家計簿と心の平安

先週、高校の友人が所属する「友の会」の家事家計講習会に参加して、家計簿についての講演を聴いた。

羽仁もと子案家計簿 2014年版

自由学園の創始者である羽仁もと子さんの考案したこの家計簿。何でも明治時代から続くロングセラーだそうだ。

羽仁式家計簿が普通の家計簿と違うところは、それが単に日常支出を書きとめておく備忘録ではないというところだ。羽仁式は支出を費目ごとに仕分けして記帳し、あらかじめ策定された予算からの乖離を月次、日時でリアルタイムでダイナミックに調整しながらやりくりするという点にある。それによってお金の流れや支出のクセに対する意識が高まり、より合理的な家計運営が可能になる。予算と実績の乖離の分析を将来の計画にフィードバックさせるこの家計簿の構造は、企業財務の発想にかなり近い。

友人は、「この家計簿をつけることで精神が安定した」という。

海外生活が長かった友人は、帰国後、厳しい家計の現実に直面した。だが家計簿によってまず、現実をありのままに認識し、予算によって進むべき方向性を認識し、具体的な方策を実践することで、「恐ろしいほど支出が増えていく」「いつか家計が破綻するかも」という非合理的な不安から解放されたのだという。さらにストレス解消などの非合理的な支出が減り、家の中がスッキりしたほか、「自分は家計を制御できる」という自信が生まれたという。

実際、講習会で聞いた話では、一般的なイメージと違って家計簿は必ずしも「節約」を目的としていない。食費のような項目は、予算より実績が下回り過ぎれば栄養面に問題がある可能性があるから、むしろ増やすべきなのだという。また、支出を予算化することによって、慈善団体への寄付のような社会貢献のための支出も一時の感情に任せて行うのではなく、定期的に行えるようになって、より有効性が高まるのだという。むしろ必要な時にケチらず使うために家計簿があるのだ。

この家計簿をつけて30年になるベテラン主婦の話しによれば、私立の学校に通う子供3人を抱えて家計が一番苦しかった時期、自家用車を手放してもランニングコストが赤字の状態が数年間続いた。だが家計簿の実践によって、そうした状態が一過性だということを冷静に認識して心穏やかに過ごせたという。

これはあらゆるマネジメントに通じる。

人間の心の不安は、つまり環境を制御できないことから生まれる。不安な心を鎮めるためには、自分を取り巻くカオスを飼いならす必要がある。飼いならすための絶対必要条件は、まず飼いならすべき対象のありのままの姿を知る必要がある。

ダイエットを成功させるには、まず自分の現在の体重を正確に知らなければならない。時間を有効に使いたければ、まず自分が現在、一日どのような過ごし方をしているかを見直さなければならない。

ありのままの現状と進むべき方向を知り、そのベクトルに向かって今現在、正しく動いていることさえ感じられば、目標は達成前からすでに達成されたようなものだ。外的な状況はまだ道半ばでも、内的な心理エネルギーが不必要に乱されなくなり、穏やかな心理状態でいられるからだ。

現状と方向性を十分に認識していれば、ダイエット中に宴会があっても、自分がどのくらい羽目をはずしてお酒を飲めるのかが分かる。自分に残された時間を正確に把握していれば、たまには思いっきり遊んでも後悔しないでいられる。経営者は自らの会社のバランスシートの状況を熟知することで、どのような規模の新規事業が自社に可能で、回収にどれくらいの時間の猶予が与えられているのかが分かる。

自分に与えられた条件を正確に知れば、意思決定が早くなる。将来に対する無駄な不安や、意味のない比較を他人とすることで、嫉妬したり、怒ったり、焦ったりすることがなくなる。

仏教の教えはさらにその延長線上にある。支出、時間、体重だけでなく、意識の状態を客観的に微細に知るべきだというのだ。予算と実績の乖離を気にする羽仁式家計簿と同じように、仏門に入った人は自分の意識をあるべき姿に向けて絶えず調整してマネージする。家計の状態を知るツールが家計簿だとしたら、心の状態を知るツールが瞑想といえるかもしれない。

長年の正しい家計のマネジメントによって、己を知り、制御してきたベテラン主婦たちの顔は自信に溢れて穏やかで、幸せそうだった。彼女たちは、どんな成功したヘッジファンドマネージャーにも負けない人生の成功者である。

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