クリシュナムルティ:快楽を繰り返したい心が苦しみを呼ぶ

クリシュナムルティの言葉。

あなたは過去から快楽を得ようとするが、新しいものから得ようとはしない。新しいものには時間はない。もし、誰かの顔を見たり、鳥を見たり、サリーの色を見たり、太陽に輝く水しぶきを見て快楽が忍び寄らないようにし、そうした体験をもう一度繰り返したいと願わなければ、苦しみも不安も生まれず、それは大変な歓喜となる。快楽を無理に繰り返そうとすることが苦しみに転じるのだ。自分自身の心を見つめなさい。快楽を繰り返したいという気持ちそのものが苦しみを呼ぶのだ。なぜなら昨日と今日では物事は同じではないから。 「既知からの自由」37ページ クリシュナムルティ(訳は下山)

昔、楽しかったのに、今はもう楽しくないことは山ほどある。高校生の時、サーティーワンアイスクリームのトリプルを食べるのが、とても楽しかった。今はもう、サーティーワンアイスクリームには行かない。昔あんなに意気投合して、恋愛やら上司の悪口やら夜遅くまで話し込んだ元の会社の同僚。今会っても、もう何を話していいか分からない。昔、気に入って着ていたかっちりしたテイラードジャケット。なんだか肩が凝るし、自由に動けないから、もう好きじゃない。自分自身も、自分自身を囲むコンテクストもどんどん変化していく。だから、昔と同じことをやって同じ喜びを得ようとしても、もう同じ喜びは得られない。昔取った写真を見ても、同じ場所に行っても、もう昔は帰ってこない。

クリシュナムルティは、禁欲者のように快楽を諦める必要はないが、自分の中の快楽と苦痛のメカニズムをよく見つめるようにしなさい、と言う。そして、快楽(pleasure)ではなく、歓喜(joy)を得る方法は、「今という絶対繰り返せない瞬間を十全に生きること」しかないという。現在に密着した歓喜には、常に「ズレ」が生じる快楽と違って副作用がない。

記憶喪失みたいに、どんどん、昔の自分を忘れ、昔にこだわらない人間になりたい。残しておくのは必要なものだけ。必要のないものは全部、捨ててしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

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