自分を矯正する

白髪染め、化粧、美容整形、歯列矯正、永久脱毛、ダイエット、骨盤矯正。

21世紀の今、ありのままの状態を隠したり、矯正する手段は多くある。

人はどこまで生来のありのままの姿であるべきで、どこまでが矯正されるべきなんだろうか?

Should it let go or not?

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むろん、絶対的な答えはない。

「ありのままの姿がいい」という自然派の人がいる。その反面「理想に近づく」ために、矯正し続ける人がいる。

自然派にも矯正派にもあらゆるレベルがある。ナチュラルで綺麗な人もいれば、ナチュラルすぎて見苦しい人もいる。矯正しすぎて元々の個性を失ってまるでサイボーグのようになる人もいるし、心身の健康を害する人もいる。

絶対的に適切な矯正の指針はないし、何をどう矯正すべきかという基準は、時代や文化によって大きく変わる。日本で30年前、歯列矯正は一般的ではなかったが、徐々に一般的になりつつある。逆に、パーマをかける人は30年前より減っている。

個人の好みやスタイルもある。眉毛を剃るか、剃らないか、二重まぶたにするか、しないか、豊胸にするか、しないか。爪を伸ばすか、伸ばさないか。絶対した方がいいわけでもしない方がいいわけでもない。そして、矯正は所期の効果を上げることもあれば、上げないこともある。

何をどう矯正するにせよ、個人が自分自身の矯正を決意するタイミングは、自分の現状の欠陥に気づき、「やばい、今のままではいたくない、自分を変えたい、変わりたい」という気持ちが高まった時だ。人は矯正によって自分を高め、周囲との関係を改善し、より良い気分になりたい、人生を変えたいと望むのだ。

何もボディや外見の矯正だけではない。外国語の習得を始めたり、性格を直すために心理学の勉強をしたり、新たな趣味を始めたり、宗教に入信したり、人間関係や仕事を変えたり、住む場所を変えたり。あらゆる環境、頭脳や心の矯正、てこ入れを行う動機もその効果も、歯列矯正のような外見の矯正の動機と本質的には同じだ。

「自分が好き、今のままでいい、変わる必要はない、変わりたくない」という人は当然、自らのことながら心身に敢えて手を加えて苦労して矯正を施そうとはしない。逆に「自分が嫌い、変わらなければならない、変わり続けなければならない」と思う人は、エネルギッシュに何を矯正すべきか探し続け、努力し続ける。人生に一つか二つ、大きな本質的矯正を行う人もいる。マイナーな矯正を地道にチョコチョコ続ける人もいる。

誰がいつ、どのような動機で、自分自身にどのような矯正を行ってきたか、行わないできたかという歴史、そして今、矯正に取り組んでいるかいないか、ということはその人の意識構造を如実に物語るものだ。

40代や50代になると見かけも心も20代の時とまるで変わってしまう人がいる。逆に全く変わらない人がいる。矯正によって変わる人もいれば、矯正しないせいで変わる人がいる。良い方向に変わる人がおり、悪い方に変わる人がいる。

ちなみに現在、私は心身の矯正に取組み中。ボディは、ぽっこり下腹、内股で硬い股関節と足首を矯正中。そして、心は怒りっぽくて不寛容な心を矯正中。

矯正することでより良い自分になれるし、それによってより良い人生になると信じるから矯正したいのだが、果たして吉と出るか。そして成功した時に、より幸せだと感じるかどうか。

自分と向き合って自分を矯正するのは孤独な作業。できれば同じ矯正に取り組む同志の人たちと会って、同じ気持ちかどうか聞いてみたいし、励まし合えたらいいなあと思う。

 

 

 

 

 

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