時間の罠ーーあと60コマしかない

GWが近い。

あっという間に2014年の3分の1が過ぎ去ろうとしている。

人生80年としたら4ヶ月は人生の240分の1。私は47歳だから、残り33年としたら、この1月から4月までの「4ヶ月」と同じ時間があと140コマ程度しかないことになる!仮に60歳までを活動年齢と仮定したら残り13年。コマ数は60足らずに減る。

雪景色を堪能し。。。

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梅が綺麗になったな。。。と思っていたら。。。。 Exif_JPEG_PICTURE

間もなく沈丁花が香りだし。。。。

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桜が咲いたかと思えば、

2007.4.18 012

いつしか青葉薫り、藤やツツジが満開の季節に。

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そして、間もなくイチゴやデコポンが八百屋から消え、梅が並ぶだろう。メロンや西瓜が全盛の季節となり、暑い夏となる。

ブログに載せようと思って撮った写真の多くも使いそびれたまま、1年も2年も3年も経っていく。気がつけば、友人知人の多くとは5年も10年もご無沙汰。3年の間が空いて会った人も「久しぶり」という感じがしない。

今から10年前の2004年、1994年は一昔前という感じがした。1994年に振り返った1984年は遠いさらに過去だった。でも、2004年から2014年まではとんでもない早さで過ぎ去った。たいしたことを成し遂げないまま2024年を迎えるのもあっという間だろう。

決して直近の1コマ=4ヶ月を無駄にしたわけではない。

2月に初めてネパールに行った。身辺整理のためにこの3月で翻訳や保険会社の仕事にキリを付けた。タールのようにゆっくりだが、新しい仕事の準備も進んでいる。

でも、望むほどには早く進めない。時間に勝てない。

毎日、起床後は雑用に追われまくりながら、気がつくと午後の3時、4時になっていることがザラ。あっという間に一週間が過ぎる。何か一つのことに集中して時間を使おうとしたら、大胆に冷酷に雑用を排除していかない限り、時間を確保できない。

昨日行ったセミナーで、「人々は細切れの時間しかなくなっていて、何かに30分以上まとまった時間を割くことが出来なくなっている。facebook, line, ネットショッピング、パズドラ、新書が成功し、映画やドラマが廃れているのはそのため」と言っていた。

確かにその通り。全ての時間が細切れの中途半端なものだ。

学生時代は一ヶ月に1本は必ず映画を見ていた。今は映画に行く時間が惜しいし、映画を見て「はずす」時間も惜しい。無駄なことに時間を使ってしまった後は、とても悔しい。

本も同じ。3年くらい前から乱読を止めた。買った本も面白くなければぷっつりと読むのを止めることにした。本代という埋没費用より現在の時間の費用の方が高くつくからだ。読むのを止めて、「次に本を買うときは気をつけよう」と心に誓う。

仕事も、関心対象ではなく、意味の感じられないマーケット•レポートやマニュアルなどの産業翻訳を引き受けるのも止めた。自分の人生と無関係な情報で頭の中を一杯にしたまま時間を過ごすことが惜しいと感じるようになったからだ。

お金より時間が大切になったのはいつからだろうか? お金より時間が大切なことは今の私にはあまりに明らかだ。お金を無駄にするより時間を無駄にする方がはるかに勿体ない。

問題は、そうやって時間をケチって、行動を見直して生活をリストラし、一分一分を無駄にしないように努力してもなお、時間の流れに抗うことはできないということ。充実していようがしてなかろうが、目標があろうがなかろうが、所詮、時間は早く過ぎ去るのだ。

日常生活の時間の罠から逃れられる唯一の方法は「旅」かもしれない。ルーチンワークをすべて放り出して、見知らぬ場所を旅していると不思議と時が早く過ぎ去ることに対する焦りや苛立が消える。例えば、ものすごい早さだった4ヶ月の中でも、カトマンズで過ごした5日間は不思議とゆっくりと時が流れた。

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時の流れに抗うため、残りの人世は少しでも多くの旅をしよう。出来れば、旅をするように生きていきたい。

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