好きな仕事と他人の承認

「お金のことなんか考えず、好きなことをやれ。お金は後で付いて来る!」

鉱山会社のサラリーマンだった今は亡き私の祖父の言葉だ。祖父は九州の小倉で生まれて大学卒業後、八幡製鉄所に入った。日本経済と会社の成長とともに人生を歩んだ祖父は、自分の仕事をとても愛し、その情熱に相応しい出世をした人だった。

祖父以外にも多くの成功者が同じことを言っている。スティーブ・ジョブズの有名なスタンフォード大学の講演「Stay hungry, stay foolish」もほぼ同じことを言っているように感じられる。

シンガポールで起業をした私の友人は、「自分の仕事がイヤだと思ったことはない。もう一度生まれ変わったら同じ仕事をする」と断言する。私の夫も「自分の仕事が好き。君みたいに『イヤだイヤだ』」と文句を言いながら仕事したことは一度もない」、と言う。

世の中には仕事が大好きで仕事で自己実現している人がかなり沢山いる。それを見るとうらやましく、引け目を感じる。

これまでやってきた仕事、良い仕事も悪い仕事もあった。でも私は金融業で自分がしてきた仕事を本当に楽しいと感じたことはあまりなかった。

もちろん、「楽しい」と感じる瞬間はあった。外国出張でビジネスクラスのラウンジでコーヒーを飲む瞬間。トレーディングルームの華やぎ。上手いプレゼン資料が評価された瞬間。お客さんに褒められた瞬間。

でも、わずかなハレの裏のケの長い時間は私にとって鍛錬の時間であり、自分を抑えて規則に従う辛い時間だった。働く嬉しさを感じるのは月末に預金通帳に記帳された数字を見る時であり、気の合う同僚と贅沢ランチに行くことであり、稼いだお金で好きな洋服を買ったり、美容院に行ったり、好きな本や映画を読むことだった。20代の時はそうだったが今もあまり変わっていない。「好きこそものの上手なれ」。もっと好きだったら、もっと成功して、キャリアは新しい次元に入っていたのかもしれない。でも私は、「ああいやだ~」といいながらお金欲しさに仕事をし続け、ずっと同じところを回ってきた。

たぶん、祖父やジョブズの言うことは間違ってはいない。でも私から見ると、重要な後半部分が抜けていると思う。

「好きなことをやれ。お金は後で付いて来る!ただし、独りよがりじゃ駄目だ。好きなことをやって他人に評価されるまでやれ。そこまで我慢しろ

仕事でお金はもらえるのは、そこに市場性があるせいだ。市場性とは、サービスや商品を買う人の都合で生まれるのであり、そもそも生産者が生産する行為を好きがどうかは無関係だ。消費者はコメを食べたいからコメを買うのであり、生産者がコメ作りを好きか嫌いかなんて関係ない。

市場性さえあれば、どんなにイヤな仕事をしてもお金はもらえるし、食べていくことが出来る。美輪明宏さんは世の中のサラリーマンに向かって、「お給料は我慢料以外の何でもないんですよ」と言っている。聖書は「労働は苦痛だ」と説いている。祖父やジョブズとは正反対の考え方だ。

子役俳優から大女優になった高峰秀子さんは、女優という仕事が楽しいと思ったことが一度もなかったという。それでも、彼女は女優として大成功し、沢山の人に評価され、多大な報酬を得た。イヤな仕事で稼ぐ必要がなくなった後半生はすっぱり女優を辞めて、著述業や旅行や料理など、お金にこだわらないで好きなことをやって、そこでも平均以上の成功を収めた。

「好きだ」「嫌いだ」と感じるのは自分の心であり、「趣味」を心の赴くままに追求するのは比較的簡単だ。それは自分だけの問題だから。でも「お金をもらう仕事」は絶対、自分だけでは完結しない。なぜなら仕事には買ってくれる他者が必要だからだ。好きなことで食べていくには、市場性が必要なのだ。

そういう意味では、好きな事を仕事をするということは、片思いの恋愛を両思いにするようなものだ。片思いをするのは自由だが、両思いになるには相手に好かれないといけない。

イヤな仕事をするより好きな仕事をする方が人生が楽しいのは分かっている。でもどうやって、好きなことに他人の承認を得るのだろう? 残念ながら、私はまだその奥義を子供に教えられない。天国にいる祖父に聞いてみたい。

 

 

 

 

 

 

 

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