書評:酒井順子「ユーミンの罪」

大正元年生まれの祖母は死ぬまで着物を着て、毎晩、日本家屋の雨戸を閉める生活をしていた。それに対し、昭和17年生まれの母は大人になってから殆ど着物を着ない生活を送っている。母は私と洋服を共有することもある。食べ物やインテリアの好みは母の方が私より「欧米化」されているかもしれない。衣食住に関して言えば、戦争をはさんだ祖母と母の間のジェネレーションギャップが母と私の間のギャップよりずっと大きい。

だが、日本人女性のライフスタイルという点では、恐らく、祖母と母の間の差よりも、母と私の間の差がずっと大きい。母の時代の東京の山の手の子女は学校を出たら働かずに嫁いで専業主婦になるのが当たり前で、結婚は親戚や周りの目上の人々によってアレンジされるものだった。だが、雇用機会均等法世代の私の時代は、女性が共学の大学に行ったり、結婚前にロストバージンしたり、企業で働いたり、海外旅行に行くことが普通のことになり、結婚相手は見合いではなく自力で見つけるのが当たり前になった。反面、保守的な価値観は根強く残っていたから、私はずいぶん、どう生きるべきかについて悩むことが多かった。仕事と恋愛に関しては、私と母は分かち合うものが少ない。もし私の女の子がいれば(いないが)、その子と私はより多くを分かち合うことが出来るのではないかと思う。

ユーミンの歌は、手本のなかったそんな私たちの世代の日本人女性の良き伴走者だった。

ユーミンの歌には、キラキラした80年代の街の雰囲気そのものといったものもあれば、個人的状況を思い出させてせつない曲もある。さまざまな曲が10代後半から20代の個人史のシーンと見事にシンクロする。私は、ユーミンの歌の歌詞に恋や仕事や生き方の奥義を読み取ろうとし、「前に前に」というユーミンの声に叱咤激励されて、見本のない人生を何とか生きようともがいた。失恋して死にたい気持ちなのに、涙を拭いて、空を見上げ、化粧をしてハイヒールを履いて歩く。そうすることで初めて新しい恋や人生の展開があるのだから。そんな風な「マイストーリー」にユーミンの言葉ほど優しく、勇気付けてくれるものはなく、それはどんな女友達の励ましよりも励ましとなった。

ユーミンの罪 (講談社現代新書)

酒井順子さんは私と同学年。東京の山の手の女子高出身の彼女の書くものは、まるで自分の女友達が書いたもののように同じ時代を共有した人の親和性が感じられる。酒井順子さんは、1つ1つのアルバムごとに丁寧にユーミンの歌のメッセージ、ユーミン自身の変遷、そして自分自身の人生を分析している。

酒井さんはアルバムpurple dawnを最後にユーミンを聴かなくなったという。そのきっかけは20代半ばに「会社を辞めてフリーの物書きになったこと」で、聴かなくなった理由はユーミンの歌が「どこかに所属している人のための歌」がフリーランサーになった自分に合わなくなったからだという。

本書の題名「罪」のこころは、酒井さん自身を含め、多くの女性がユーミンの歌と共に恋愛、仕事イケイケドンドンの体質となり、適当なところで妥協して落ち着いて結婚出来なくなってしまった。。。ということらしい。そう言うことで逆説的にユーミンの歌曲の偉大さ、インパクトの強さを賛美しているわけである。

アベノミクス、東京オリンピック開催決定で、再びバブルめくこのごろ、80年代がブームになってきた。酒井さんは、本書の執筆のあたってユーミンのアルバムを再びゆっくり聴き直すのはとても楽しい時間だったという。年末年始は「日本の恋と、ユーミンと」を買って、懐メロにヒタってみますか。

 

 

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