月別アーカイブ: 2013年10月

オフィス嫌い

生まれて初めてオフィスで働いたのは、大学1年生の冬休みだった。当時、築地に出来たばかりの朝日新聞本社内の週刊朝日編集部で行われる「東大合格者全氏名特集号」の編集準備のチームに参加したのだ。

当時の朝日新聞ばバブル絶頂期の華やぎに湧いていた。バイトの学生にもタクシー券が配られ、編集作業が佳境に入ると深夜勤務の後のホテルでの宿泊も認められるなど、素晴らしく美味しいバイトだった。私はそこで、世の中には楽で楽しい仕事があるということを知った。筑紫哲也や下村満子といった人々も同じフロアにいて、19歳の私は自分が突然大人になったような気分になった。 続きを読む

Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedInPrint this pagePin on Pinterest

鼠志野–偶然を大切にする

東京・日本橋にある三井記念美術館のイベント「親子教室」に不定期に参加するようになって2年ほどになる。能、狂言、漆塗り、絵画鑑賞の仕方、版画、日本絵画。。。その時々の特別展にちなんだ体験教室はどれも工夫が凝らされていて、日常では触れる機会のない本物の芸術に触れられる素晴らしい機会だ。上品で親切な美術館の学芸員の心遣いが素晴らしく、旧三井本館の建材をふんだんに用いた館内は実に落ち着く空間。月1度のこのイベントを子供以上に私が心待ちにしている。

直近のイベントのテーマは焼き物。今回は、特別展「国宝『卯花墻』と桃山の名陶 ―志野・黄瀬戸・瀬戸黒・織部―」にちなんで、志野の絵付け技術を陶磁家の先生から習った。 続きを読む

Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedInPrint this pagePin on Pinterest

【書評】それでいいのだ!エマーソンの『自己信頼』

自分の考えに自信が持てないのはいつからだろうか? 中学受験や大学受験の勉強で、ひたすら正しい答えや他人の意向を伺うことが習い性になってからだろうか? 会社で働くようになってから、自分の心中を率直に述べる場が殆どなかったからだろうか?

新聞や雑誌の活字の言葉、ニュースキャスターの言葉、専門家の言葉は真実らしく聞こえる。それに比べると乏しい情報しかもたず、深く考える暇もない自分の考えは取るに足らないように感じる。周囲とうまくやっていくために、愛想笑いして、他人の顔色をうかがい、周囲の言葉を鸚鵡返しにする。

「まだ若いから」「まだ××を知らないから」「そんな考えは論理的でないから」「他人に嫌われるから」。。。「~しなければならない」と、自分で自分を縛り付けてきた。 続きを読む

Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedInPrint this pagePin on Pinterest

都心、湾岸地域の活気

世界の多くの都市同様、東京の高級住宅地は都心の西側にある。大企業に働くサラリーマンの家族の多くは港区、目黒区、世田谷区、杉並区などいわゆる山の手の高台から西側に拡がる郊外に住んでいる。

大企業の社宅や、有名私立学校の分布は見事に西側に集中している。

田園都市線、小田急線、中央線などの私鉄沿線の一戸建てやマンションに住むサラリーマンと専業主婦、私立の中学や高校に通う2人の子供の家族という生活スタイルは、1970年代から1980年代に典型的なライフスタイルだった。そうしたライフスタイルを体現した田園都市線沿線のアッパーミドルクラスの世界を描いたのが1983年に放映された「金曜日の妻たちへ」だった。 続きを読む

Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedInPrint this pagePin on Pinterest

時代はカジュアル

2年前にブログで「茅場町界隈にフレンチが減って、イタリアンが増殖中!」と書いた(→こちら)。

その後、イタリアン・レストラン全盛の流れはさらに加速している。東京の飲食街は今やどこもイタリアン国旗だらけ。あと、スペイン風バールも健闘している。これに対し、ドイツ料理、フランス料理などは新規開店する店を見たことがない。

続きを読む

Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedInPrint this pagePin on Pinterest

景気と個人の人生

この1年ほど、毎晩、米系証券会社の「欧州経済デイリーレポート」を翻訳する仕事をしていた。ヨーロッパのアナリストやエコノミストがまとめたユーロ圏諸国の経済ニュース6ページの英文レポートをを10人程度の在宅翻訳者で日本語に訳して夜のうちに納品するという仕事だ。

フランスに住んでいた20代、欧州系証券会社に働いていた30代と何かとヨーロッパに縁があったのが、40代になってさっぱり縁が切れてしまったから、この仕事は久しぶりにちょっとヨーロッパに近づくような気分で嬉しかった。 続きを読む

Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedInPrint this pagePin on Pinterest

リークアンユーのアンチエイジング

下は、尊敬するリークアンユーの2010年のアンチエイジングについてのスピーチ(全文はこちら)で、時々読み返すくだり。

ここに書かれている「老後」は、まだ遠いようだけど、案外、近いような気もする。リークアンユーが言うような「生き生きとした老後」を過ごそうにも、精神がしなびた老人は世間が相手をしてくれない。60歳を過ぎても社会との関わりを持ち、好奇心を失わないでいたいなら、40代の今から、種まきをしておくこと、「挑戦を生活に組み込んでおくこと」が必要なんだと思う。 続きを読む

Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedInPrint this pagePin on Pinterest

辞められるとき、辞められないとき

世の中には生きている限り、一度選んだら、衝動的に途中で止めることが許されないことがある。

例えば、子供の養育や住宅ローンの返済。小学生の子供には学校がイヤだからといって退学する自由はない。一度、船に乗ったら、どんなに船酔いしていても岸に着くまでは降りるという選択はない。

イヤでも、苦しくても、今が過ぎ去るのを待ち、岸に着くまでは耐えるしかない!

現代日本を生きる私たちには債務の履行と子供の養育以外、自己責任と引き換えに多くの自由が与えられている。住む場所も、結婚相手も、職業も自由だ。それでも、自由を行使するのはよほどの覚悟が必要になることがある。

続きを読む

Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedInPrint this pagePin on Pinterest