【書評】「福祉を変える経営~障害者の月給1万円からの脱出」

銀座の運送会社のヤマト運輸はもともと、ご近所の大口顧客、三越のお中元配送を行う運送会社だった。二代目だった小倉昌男さんは、それをを止めて宅急便という革命的サービスを発明してそちらにシフトした。

宅 急便が全国津々浦々に普及したことで、日本の風景と生活は変わった。私たちが外国で日本を思い出すとき、懐かしく脳裏に浮かぶのは、朝も夜もヤマトの運搬 員が荷物を持って住宅街を駆けずり回っている風景だ。ヤマト運輸の車は日本全国どんな過疎の村でも走っている。クロネコは日本を少しだけ良い国にした。

福祉を変える経営~障害者の月給1万円からの脱出

クロネコヤマトの事業を成し遂げただけで素晴らしいのだが、小倉さんは引退後、福祉という全く違う舞台を選んだ。単に慈善事業に取り組んだのではない。障碍者が成人後も自活して生活していけることを目指して「ビジネスの仕組み」を作ることに心血を注いだのだ。

恵 まれない人たちを助けようとする上で大切なのは、単に同情してお金を恵むことではない。ハンデがある人も社会参加して尊厳を持って自立できるようにするこ とが一番の支援なのだ。そうすることで初めて障碍者の親は健常者の親と同じように安心して子供より先に死ねるようになる。大切なのは経済社会に障碍者を組 み込むチャネルと収入を生むための仕組みづくりなのである。

福祉の世界では「業界」の壁によって資本主義に乗っ取ったマーケティングや サービスが罪悪視されている。その結果、障碍者が作業所で作るモノは付加価値の低いものばかりで、その平均月給は1万円。小倉さんは、この悲しい状態を改 善して給料を10万円に引き上げられるようなビジネスの仕組みを提案してその実現を支援した。その姿勢は、ヤマト運輸時代に国と戦ったときのものと同じ だ。

小倉さんには温かい心とクールな頭がある。小倉さんは、出来るか出来ないか分からなくでも、とにかく第一歩を踏み出すことが大事だ と 言って、失敗を恐れず行動すべきだという。ご自身も楽隠居されて良い身分だったし、過去の栄光に胡坐をかいていても良かっ たのに、福祉という新しい世界で最晩年になってもチャレンジを続けた。

余談だが、昔仕事で小倉さんにインタビューをさせていただいたことがある。紅茶がお好きで、ノーブルで物静かで上品な人だった。

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