景気と個人の人生

この1年ほど、毎晩、米系証券会社の「欧州経済デイリーレポート」を翻訳する仕事をしていた。ヨーロッパのアナリストやエコノミストがまとめたユーロ圏諸国の経済ニュース6ページの英文レポートをを10人程度の在宅翻訳者で日本語に訳して夜のうちに納品するという仕事だ。

フランスに住んでいた20代、欧州系証券会社に働いていた30代と何かとヨーロッパに縁があったのが、40代になってさっぱり縁が切れてしまったから、この仕事は久しぶりにちょっとヨーロッパに近づくような気分で嬉しかった。

だが、翻訳していると、暗い欧州状勢にだんだん落ち込んできた。

証券レポートだから、翻訳対象の記事は、欧州中銀の要人発言だのGDPの予想値だの、労働争議だの、失業率だの、次期選挙だの、ユーロ共同債だの硬派の政治経済ネタばかりだ。欧州は数年来、不況にずっと沈んでいるが、データを見るとその不況ぶりはさらに鮮明になる。特にひどいのはスペインやポルトガル、ギリシャといった周縁国だ。失業率40%だとか、GDPのマイナス成長率が10%だとか、びっくりするような沈滞ぶりだ。キプロスの預金封鎖、イタリアの政治混乱、フランスのオランド大統領の不人気ぶりなど、「やれやれ、一体、ヨーロッパはどうなっちゃうのか」という気分になってくる。

そんなとき、「ヤマザキマリのリスボン日記 テルマエは一日にして成らず」を読むとずいぶん、気分が変わった。

漫画家のヤマザキマリさんは2008年から欧州でも「最も不況が厳しい」リスボンにご主人と子供と暮らし、そこで「テルマエロマエ」や「ルミとマヤとその周辺」といった作品の着想を得た暮らしを綴っている。

2008年といえばリーマンショックの年。その翌年に欧州債務危機が勃発し、ギリシャで起きた危機がいわゆる周縁国に波及。国債が発行出来なくなったポルトガルも、IMF、ECB、EUの「トロイカ」から緊急資金援助を受け、IMFの管理下で緊縮財政を始めた頃だ。

ところが、ヤマザキマリさんの日記に登場するリスボンの街は平和で美しく、人々は親切で律儀。生活はつましく簡素だが、食事は美味しく、のんびりしていて生活は文化的だ。

経済レポートが描く「混乱して悲惨な場所、ひたすら沈みつつある場所としてのヨーロッパ」の印象とは全然違う。

あるいはヤマザキマリさんはユーロ統合や金融の状況に関心がなく、彼女の仕事はポルトガル経済とは無関係だから、巷の大不況も身に堪えなかったのかもしれない。あるいは難しい政治経済ネタはあえて徹底して排除したのかもしれない。

それでも、彼女のエッセーからは平和で秩序正しくしっとりと落ち着いたリスボンの日常が皮膚感覚で浮かび上がって来る。それが深刻な債務危機の最中で、経済が10%を超えるマイナス成長の最中にある国での生活とはとても思えないのだ。

統計や数字で把握できる現実と、肌で感じる現実は違う。多分、実際にポルトガルで生活したら、マリさんの感覚が分かるのだと思う。

客観的な統計数字は情報として世界を駆け巡り、金融市場を動かす。だが、匂いや人々の笑顔、空気の質や日常、窓から見える景色は、それに直接かかわる人以外には意味のある情報にならない。

リーマンショックは、「100年に一度の経済危機」と言われ、世界中の多くの人が深刻な影響を受けたとされる。だが逆にリーマンショックが存在したことすら知らないか、知っていても自分の人生には何の影響も受けなかった人の数もまた膨大だ。というか、地域の危機が瞬時に世界にの危機に波及するようになったことも事実だが、(たとえばヤマザキマリさんのように)そんな危機とは無関係に生きている人が多いのも事実だ。

さまざまな情報を収集して処理することは現代生活では重要だ。でも経済統計や数字に不必要に恐怖感を煽られたり感情を左右されてはいけないのだと思う。

アベノミクス効果で景気が業界や、株で儲けている人は沢山いても、アベノミクスそのものによって私やあなたが幸せに不幸になったりするわけではない。日本の年金財政の問題を知ることが重要だが、それによってあなたや私が不安で心臓を高鳴らせても何の意味もない。

証券レポートとヤマザキマリさんのエッセーの対比の中でそんなことを考えた。

 

Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedInPrint this pagePin on Pinterest

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です