日中戦争とポスト対策

ビデオを借りてきて、久しぶりにベルナルド•ベルトルッチ監督の「ラスト•エンペラー」を見た。紫禁城の宦官たちや文化大革命の紅衛兵が動く群衆シーンのパノラマや色彩の美しさ、ジョン•ローンとジョアン•チェンのやるせない退廃的な表情、そして坂本龍一の甘い音楽が相俟って、何とも言えずヨーロピアン。滅びの美学のエレガンスで一杯の名作。

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主人公の溥儀は20世紀の激動の中国史の生き証人。清朝の最期の皇帝として紫禁城で育ち、清朝滅亡後北京を追われたが、その後、日本が作った傀儡国家、満州帝国の初代皇帝に就任。だが日本の敗戦とともに10年足らずで満州帝国は滅亡。退位した溥儀は共産党軍に逮捕され、中共の再教育を受け、一介の庶民となって北京で生涯を終えた。

20世紀前半の中国史には日本が密接に絡んでおり、この映画にも坂本龍一扮する甘粕正彦など日本人が多く登場する。だがこの耽美的な映画の中での日本の影は意外に薄い。ベルトルッチ監督の狙いは歴史を理屈でなく感性で描き出すことだから、その目的に関係ない側面はカットされたせいか。

映画に登場する満州帝国の仮宮殿はなかなか立派。日本が造った満州って一体、どんなところだったのだろうと想像力はイヤでも搔き立てられる。

次に抱いた素朴な疑問は、「なぜ日本は満州帝国だけで満足できず、日中戦争に急いだのか?」というもの。

満州だけでも日本の国土の3倍。これだけの土地を実質的な植民地として手に入れたのは十分に日本にとって僥倖だし、民族としても初めてのこと。どれだけ急いでもインフラ整備などやるべきことは山のようにあっただろう。どれだけ多くの日本人が移住してもまだ土地は有り余り、投資はし足りなかっただろう。なのに関東軍は満州帝国の建国もそこそこに盧溝橋事件を起こし、人口が稠密で、歴史と文化が複雑で誇り高い民が住み、しかも欧米列強の権益が沢山ある中国本土を侵攻するべく日中戦争に突入したのだ。広大な中国全土を制圧するのが困難なのは当たり前。戦争は泥沼化し、反日運動は激化し、日本は国際社会から孤立し、そして太平洋戦争につながった。

あるいは日本が満州帝国の経済発展に専心していれば、アメリカも日本の行動を看過してくれたかもしれない。満州はもともと他民族が雑居する未開発で人口の少ない地域だったのだし、傀儡とはいえ一応、生粋の満州人の元首が統治する国だったのだから、ローカルの日本の支配に対する抵抗も比較的小さかったはず。満州だけだったら何とかなっていたかもしれない。

それなのに無茶な拡大を続けることを選んだのは、狂信的な石原莞爾の「世界最終戦争」思想のせい? 中国本土の経済権益に対する冷徹な計算? 当時の中国があまりにまとまりのない弱い国だから勝てると思った? でも本当に中国全土を日本のものにして、一体、どのように統治しようと考えていたのだろう? そもそも中国全土を制圧できるとの勝算があって戦争に踏み切ったのだろうか? どのような理由や合理性があったのだろうか? 領土的野心を完全に失った後の日本しか知らない今の私たちの感覚からすると、当時の日本のあまりに大胆な行動は謎だ。

でも、当時の陸軍の行動の真の動機が「戦線が拡大すれば、組織が拡大してポストが増えるから」というものだったとしたら?

そんなトホホな。。。

でも今日の日本の大組織と陸軍が同じだとしたら。今日の我々のわずか2、3代前の祖先である陸軍のサラリーマンたちが「出来るときに中国進出し、駐屯地を増やし、ポストを増やそう!」と考えていたとしても不思議ではない。

大組織にとって最も優れた個人の行為は、組織全体や自分の部下のために縄張りを広げてポストを創り出し、食い扶持を増やすボスザル行為だ。

日本の大企業の経営陣は、オジさんたちのポスト対策のために株主利益を無視した買収や進出を行い、役所や銀行は天下り先の確保に血道を上げる。組織に仕える人々のメンツとプライドを守ることで、彼らが全身全霊で組織に仕える行為に報いて、組織の活力を守るのだ。国家や企業理念なんて建前。大事なのは人事。いくら理念が立派でも、分配するべきポストがなければ組織は集団の構成員の結束力ややる気は保てない。

中国戦線が拡大すればとりあえずポストが増える。組織が活性化する。

それが陸軍を突き動かした単純な原動力だったのかもしれない。暗黙の動機が財界の経済権益や政治家による国内景気対策、マスコミの経営戦略などと相俟って日本は戦争に突き進んでいったのかもしれない。

海軍首脳は日中戦争に消極的だったという。でもそれは彼らが平和主義的だったからでも合理主義者だったからでもない。単に中国進出が海軍の組織拡大につながりにくかったからだろう。

泥沼化した日中戦争は日中に多くの死傷者を出し、日本はさらに勝算のない悲惨な太平洋戦争に突き進んでいった。戦争で死んだ多くは拡大戦略を企画立案したエリートのオジサンたちの動機とは無縁の純粋な若者たちや、情報も地位も権力も野心もない庶民だった。彼らが上層部の当初の真の目的を知ることはなく、後ででっち上げられたうわべの建前の大義を信じ、天皇陛下と家族のために死んでいった。。。

世の中はつくづくブラックでシュールだ。。。。

オジさんと大組織の論理にはくれぐれも用心を(幻想的なラスト•エンペラーからとんでもない妄想の世界に入ってしまいました。。。)!

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