月別アーカイブ: 2017年4月

【映画評】わたしは、ダニエル・ブレイク

「カスタマーファースト」の資本主義は、たくさんお金を払ってくれる人に優しく、少ししか払わない人に厳しい。

何度電話しても通じないサポートサービス。キャンセルできない格安航空券、ネット予約しか受けつけない病院、徹底的に無駄を省いた飲食店。それらはこの30年でずいぶん増え、テクノロジーの進歩はそれに拍車をかけた。ひどいサービスにイラつくこともあるが「まあ、安いから、自己責任でしょうがないかな』とも思う。効率化のおかげで昔は高かったサービスが随分、安くなっているからだ。

非人間的サービスがいやで、ネットが苦手なら、提供者に厚い利幅をもたらす高価な商品やサービスばかりを買えばいいのだ。実際、企業に利益をもたらせば、こんなに親切にしてもらえていいのか?と思えるほど感動するほど温かくで手厚いサービスが買える。それはビジネスクラスの飛行機に乗ったり高級ホテルで食事をすれば、わかる。多くの利益をもたらす人は大切にされる。もたらさない人は人間の尊厳すら奪われる。世の中の多くのことが金の沙汰だから、私たちは貧乏になりたくない。

でも私たちのそういう気持ちと行動が複雑なフィードバックループによって、積もり積もれば弱い個人が生きにくい社会と不安を作り出している。

雇用の少ない地域に住む人、生産性の低い労働に就いている人、安定した賃金をもたらす仕事に就くだけのクオリフィケーションがない人、介護や子育てなどの家庭内の非経済的な営みに時間を取られるのに誰にも扶養してもらえない人、病気や事故のような不慮の事態で働けなくなってしまった人。それらのために家庭と社会のセーフティネットがあり、政府の所得分配機能がある。それがなければ、強者と弱者には同じ社会に住む人としての感覚が失われ、民主主義が崩壊してしまう。

でも、そうしたセーフティネットにまで資本の原理と最新のテクノロジーが導入されたら?

それが巨大な官僚機構とマニュアル主義に結びついたら?

弱者の中の弱者はいよいよ野たれ死ぬしかなくなる。

この映画はそんな「野たれ死に」の実態をリアルに描いた映画だ。

主人公のダニエルは大工。真面目で人格の立派な人だ。ただ、人生の不運により身寄りがないまま病気になってしまった。納税者の当然の権利として行政に手当の申請をするが、行政の庇護を受けられない。新しいテクノロジー、官僚主義、行政の効率化など様々な理由で。。。。福祉の窓口担当者を含めダニエルを窮地に追い込む悪意の個人は誰もいない。社会の仕組みによってダニエルはもがきながら、じわじわと殺されていく。そのカフカのような(でも私たちにもうすうす身に覚えのある現代社会の)不条理がぞっとするほど怖かった。

そうした不条理に対抗するのは人間としての思いやりと助け合いの心だろう。ダニエルは自分が苦境に陥りながらも貧しいシングルマザーの隣人ケイティを助け、ダニエルの隣人たちもまた、ダニエルに手を差し伸べようとした。弱者は弱者同士で互いに温かさを与え、助け合おうとする。

でも、それだけでは足りない。ダニエルのような人を生まないためには政治の力と、個人的な関わりを持たない多くの人にも共感の心を呼ぶコミュニケーションの力が必要だ。そう、この映画のように。

リアルに、感情に溺れず、社会の冷徹な現実を切り取って見る人の心に訴える映画にした80歳のリーチ監督は素晴らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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専業主婦、共働き、独身キャリア

こんな風に世の中が変わりつつある。これからもどんどん変わっていくだろう。

厚生労働省

バブル時代に大学を卒業した私の世代は過渡期的だから、私のまわりは専業主婦、兼業主婦、独身とさまざまだ。兼業主婦にも専業主婦にも、子あり、子なしがいて、独身にも、ずっと独身、バツ1、バツ2がいて、子あり、子なしがいる。そして、働き方も、大学卒業後にずっと同じ会社で働いている人がいて、何度も転職している人、正規雇用の人、非正規雇用の人がいる。専業主婦から兼業主婦になる人がいて、兼業主婦から専業主婦になる人がいる。

そして、お金持ちがいれば、貧乏な人もいる。

幸せな人も、そうでない人もいる。

同じ日本人で、同じ時代に生まれた育った女性でも、どんなカテゴリーに属するか、過去にどんな推移を経てきたかによって、ライフスタイルや頭で考えていることが違ってくる。

