不揃いなビーズたち

ビーズが大好きな人は世界中にいる。そして世界の手作りビーダーに最も愛されているビーズがTOHOとMiyuki。どちらも広島のビーズメーカーだ。

日本はもともとアクセサリーやビーズの歴史が浅い国。TOHOもMiyukiも戦後生まれの会社だ。そんな日本のビーズがなぜ世界を席巻しているかというと品質が抜群に良いからだ。日本のモノ作り万歳! 今日、高品質シードビーズの二大国といえばチェコのと日本だが、そういえば、ボヘミアングラスのふるさとのチェコもモノ作りが盛んな伝統的工業国である。

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彩や多様なカットではチェコ•ビーズに軍配が上がる面もあるが、1つ1つのビーズの形状の均一さという点で日本のビーズに敵うものはない。精緻なアクセサリー作りには素材のビーズの均一さが欠かせない。中国製のビーズは驚くほど安い。でも例えばビーズスティッチのこういう端正な風合いは中国のビーズには出せない。

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とはいえ、ビーズに求められるのは形の均一さだけではない。例えば糸に通してシンプルなネックレスにしてビーズそのものの美しさ、可愛らしさを楽しむにはTOHOやMIYUKIの優等生的ビーズは少々、役不足。一粒一粒が不揃いで発色が不均等なオールド•ビーズの個性の出番だ。

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こういう一つ一つが不均等なビーズはビーズが手工業的に職人の手で作られていた時代や場所のものだ。どんな時代のどんな場所のビーズ職人も、懸命にTOHOビーズやMiyukiビーズの品質を目指して無心にがんばったはずだが、技術力の限界のせいでこんな形になってしまった。不揃いなビーズはどこか自然の石や木の実を彷彿とさせる(というか、もともとビーズは石や木の実から発祥した)。

昔のビーズには色にも独特の味がある。これはインドネシアのリサイクルビーズと呼ばれるグラス•ビーズ。不純物が沢山入っていて不透明な色合いだし、形も不揃いだ。これをガラクタと見るか、美しいと見るかは見る人の美意識と価値観によるが…。私は綺麗だと思う!

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不揃いな昔の手作りビーズと均一な現代の工業ビーズの関係は、今と昔の陶磁器の関係にも似ている。

骨董の皿を買うとき、年代を確かめるためには、お皿を横にして水平に横から眺めてみると分かる。古い、昔、職人が手ろくろで回した皿はどんなに端正なものにも必ず僅かにいびつな歪みがあるのだ。これに対して現代の工業生産品はどんなものも完全な形をしており左右上下に一切歪みがない。

ビーズと同じで、完全な形をした今日のピカピカの大量生産の工業品の瀬戸物は二束三文。一方、歪みやムラのある昔の職人の手作り品にはその数百倍の価値が付く。

ひたすら反自然的な人工的な完璧を目指して進化した中国や西洋の陶磁器と違い、侘び寂び文化の日本は、織部や志野、伊賀焼きのように、自然、偶然、歪みやムラを珍重する独特の陶磁器文化が発達した。日本人の「不揃い」「ビンテージ好き」は多分、ここに単を発している。

均一に完璧に作る技術があっても「味」を出すために、わざとひねりを入れたり、いぶしてアンチーク加工したりというヒネリ技は日本人のお得意だ。その一方で、感性の鋭い柳宗悦のような人は、わざと風合いを出してrusticっぽくすること、崩した個性を強調しすぎることのいやらしさを弾劾している。

確かに不揃いなビンテージビーズはそれが不本意ながら不揃いになってしまった無心さが愛らしいのであって、わざと不揃いに作られたら新品なら興ざめだ。

そして、その対局でたゆまぬ努力で完璧を目指して比類のない品質に到達し、今日、世界中のビーダーに欠かせない安価な汎用品となった後も進化し続けるTOHO、Miyukiのシードビーズもまた素晴らしいのである。

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