こんな日常生活のイライラは、そもそも、心の手金が200円しかないから生まれる。

財布に余裕がないから、小さな債権に依存する。そこに人生がかかってると思うほど、視野狭窄に陥ってしまう。些細なことで落ち込む。

もし、お財布に1万円あれば、100円の債権のことなんて気にしない。返ってこなくても、大丈夫。

メールが無視されても、この世の終わりじゃない。嫌われたって、無視されたって、この世の終わりじゃない。

大切なのは、自分の財布には1万円ある、って自分に言い聞かせることだ。

幸い、お金と違って、心はいくらでも大きくすることができる。

人に与え続けられる人。そんな人の心の財布にはいつも1万円が入っている。

考えてみれば、私自身、長い時間、随分、小さな負債を作ってきた。貸し倒したこともある。借りたことを忘れたふりをしたこともある。

そんなとき、心の貧しい私を救ってくれたのは、いつだって、余裕のない私を包み込む、心の大きな人だ。

だから、返してくれない人を責めるのではなく、私が自分のお財布を大きくしよう。

大きくするにはどうすればいいかを考えよう。

財布が大きければ大きいほど、たくさんの貸しを作れる。

そして、貸せる余裕のある人が、最後には一番、多くの資産を作るのだ。

たとえ、何度貸し倒れても。

そのことを忘れないようにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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