ダライラマ法王と科学者の対話

昨年に続き、ダライラマ法王が来日中。肌ツヤ良く、お元気そうだ。

http://ilha-formosa.org/より

http://ilha-formosa.org/より

昨日のホテルオークラのイベントに登壇されたダライ・ラマ法王は、緋色の僧衣に身を包んだ全身から立ち上る温かい雰囲気。大きな卵型のお顔、無邪気で人懐っこい、でも知的な目、たくましく筋骨隆々とした身体。少し鼻の下が長く、いつも口角の上がった薄い唇の口元。力強くセクシーなバリトンボイスと、独特のクスクス笑い。これら全てが素晴らしく、法王の辺りからはオーラと清浄な空気が発散していた。

祖国チベットを追われてインドに居を構えて今年で54年となる法王。

法王の生涯の最も勇気ある試みの1つは、ある時点で、自国の最大の懸案事項である「国家再興」を脇に置いて、あるいは優先事項を変えて、外国人に向かって「幸せ」「慈悲」「非暴力」という普遍的価値を説き始めたことだと思う。完璧からは程遠い英語で、目と肌の色が違う人々に訥々と、”everyone is the same.”と語りかけたのだ。それは自国民が待望する国を失った国家元首としての切迫した任務とは必ずしも直接関係がない。恐らく当初はこうした方針に当惑したチベット人もいたと思う。

亡命から時が過ぎ、中国の力を増すごとに、チベットに手を貸す国は少なくなっていき、独立の悲願はどんどん遠のいていった。そんななか、ダライ・ラマ法王は外国人、世界中を旅行し、本を刊行し、仏教の教えを分かり易く噛み砕いて、異教徒にも受け入れ易い形の仏教道徳を真摯に説き続けた。道徳を語るときには決して政治問題は語らなかった。

今日、私たちに慈悲や思いやりを語りかけるダライ・ラマ法王は自然な存在だ。だが周囲と隔絶されたポタラ宮で幼少時から近代的な教育を一切受けたことのないまま育ち、その後、現代国際政治のの冷酷さに翻弄された人が、コンテクストと文化を共有しない人に、辺境の秘教であった自国の教えを「普遍」として最初に語りかけたときには大変勇気が要ったと思う。ダライ・ラマ法王の行為は、たとえば、日本が国を失ったとき、天皇陛下が国民を脇に置いて、世界中を旅して、不自由な英語で神道について直接語りかけて外国人の信奉者を増やそうとするようなものだ。

結果的に、法王の活動は奇跡の成功を収め、チベット民族の知名度と好感度をアップさせ、チベットの文化や宗教そしてその政治的問題に対する世界の人々の認識を喚起する最大の力となって現在に至る。法王は今日、世界で最も著名な宗教アイコン、生ける伝説である。それを中国との外交交渉や、亡命チベット人社会の構築・運営といった世俗の仕事、伝統的な宗教典礼、難しい宗派間の調整や僧侶人事といった仕事を並行して行ってきたのである。

かつて「ラマ教」と呼ばれ、呪術的で怪しい亜流の仏教と見なされることが多かったチベット仏教は法王の説法や著作のおかげで明るくポジティブなイメージに変わった。辺境の秘教だったチベット仏教は、物質は豊かだが心が貧しい先進国の悩める人々の世俗的道徳倫理となり、そのクリーンなイメージによって、かつてない広がりを持つようになった(世界を魅了するチベット―「少年キム」からリチャード・ギアまで)。欧米だけでなく、今、台湾や韓国などでもチベット仏教の信奉者は増えており、日本でも法王のファンは多い。

法王が指揮を取り、長く続く「科学者との対話」という非政治的な試み(ダライ・ラマ 科学への旅―原子の中の宇宙)も、こうしたチベット仏教のイメージアップに多いに貢献している。今回の日本のイベントもそうした運動の一環だ。

上記の本によれば、仏教が本来持っていた知的な側面や合理性が科学技術や産業の発達、生活水準の向上に十分に振り向けられなかったことが国の近代化の遅れと中国の侵略につながったことを法王は反省している。それを踏まえて法王は世界の科学者や哲学者と交流を深めるとともに、亡命後のチベット仏教の僧院の近代化や科学教育の普及を進めてきた。

法王の試みと並行して、仏教の伝統的な認識論や瞑想手法を西洋哲学や脳科学の視点から見直す動きは広がる一方で(僧侶と哲学者―チベット仏教をめぐる対話)、「生きとし生けるものを慈しむ」という仏教思想はエコロジーとの親和性が注目される状況になっている。「仏教思想を現代社会に生かす」という法王の読みと試みは、時の要請に見事に合致したのだ。

とはいえ。

昨日のイベントにおける科学者と法王の対話は言葉などの諸問題から、それほどかみ合ったものとはいえなかった。「かみ合ったかどうか」を成功の基準とするなら、イベントは成功とは言いがたかったように思う(まとまりにくい話を無理やりまとめる池内彰さんの手腕には感心した)。

78歳の法王は、日本人プレゼンテーターの多様な主張を十分咀嚼できておられなかったように感じられる。また法王ご自身のお言葉も、必ずしも分かり易くなく一般観衆には十分に届いていなかったように思われた。

観衆が高い知的満足を得られる形で「仏教」と「科学」のガチンコ勝負を行うには、より厳密なコンテクストの刷り合わせ、言葉の定義や、対話をかみ合わせるためのテーマの選択やプレゼン方法の精査など、十分な事前整備が必要だったろう。だがそうした準備よりも何よりも、そもそも若い時と違い、高齢な上、多忙なスケジュールに忙殺されている法王ご自身に、異国の科学者たちと実り多い対話を行う(意欲はあるものの)気力や好奇心は薄れているのではないかと感じられた。

だが来場した多くの人々はそんなことは当に承知で、話の内容がさておき、法王の姿にじかに触れ、その声が聞けたという事実に十分に満足しているように見えた。

法王の圧倒的な個人的魅力が人々に及ぼす力は、合理性や言葉を重んじて偶像崇拝を否定する法王自身が、自分自身の行動によって生んだ皮肉な結果だ。「私を崇拝するのは止めなさい」と言っても、人々の崇拝を止めさせることは出来ない。法王が人々に「自分の理性を信じて行動しなさい」と言えば言うほど、人々は法王の言葉に頼るようになる。

そして、より大きなバラドクスは、どれだけ自身の世界的名声が高まっても、冷徹な国際政治の現実は少しも変わらず、チベット帰還という最も切実な民族の目的は叶わないということだ。これだけ多くの人が耳を傾けてくれるのに、法王は政治的発言を避け、あらゆる方面に注意深く言動を慎まなければならない。チベット人の未来を担う若者が自らの身体を火に投じて自身の帰還と文化の復興を叫ぶその瞬間に、異国の地の異国人の能天気な身の上相談に乗らなければならない。

しかも、法王がこうした世界的活動を止めた途端、世界のチベットに対する関心そのものが薄れていく危険があるのだ。

ダライ・ラマ法王の存在そのものが薄氷の上の巨大な矛盾に引き裂かれている。ご本人は、そうした矛盾をご存知で、そうした矛盾を引き受け、それに耐えて、人々への思いやりと微笑みを絶やさず、限界の中で最善を尽くそうとされておられる。その姿は痛々しいほど立派で、やはり観音菩薩の生まれ変わりなのかもしれない。

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