ワーキングマザーとモチベーション

大企業がワーキングマザーがワークライフバランスを保ち、生き生きと輝くのは建前の姿だ。現実の姿は随分違う、と私は思う。

10年前、産休から復帰した私は所属していた外資系証券会社でリスク管理の部署に配属された。いわゆる「ミドルオフィス」だ。

ミドルオフィスの仕事はフロントオフィス(顧客担当部署)の経験と知識が役に立つが、稼いでなんぼのフロントオフィスほど数字へのプレッシャーもなく、収入のアップサイドが小さい分、就業時間や雇用が安定している。いわゆるワークライフ•バランスが取りやすい職種で、必然的に子持ちの高学歴中年女性が多い部署である。

リスク管理部署に新たに配属された36歳の私の隣に座っていた同じ職種の女性は40代の子持ち女性。帰国子女で英語はペラペラ。日本で一番難しい大学の経済学部を卒業し、大手邦銀を経て外資系銀行に転職したエリートのベテラン女性だった。

彼女や私の仕事は会社の取引先の金融機関の信用力を分析し、格付けと信用枠を与え、その取引先との取引に承認を与える仕事だった。といっても承認の最終権限は上司にあり私たちの権限は小さい。その役割は情報を整理し、縦のものを横にして、内部規則に則って情報を上に上げるだけだ。

部の雰囲気は良かった。社内システムの使い方や英語の稟議書きにも慣れた頃、隣の彼女のPCスクリーンが社内イントラネットや、財務分析対象企業のHPを映さず、いつも「四谷大塚」や「日能研」などのページを映していること、彼女は殆どの時間、私立女子難関校の出題傾向や自分の子供の模試の結果を熱心に分析していることに気づいた。彼女が昼休みに同僚と食事に行くことは殆どなかった。自分で作ったお弁当をPCの前で食べながら、生協サイトで食品の注文をしていた。

そう。当時中学受験生の6年生の娘を抱える彼女の最大の関心事は「お受験」。仕事は完全に上の空だったのだ。それでももともと頭が良く、語学力も優れ、リスク管理の経験が長い彼女の仕事はそつがなかった。

産休によって生じたキャリアの穴を埋めるべく暇あればリスク管理マニュアルなど熱心に勉強し、周囲との関係も良好に保とうと気を使っていた当時の生真面目な私は彼女の態度にむかついた。それでなくても勤務時間が短いのに、遠慮するどころか、こんなにあからさまにサボるなんて! だが、結局私の怒りは長く続かなかった。彼女がいなくなったからだ。娘の中学合格後もしばらく仕事を続けた彼女は、その後夫の海外赴任が決まると、あっさりと自己都合で会社を去っていった。

あれから10年。私は当時の彼女より年上になり、やがて自分自身が中学受験生を抱える身となった。肩肘張った割には結局、証券会社の仕事から脱落してしまった。

40代になった今、当時は理解できなかったあの女性の同僚の事情が理解できる自分がいる。

彼女はなぜ、あんなにふてぶてしく仕事中に私用に没頭していたのか?

物理的にそれしか時間がなかったからだ。

2人の子供がおり、親の助けもなく、夫は企業戦士。通勤に2時間近くかかっていた彼女はたとえ残業をしなくても家にいる時間は少なく、家では家事に追われていただろう。恐らく彼女にとってウェブを見られる最もゆったりした隙間時間は勤務時間中しかなかった。

スキルある彼女は子育てしながら仕事を働き続けた。だが男性なみの頭を持っていても時間の制約から男性と一緒のゲームに参加して出世やキャリアアップを目指すことはとうに諦めざるを得なかった。

それは彼女自身の選択だ。とはいえ自分より低学歴で頭の悪い男性たちがゲームに講じて次々出世していくなか年下の上司に仕え、退屈と戦いながら他人の目的と利益のために同じ無味乾燥な稟議書を書く仕事への情熱とモチベーションを長期にわたって保ち続けることはとても難しかっただろう。

それで彼女は密かに大胆に枠を取払い、モラルハザードというオプションを行使して自分の人生の時間の使い方を大胆に「最適化」したのだった。つまり「無意味な」仕事は半日程度で適当に仕上げてしまう。残りの勤務時間は私用、つまり自分にとって「意味」を感じられることに割く。仕事に情熱を傾けてアップサイドや新たな可能性を求めることを止め、それを自己実現や挑戦の手段とすることを諦め、ひたすら雇用という既得権益を出来るだけ長く維持することのみに心を砕くことにしたのだ。

男女問わず、大企業には彼女のような40代、50代が沢山いる。彼女のような最低限の貢献しかしないやる気のない人材を養う余裕があるのは恵まれた社会の恵まれた大企業だけだ。既得権益にまみれたモチベーションの低いシニアは徐々に組織の活力を衰退させていく。

でも。。。家庭という角度で見ると物事はまるで違って見えてくる。彼女は時間と情熱を傾けなくても高報酬が得られる仕事を得た。全身全霊を傾けずともできる、情熱を感じないルーチンワークだったからこそ、逆説的に仕事と家庭を「両立」できたのだ。日々、注意を反らさず顧客を開拓しなければならないような仕事、山に挑むような仕事は面白い。だが、そういう仕事は家を守ることと両立しにくい。。。

何が幸せ? 何に意味がある? 何をして喜ぶ? 何の役に立つ? 時間を何に使う? 自分に何ができる?

方程式は複雑。女の人生の後半戦は一筋縄ではいかない。

 

 

 

 

 

 

 

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