資産か、負債か。。。

ノマドは身軽に移動できる分しか荷物を持たないという。昔、ジンギスカンの部下のモンゴルの遊牧民たちは中国に侵入し、モノに囲まれて身動きが出来なくなっている定住民の生活を見て「なんと不潔な。。。」と思ったそうだ。

パックス・モンゴリカ―チンギス・ハンがつくった新世界

東京の定住生活が長くなってきた私もジワジワとモノが増えてきた。

借りられる本は全て図書館で借り、買った本は売る。洋服は一枚買えば一枚捨てる。DM類は開封せず即ゴミ箱へ。食器は割れなければ新しく買わないし、景品類や3年以上経過した手紙類はすべて処分。シンガポールで買ってきたインドのスパイスも、もらいもののシンガポール•チキンライスの素も、スワロフスキーの置物も、全て捨てた。

とまあ、狭い都会のマンションで暮らす上で当然の断捨離はやっているのだが、それでもジワジワとモノが増える。気持ちよく暮らすにはもっともっと絞りこまないと。

捨てられるものはとうに捨ててしまった今、悩ましいグレーゾーンの資産に手を付けるべきか迷っている。

1. 金融関連のハードカバーの専門英書

20代から30代のころ、私はどれも数千円以上する金融の専門書をポケットマネーでガンガン買って山積みして勉強していた。だが、その後私の生活は大きく変わった。

はっきり言って、私が専門英書を手にエクセルシートで企業分析することはもうないだろう。取っておく唯一の理由は専門英書が本棚に並んでいるのを見て思い出や自己満足に浸ること。だが問題は、そんな本棚すらないし、あったとしても思い出に浸る暇がないこと。資産となるのは頭の中に残った無形の知識だけで、本ではない。

2. お下がりのエルメスなどのブランド•スカーフやベルトなど

義母や母からもらったスカーフ。昭和の時代、エルメスのスカーフは一種のステータスシンボルだった。でも21世紀の今、はっきりしていたことがある。首が短くて肌の色が黄色い日本人にエルメスはまるで似合わないのだ! 捨てるのが勿体ないから売りたくても、残念ながら数回でも使った中古品のスカーフは市場では全く価値がない不良資産だ。

3. 絵画、骨董類

よく骨董類には資産的価値があるというが、買い値より高く売れるようなのは誰でも知っているすごい名品だけ。私の所持品程度の趣味品は、手放そうと思えば買い手を探す時間と手間だけで原価割れしてしまう。家に大量にある明治時代の印判の皿。数世代を生き残ってきたものを私が捨てるのは胸が痛む。ゴミ置き場にそっと置いておいたら誰かが引き取ってくれるだろうか。

こんなにもモノのための空間が乏しい生活をしている自分が少し悲しいが、現実は現実として見つめなければ。たとえ高価なものでも日常生活の使用価値がなく、転売もできないのであれば、所詮は貴重なスペースを食いつぶす負債に過ぎない。思い切って捨てよう。そして、もう決して買うのはやめよう。

Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedInPrint this pagePin on Pinterest

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です