田舎風が好きですか?

私はold(古びていて)でrustic(田舎風)でartisan(手仕事)でfolkloric(民俗調)でvernacular(土地に根ざしたもの)なものが好き。

フランスの田舎の村の古い教会の匂いや、スリランカやチュニジアやイスラエルの自然の色や食事、民俗衣装が好き。

歌で言うと、高校生の頃聴いた、久保田早紀の異邦人の世界(古くてご免なさい)が好き。

シンガポールではプラナカン文化、ハワイではネイティブのハワイ文化に夢中になった。

プラナカン文化ってこんな感じ

プラナカン文化ってこんな感じ

アメリカ旅行ではナバホ族やホピ族の工芸に関心を持って、金融の世界から足を洗ってビーズ作りを始めた。

チベットに惹かれ続けているのも、そこが世界の辺境の地で、チベットの人たちが伝統を大切にした生活をし、日本人がなくしてしまった信仰心を持って暮らしている(と信じている)から。

rusticが好きな人は多い。たとえば、世界の手仕事の雑貨を売るブランドhouse of lotusを展開されている桐島かれんさん。手仕事の伝統の残るバリやチェンマイの籠や布、モロッコのバブーシュや、細工の施されたインドの真鍮の大皿、韓国のカトラリーなど、彼女の選ぶものはどれも素晴らしい。

ところが、世の中、誰もがold, rustic, artisan, folkloric, and vernacularが好きかというとそうではない。

「田舎風」「手作り」が大嫌いな人もいる。

たとえば80歳の私の義母。田舎っぽいもの、古びたものが徹底的に嫌い。

義母が嫌いなもの:古民家、着物、イモの煮ころがし、線香の匂い、仏壇、日本映画、アジアの農村、骨董

義母が好きなもの:都心のホテル、百貨店、高級スーパー、外食。システムキッチン、ハリウッド映画。ブランド品のコーヒー、紅茶、スカーフやケーキやチョコレート、メーカーの新製品

田舎出身の義母は自分の意思で若くして田舎を飛び出してサラリーマンと結婚。以後、高度成長からバブルにかけての時代を都会の専業主婦として暮らしてきた。田舎は嫌い。全く懐かしくないという。

義母の構図はシンプル。

<前半生:因習的で貧しくて退屈で個性が抑圧された田舎での生活=嫌い>

<後半生:チャンスに恵まれ、経済的に豊かで、能力主義で、変化に富み、個性が解放される都会の後半生>

反対に、田舎っぽくて古びたものが好きな私はどうか。私は田舎の農村共同体で生活したことがない。東京生まれの東京育ち。

興味深いことに、古民家や古い手仕事や辺境が好きな人の大半は、農村経済から切り離された、経済的に豊かな生粋の都会っ子ばかりだ。白州正子も、桐島かれんさんも、ターシャ•チューダーも。

僭越だが、多分、私も。

シンガポールでも、エキゾチックなプラナカン文化に関心を持つのは日本人や欧米人の駐在人妻ばかりだった。肝腎のシンガポール人は「シンガポールが前近代的で、汚く貧しかった時代を思い出させるプラナカンなんてどこがいいの?」という感じだった。

資本主義のシステムのメインストリームで、豊かで自由な生活を満喫している都会人だけが、非資本主義的な文化や風俗に惹かれる。

たしか、この本(↓)がそうしたことを言っていた気がするが、もしかすると違うかも。

資本主義の文化的矛盾 上 (講談社学術文庫 84)

そうした傾向は日本だけでなく世界的に普遍的なのだろう。

だとすれば、今後、世界が都市化し、文化が平準化し、資本主義が地球を覆い尽くせば尽くすほど、文化的にはrustic(田舎風)でartisan(手仕事)でfolkloric(民俗調)でvernacular(土地に根ざしたもの)なものが好きな人が増えていくということになる。

地方出身者や農村出身者が少ない場所では都会的文化に憧れる人もいなくなる。ニューヨークやサンフランシスコ、東京のような、資本主義的でトレンディで豊かな都会ほど、手作りやフェアトレードに関心を持つ人が多くなる。

文化のトレンドと経済は常に皮肉なパラドクスであり、それは永遠にシーソーを繰り返す。

このテーマは面白いんだけど、掘り下げる時間も能力もない私。誰か掘り下げてくれたらありがたい。。。。

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