心のインナーマッスルを鍛える3つの方法

中学生のころ。幸せと不幸せが日々、乱高下していた。

月曜日の朝。同級生に下駄箱で毎日と同じように「おはよう」と声をかける。なぜかシカトされる。「私、この子に嫌われてるんだ」「何か嫌われるようなことしただろうか?」「きっと、知らないうちに何かしちゃったんだ。でも面と向かってそれを聞くのは怖い」「この子だけじゃなくて、クラス全員にシカトされるかも?」。グルグルと頭の中で思いが巡り、口の中が苦くなる。言動がぎこちなくなる。一日中、何をしても何となく苦しい気持ちがして息が浅くなる。

翌朝。同じ子が何の屈託もなく「おはよう」と声をかけてくる。なんだ。昨日は単に、私の声が届かなかっただけなのだ。「嫌われていたわけじゃないんだ」「昨日は彼女は私の声が聞こえなかっただけなんだ」「クヨクヨ悩んで私って馬鹿みたい。でも良かった!」。一見落着。心が晴れ晴れとしてすっきり、幸せ。大きく息を吐く。

当時、<世間=友達>による承認が私の幸せの大半を決めていた。朝の「おはよう」を返してもらえるか。休み時間にトイレに誘ってもらえるか。球技会でグループを作るときにあぶれないかどうか。休日に原宿に遊びに行く提案が拒まれないかどうか。友人の気まぐれな言動や偶然の成り行きによって、奈落に突き落とされたり、有頂天になった。「必ずおはようと言ってもらうために、自分も言う」、「トイレに誘ってもらいたかったら、自分も誘う」、「自分の提案を受け入れてもらいたかったら、他人の提案も受け入れる」は基本ルールだが、いくらルールをきちんと守っても、常に他人から傷つけられる不安が消えなかった。

自分がどれだけ礼儀正しく、好意的に接しても、相手がそれに応えてくれない時がある。「馬鹿野郎、おはようくらい言えよ!」とムカつく心。「そんな風な態度だといつかお天道様から罰が当るよ!」と相手を呪う心。「もしかして、私は知らない間に彼女を傷つけたから彼女は怒っているのかも。一体、何が悪かったんだろう」と突然、不安になる心。「こんなにイヤな気持ちになるなら、自分から『おはよう』と言わなければ良かった」と他人を信用した自分を悔やむ気持ち。そんな気持ちがグルグル。

道徳の授業では、本当の友達同士なら、「あなたが返事をしてくれなかったから私は傷ついたよ。悪いけど、どうして私を無視したか教えて呉れない?」と突っ込んで腹を割るべきと習った。だが、そんなことは現実に出来るはずがない。人間関係は白黒ではない。不可解なギクシャクに対して出来ることは、「センシティブで、よく訳の分からないこと」に苦々しい気持ちを噛み締めながら、時間をやり過ごす耐久力を養うことだけなのだ。

あれから30年以上が立った今も本質的には変わっていない。私の日常生活の不幸の原因の多くは他人からの不十分な承認と、本来、信用すべきでない他人を信用しすぎてしまうことへの後悔。つまり自意識に端を発する不幸だ。

仕事の提案にメールが返ってこない。努力して催した会合に人が集まらない。誠意を持ってお願いしたことが黙殺される。

もちろん、今は中学生の時よりずっと心の耐性が強くなっている。「嫌われている訳ではない。皆、単に忙しいだけだ」、「会合の欠席者が多いのは、私が悪いからではなく会合そのものに意義がなかったから」、「これに失敗しても、私の生活は殆ど影響を受けない」——傷つく前にこうした言い訳ができる(まあ、図太いから、こんなブログだって書けるわけだ)。

中学生の頃辛かったのは、自分の期待通りに振る舞わない他人を全て自分への人格攻撃と見なしていたから。だが大人になると、私を傷つけようとする意図が全くない他人の言動で自分が傷ついていたことを思い知る。また自分自身も、悪意なく他人を傷つけることがあるということを思い知る。

他人との誤解や摩擦を完全に避けようと思えば、関わりを避ければいい。自分から何もしなければいい。自分から「おはよう」と言わなければ、「おはよう」と言われなくても傷つかない。他人の企てに受動的に参加しているだけなら、恥をかいて不幸になることもない。

自分から何も働きかけず、他人に一切の期待をしなければ、他人の牙によって不用意に傷つくことがなくなる。

でも、その代わり人生の豊かさは減る。

社会という人間関係のジャングルに住み続けながら、気まぐれな他人に自分の日々の幸不幸を左右されないためには、心のインナーマッスルを鍛える必要がある。

アウターマッスルじゃなくて、インナーマッスル。心の内側の基礎力。鍛える方法は次のようなもの。

How-to-Get-Six-Packs-Abs11

1. 深呼吸する

自分の呼吸を感じることで、他人の言動や頭の中の悩みの対象とは無関係に自分が自立的に生きていることを感じる。

2. 瞑想する

「ムカツク」「不安だ」「他人に自分のように振る舞って欲しい」——頭の中をグルグル回るこうした自分の想念をカッコに入れて眺める。

3. 個々の物事をスルーする

「自分が〜された」と、他人の言動や、周囲の事象に自我を中心とした情動で反応しない。四肢の末節を動かすのではなく体幹を動かす。つまり全体や大局を意識する。

4. 時には理性で問題解決する勇気を持つ

問題を蒸し返して時間と労力をかけて対象を変化させることで将来をより良いものにできる可能性がある場合には、対象に真摯に向き合う。「なぜ、挨拶を返してくれなかったのですか?私はとても悲しかったです」と、ドン臭く相手に伝えた方がいい場合もあるのだ。ただし、それは「悲しい」と言ったとき、自分がもう一度、悲しくならず、理性的に言えるときだけ。感情的に言えば、相手の反発を招いて関係がますます悪化するから。

インナーマッスルを鍛える身体トレーニングは、毎日の地道なエキササイズの積み重ねがモノを言う。こころのトレーニングも同じ。日常の人間関係のつまづきや、小さな傷つきを、心を鍛える肥やしとして歓迎しよう。

Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedInPrint this pagePin on Pinterest

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です