古民家のキッチン(続き):標準仕様の呪縛

古民家のキッチン施工中に、新宿の国産住設メーカーの大型ショールームを見に行った。

ショールームのキッチンはさすがにどれも、見事にお洒落でゴージャス。

壁に貼ってある「全部でおいくら?」を見て仰天。一式、300万円とか、500万円とか、700万円とか。。。。

ネットで見るキッチン設備の価格とは、ケタが1つちがう。

もちろん、その値段には、床か壁の張替えや、配管やガス工事、設置にかかる職人の手間賃は含まれていない。

「すごい。こんな値段のキッチン、一体、誰が買うんだろうね。。。。」

「実際にこんな仕様にする人は少ないんだよ。家も狭いしね。ショールームは夢を見せるだけの場所だよ。実際には、ほとんどの人は値段を知って標準仕様のキッチンを入れるんだ。このキッチン、見てごらん。標準仕様にてんこ盛りにオプションがついてる。標準仕様はめちゃくちゃ安い。30万円もあればOKだ。施工だって1日で済んじゃう。高いのはオプション。日本は特別仕様にすると、なんでも馬鹿丁寧になり、もったいぶるようになって、法外に高くなる。そういう業界の仕組みなんだ」

「でも。。。。標準仕様のキッチンて、あまりにシャビーよね」

「わざとシャビーにしてるんだよ。小金がある人がオプションを選ぶようにね。ちょっとデザインに凝りたい奥様は、アイランドキッチンやら、人工大理石のトップやら、ホーローのシンクやら、アンティーク風の蛇口やらにする。君みたいにね。すると、たちまち3倍、4倍の値段になる。利益率もうなぎ上り。お金は取れるところから取る。金持ちはぼったくる。こと家に関しては、日本の業界はその精神が徹底してる」

思い出せば、IKEAのキッチンは、一つ一つの部材に定価がついていた。キッチンの値段はそれら部材の合計価格+施工費だった。そこには標準仕様も、特約店のための割引もない。どんなにささやかなキッチンでも、買手は自分で一つ一つ、部材を選んで自分のキッチンを作っていく。キッチンを大型にしたり、特別な設備を入れれば当然、合計価格は高くなるが、あくまで価格の上がり方は直線的だ。

それに対し、国産キッチンの価格体系はきわめて累進的だ。標準仕様は安い。だが買い手はほぼ何も選べない。そして、ひとたび標準を離れて買い手が何かを選び出すと、価格は天井知らずとなる。

「特別仕様のハードルが高すぎるよね。貧乏人はデザインに凝るなってことかな。。。。」

そのせいで、ショールームのキッチンの多様さを尻目に、現実の日本の家庭のキッチンはとても画一的だ。消費者が画一的なのではない。それは価格体系のせいだ。実際のところ、自分好みのオリジナルなキッチンを実現できるのは超累進的価格への感応性の低い(=値段にこだわらない)金持ちだけとなる。

キッチンだけでない。窓もそうだ。汎用アルミサッシと木製建具の価格差はあまりに大きい。その差は原価や手間賃のちがいをはるかに超えている。裏には「わざわざ木製建具を入れたいほどデザインに凝る人は、普通の人より金持ちなはず。金持ちは高い請求書も喜んで払うはず」という暗黙の業者ロジックがある。

ビニールクロスの壁しかり。バスルームのシャワーヘッドしかり。

施主に選択肢はある。問題は、非標準的な選択肢のコストがあまりに高すぎることだ。

つまり、選択は金持ちにしか与えられない。価格とデザインの決定権が極度に供給側に偏っている。

それは、日本以外で生活したことがなければわかりにくいことだ。

もしかしたら、それは家だけではなく、ライフスタイル全般に言えるのかもしれれない。。。。とふと思った。

日本では法律により、あらゆる人に「生き方の選択肢」が保証されている。問題は、「万人のための標準仕様」のコストがあまりに安く、「特別仕様」を選ぶと、コストが跳ね上がるため、人々に標準仕様の生き方をさせようとする社会の収斂力がとても強い。建前とは違い、実際にオリジナルな選択が許されるのは、法外なコストを払うことができる人だけだ。

学校の選択、医療の選択、職業の選択。。。。

たかがキッチン、されどキッチン。そこに社会の本質が集約されているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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