古いモノ好き

古いモノ好きが昂じて、とうとう、田舎に古い家を買ってしまった。

買った家の昔の写真。茅葺き屋根にトタンが乗っていることを除くと今とあまり変わっていない。庭にはニワトリが。

いすみ市に私が買った家の昔の写真。茅葺き屋根にトタンが貼られたことを除くと今とあまり変わっていない。当時の庭にはニワトリがトコトコ歩いている。

明治時代のタイムカプセルのような家。付書院の明かり障子の佇まいや古木の感触と匂いに恍惚とする。こういう空間をずっと私は恋しく思っていたのだ。田舎暮らしよりも何よりも、まず私は古い家がずっと恋しかったのだと今さらのように思う。

日本の木造家屋の一番の記憶は、20年前に祖父が死ぬまで住んでいた、竹やぶの中の東京の実家の敷地にあった母家だ。木の門、ドアに区切られていない空間や竿縁天井、藤棚のある縁側、薄くて華奢なガラス窓と雨戸。戦争直後に大工さんに建ててもらった祖父母のバラックは、父母が昭和50年代にハウスメーカーに建ててもらった核家族用のピカピカの新築の家よりずっと好ましく感じられた。

大学時代、当時最新式の空調が完備した築地の朝日新聞本社ビルでアルバイトをした。仕事そのものは楽しかったが、窓の開かないビルに、「こんな息苦しい空間で人生の大半を過ごしたくないな」と思った。大学を卒業後、就職せずに渡仏する選択をした。その一因には、大きな声では言えないものの「高気密のオフィスビルが嫌い。就職したくない」というワガママな心の声だった。

数年を過ごしたフランスは、日本とは比べ物にならず古いモノが残っていて好もしかった。リヨンでは旧市街の18世紀の建物に住んだ。パリでもカルチエラタンという古い場所に住んだ。オフィスもちゃんと窓が開いた。地震も戦災もない石の文化の国。過去と現代の価値観が断絶なく続くフランスと、古さを当たり前に大切にするフランス人のライフスタイルをうらやましく感じた。

それでもいよいよ30代に突入すると夢物語ばかりは言っていられなくなった。古いモノ好きでは食べていけない。新しいモノの中に入って社会に立ち向かわないと。結局、証券業を仕事として選んだ。朝日新聞社屋をはるかに上回るハイテクの高気密空間のオフィスがその後の生活の場となった。何台ものコンピューターに囲まれた超現代的環境で毎日10時間、坐りっぱなしで仕事をする羽目に。ミイラ取りがミイラになってしまったわけだ。

数年ぶりに訪れた実家では、祖父亡き後の相続対策から、母屋は跡形もなく壊され、敷地は細分化され、門も庭も井戸もなくなり、新しい家が建っていた。都心の住宅地にはもう古い木造住宅はほとんど残っていなかった。それが全ての都会人の宿命である以上、「残念だ」「悲しい」と声に出すこともはばかられた。今でも実家付近にわずかに残った下見板の陋屋を見てその運命を思うと、心がかきむしられる。

以来、もう古い家に住むなんて単なる妄想だと諦めていた。30代で長く住んだのは、都心に近い佃のリバーシティのタワーマンションの14階。古いモノ好きの心は、元佃の隅田川沿いの美しい町並みを歩くことで少しは満たされた。シンガポールに引越すと、さらに超現代的なコンドミニアムの22階で超都市生活を送った。ただし超都会的なシンガポールという国にも実は植民地時代の古いモノは結構残っていて町歩きを楽しんだ。

今思うと、私の古いモノ好きは、常に新しさに適応し変化していくことを迫られた高度成長・バブル時代の日本のネガの側面なのかもしれない。次々に古いものが壊されて町並みが変わっていく都心で生まれ育った。受験勉強に邁進し、女性も主体的に社会で活躍するよう追い立てられた。交感神経を全開にして、知識を詰め込み、計算した。いろいろな人と関わり、いろいろなところを移動した。前へ前へ進み、社会に適応しないと競争に取り残され、今にいる場所にとどまることすらできないと感じてきた。社会は怖い、新しいモノは怖い。そうした感覚はネット時代になってますます強くなっている。それに比べると古いモノは優しい。のどかで、ゆっくりしていて、鷹揚で、温かで、まるで祖父母のようだ。

そんな私も、古い家に本格的に住むのは初めて。「好き」を突き詰めてしまい、夢を実現してしまった怖さもある。古いモノとの蜜月関係はさらに深まっていくのか? それとも、自分自身が徐々に老境に近づくなか、古さに倦むときも訪れるのだろうか。。。。

ともあれ、今はもう迷う暇はない。小さな冒険はすでにスタートしてしまったのだから!

 

 

 

 

 

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