大きな変化、小さな変化

20代、30代と、私の行動の原動力は、「もう飽きた!」。求めていたものは大きな変化とリセットだった。

そもそも、大学を卒業して外国に渡ったのは、生まれ育った街と人間関係に飽きてしまったから。20代は日本とフランスを行ったり来たりしていた。結局30代以降、東京に腰を落ち着けることになったが、その理由も、一言で言えば。。。今度はフランスに飽きてしまったからだった。

選んだ証券の仕事は、情報に反応して動く仕事。世界の情報とカネの動きをリアルタイムで感じる仕事は、強い刺激が好きで飽きっぽい性格の私にぴったりだった。

そんな証券業界でも、債券の仕事をすれば、株式の仕事がしたくなり、調査分析の仕事をすれば、今度は営業の仕事をしたくなり。。。と私は移り気だった。約15年に合計3度の転職で4社を経験。部署の異動なども含めれば2年に一度は仕事の内容を変えていたことになる。

その間、趣味もどんどん、変わった。バレエに始まり、ジャズダンス、フラメンコ、太極拳、ヨーガ(どれも結局、初級者レベル)。

ものごころついてからチャレンジした語学は、英語、フランス語、スペイン語、古代ギリシャ語、ヘブライ語、韓国語、中国語、サンスクリット語、チベット語(でも物になったのは最初の2つだけ)。

現代社会は変化が激しく流動的だ。タイ料理が流行ると思えば、今度はブラジル料理が流行る。右が正しくなったかと思えば、今度は左が正しくなる。テクノロジーの発展で、突然、ビジネスモデルが変わったりする。そうした世の中では、私のように変化や刺激を進んで求めるタイプの若者にペナルティが与えられることは比較的少なかった。もし、私が封建時代に生まれていたら、望む変化は与えられず、停滞した社会でエネルギーを持て余して悶々と生きざるを得なかっただろう。

それでも、40代も半ばを過ぎると、さすがに望むだけのスピードで物事が変化しないことが多くなってくる。何より、子育てしている間は、自由に住む場所を選んだり、旅行したりしにくい。仕事でもリスクを犯したチャレンジがしにくくなる。

だからついつい毎日がマンネリとなり、過去の上にどっしり腰を下ろして現状のロールオーバーの繰り返しになりがちなのだが。。。。

イチローのような人の生き方を見ると、リセットばかり求めて来た私の前半生はいかにも軽薄に見えてくる。

イチローは子供の頃からずっと野球一筋。小学校の作文でプロ野球の選手になる決意を語っている。毎日、同じ時間に起きて、同じカレーライスを食べ、同じトレーニングを続けている。シアトルに住もうが、ニューヨークに住もうが、恐らく彼の生活は同じだ。

ちいさいことをかさねることが、とんでもないところに行くただひとつの道

イチロー

イチローは飽きずに同じことを繰り返しているようで、同じことを繰り返していない。小さな気づき、小さな目標、小さな工夫を積み重ねて、少しずつ身体の使い方を変えて、進化し続ける。その垂直な積み重なりが前人未到の業績に繋がり、40歳を過ぎた今も彼を一流のアスリートにしているのだ。

イチローは同じ場所をぐるぐる周りながら、前人未到の地を歩いている。

一つのことを長く続けられる人と続けられない人の違いは、微細な変化に対する感性の有無かもしれない。

イチローは足の小指の1ミリの使い方を変えることが、大きな変化に繋がるということを知っている。そして、それ以外に、自分を変えられるものはないと信じている。

わたしは外側の変化や環境の変化が、自分を変えて、幸せにすると思っていた。

たしかに人間は環境の生き物だから、住み場所の変化や仕事の内容の変化、人間関係の変化が解放感をもたらし、考え方の変化をもたらすのは確かだ。良い環境に身を置けば、人は良い人間になるし、悪い環境では心も荒れる。

理想の人生はロードムービーのように毎日、違う景色に出会うこと。。。だったのだが。

理想の人生はロードムービーのように毎日、違う景色に出会うこと。。。だった。

でも。。。。

日常生活の小さな変化に気づいたり、内面から小さな変化を起こすことも、それと同じか、あるいはそれ以上に重要なのだ。

今、ここにない良い環境を望んだり、リセットしたいという願望を潔く捨てて、毎日の自分の現実に100%集中し、矯正すべき点に気づき、小さな変化を試してみること。小さな変化を味わうこと。

たとえば、私の日常では、

作るビーズ•ブレスレットの糸を変えてみたり、

電子メールの文言を変えてみたり、

自分の翻訳した文章を読み直し、妙なクセに気づいたり。

歩き方や掃除の仕方を工夫してみたり、

といった本当にささやかなこと。

小さな変化が必要だということに気づくには、何より心から集中して目の前にあることを行わないといけない。何が縦になっていて、横になっているのか、何が存在し、何が存在しないのかをしっかり認識する必要がある。

気づきによって変わったことは、もう気づく前には戻らない。意識が変化し、変化が定着し、そうした変化が積み重なることで、少しずつ将来に向けたベクトルが変わっていく。

反対に、何かに飽きるということは、新しい気づきの欠如、現実以外に対する無益な心のさまよいに他ならない。

飽きそうになったら、まず、深呼吸して現実を見よう。大きな変化でななく小さな変化を試みてみよう。完全にリセットするのではなく、少しだけ、変えてみよう。試してみよう。遠くに行くことを考えないで、足もとだけを見て。。。

 

 

 

 

 

 

 

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