男性と比べて選択肢がたくさんあるから、女性にとっていい時代になったと言われる。でも、多様だからこそ難しいこともある。

とくに、人間関係が。

境遇によって得る情報、人生の目標、住む世界が変わるからだ。住む世界が違うと関心事が違うから、自分の思いに共感が得られにくくなる。たとえ親子であっても世代間ではさらに、共感が難しくなる。専業主婦が普通だった母の世代と、まだら模様の私たちの世代と、結婚しようとしまいと働くのが当たり前の娘たちの世代では、もう違う星に住んでいるみたいだ。

境遇の違いが「お互いがお互いをわからない」ということに止まらず、「羨ましい」「かわいそう」「自分より上だ、下だ」という、嫉妬、同情、比較競争のような感情に結びつくと最悪だ。最悪だと思うから、自分も他人にそういう感情を抱かれないように努める。先を見越して、羨ましいと思われないようにしたり、可哀想だと思われないようにしたり、ひたすら自分を隠す。地雷を踏まないように、万事につけ当たり障りなくなる。他人のありのままを理解しようともせず、自分のありのままを理解されようともしない。他人に助け舟も出さなければ、助けを求めもしない。

そして少しずつ、変化を諦め、他人と関わることを止め、偏狭になっていく。

理想はその反対だ。自分の生き方に誇りを持ち、他人の生き方も尊重する。他人との共通項を見つけようと努力するとともに、適度な他人との距離感も取れる。

そんな大人の女性に会うと感動する。対立より融和を選ぶ人。共通点を見つけようと努力する人。自分と他人の違いに純粋な好奇心を持てる人。他人の幸せを自分の幸せと感じられる人。自分の弱さをさらけ出して、しかも人に寄りかからない人。教えを乞うことをいとわず、逆に自分も無償で人に教えてあげられる人。どんな人とも水平に付き合える人。理性的な判断をしつつ情にも厚い人。

そうした女性は、専業主婦にも、兼業主婦にも、独身にも、子ありにも子なしにもいる。

もちろん女性だけでなく、男性にもいる。

そういう人は、必ずしも、一番、世の中で成功している人ではないかもしれない。陽の当たるところにいないかもしれない。でも、多分、社会はそういうまっとうな人によって支えられている。そういう人のおかげで、一人一人に違いがあっても社会はまとまりを失わない。

幸いなことに日本の社会にはそういう人はまだたくさんいる。

サウイフヒトニワタシハナリタイ。

 

 

 

 

 

 

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チベットと私

私は基本的に主婦+翻訳業ですが、チベット亡命政権(ダライ・ラマ法王日本代表部事務所)の翻訳ボランティアとカワチェンでのチベット語の勉強も生活の一部です。

チベットと関わるきっかけは、シンガポールに住んでいた2008年に、日本のチベットハウスのホームページ上の「チベット旅行者のための状況説明書」を翻訳したことでした。

以来、チベット問題、チベット仏教、チベット語、チベット文化にチベット料理。チベットについて少しずつ学んでは驚いたり、面白がってきました。チベット人の知り合いも少しずつ増えました。

一昨年、ダラムサラを訪問したとき。チベット亡命政権情報国際関係のプロトコール担当官ソナムさんと私。

ダラムサラの図書館で会った人たち

組織に属さず、専門家でもない無名の私がチベットのことを発信しても、誰に届くのか心もとない。チベットというマイナーなジャンルへの引け目、筆力や知識の乏しさ、深刻かつ重大な側面のある情報を私的ブログで発信することへのためらいもあり、これまであまり書けないできました。

でも、思えばずいぶん長くチベットに関心を持っている。チベットの方々から色々なことを教えていただいた。チベットを通じて、インドや中国にも興味を持つようになった。多分、これからもずっとチベットに関心を持ち続けるだろう。一サポーターとしての立場を踏まえつつ、これから、もっとチベット語を学び、本を読み、積極的に旅行し、人と出会い、話し、感じたことがあればそれをまとめ、他の人ともっと分かちあいたいと思っています。

日本人とチベット人は顔が似ているし、言葉も似ています。日本人とチベット人を個人で比べるとそんなに変わりません。亡命チベット人は皆、数カ国語を操るし、バイタリティがあります。インテリで弁のたつ人も多い。にもかかわらず民族、社会、集団として見るとチベットの置かれた状況はあまりに綱渡り的に厳しいものです。

チベットを知ることで、自分の住む日本という国の成り立ちにも関心を持つようになりました。

ダライ・ラマ法王のお兄さんギャロ・トゥンデュップさんの自伝を一部抄訳してをまとめてアップしました(こちら)。翻訳出版してくださるところを見つけたいのですが、なかなか見つかりません。良かったらご覧になってください。チベット問題と国際関係の複雑さがわかります。

自伝の拙評はこちらです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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