チャレンジの表と裏

翻訳していると、日本語と英語のニュアンスが違う言葉がある。筆頭は、チャレンジ。

日本語だと、【チャレンジ=挑戦】でポジティブなイメージ。「新たなチャレンジ」、「チャレンジを続ける男」など。チャレンジ精神はイノベーションやベンチャーなどと結びついて語られることが多く、日経新聞などにも頻出する言葉だ。「チャレンジ一年生」のように商品の名称にもなっている。

英語でも、challengeは”good challenge  (がんばったね)!”のようにポジティブに使われることがあるが、どちらかというとネガティブなトーンが強いような気がする。

challenging situationは「困難な状況」、challenging deseaseは「治りにくい病気」、という意味。

challenge a decisionになると、「(判決などの)決定に意義申し立てする」という意味になる。

チャレンジする(挑戦する)ということの中には、「現状を否定し、リスクが高いことを敢えてやろうとする」という意味があるのだが、日本語にすると、前半の「現状を否定する」という激しいトーンが見えなくなってしまう。

たとえばスケーター浅田真央のソチ五輪のゴールは金メダルを取ることだが、そのチャレンジとは、「(バンクーバー五輪の)銀メダリストとしての自分を否定すること」である。

エベレスト登頂や南極横断などを目指す冒険家のチャレンジは、「まだ登頂できていない自分を否定すること」である。

あるべきゴールのために現状を否定するのは難しい。現状には常に惰性が働くから、同じことを繰り返している方がずっと楽だ。「昨日と同じ今日の自分」こそがアイデンティティの源泉であり、ゴールなど持たずに昨日と同じように予定調和的な今日を送っていれば、少なくとも周囲との摩擦は少なく、心も平静を保てる。

それなのに、予定調和的な未来を否定して、挑戦する。挑戦の先の失敗の不安がどれほど大きくても、現状を否定し続ける。見えないゴールを見ようとする。

チャレンジという言葉にはそういう激しい面がある。チャレンジの結果、多くの冒険家が死んだ。1人の起業家の成功の裏には100人のチャレンジの無惨な失敗がある。チャレンジとは乗るか反るか、生きるか死ぬかの困難なものなのだ。

正と負の両方の意味をはらむchallengeという複雑な言葉に匹敵する言葉は日本語にもないし、フランス語にも見当たらない。あるいは、アングロサクソンの国民性に根ざした言葉なのか。

現状を否定してゴールを目指す。苦しいことだが、そこに初めて生き甲斐やストーリーが生まれてくる。

日本語の甘いチャレンジよりも、英語の厳しいchallengeを。challengeの価値を信じ、現状否定してゴールを持つ勇気を持てる自分であれますように。

 

 

 

 

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