ターシャ・チューダーに憧れて

子供の頃、外国に憧れた。寒冷な爽やかな気候、深い森。レンガ造りの一軒家、ウエストの絞られたドレス、立て巻きロールのロングヘア、白い肌と大きな目、長い手足の美しい人々。

非日本的なものへの憧れは、昭和40~50年代の東京で中流家庭の子供にアクセスできた外国の文化と風物によって醸成されたのだと思う。ディズニーのアニメ。横浜のホテル・ニューグランド・ホテルのコーンスープの味。スキッピーのピーナッツバター。通りで見た白人が話す英語の響き。教会建築、賛美歌の調べ、レンガ造りの暖炉、クリスマス・ツリーとページェント。

こうした世界は本当に素敵だった。

大人になってフランスに住んだ。憧れのフランスに。

確かにフランスは素敵な国だった。でもフランスは子供の頃から心に描いてきた「西洋」のイメージと微妙に違っていた。フランスにはピーナッツバターもコーンスープもなかった。フランスのカトリックの教会音楽は、「慈しみ深き」などの大好きな賛美歌の響きとは違っていた。

小さい頃、私が大好きだったピーナッツパター、コーンスープ、賛美歌の調べは、全てアメリカ(あるいはアングロサクソン)のものだったのだ。私が西洋だと思っていたものはヨーロッパではなくてアメリカ(あるいは英米)文化だったのだ。

そう、東海岸のWASPの19世紀の文化。「若草物語」の世界が私の子供時代の「外国」の原風景なのだった。

それに改めて気づいたのは、大人になってターシャ・チューダーの絵本を見た時だ。

彼女の絵こそが、私が胸を締め付けられるほど憧れ続けた西洋の原風景だ。そして19世紀の農村生活を20世紀後半に再現した彼女自身の家や庭が、「私の住みたかった外国」で、彼女の料理が、「食べたかった外国料理」なのだった。

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ターシャ・チューダーはボストンの名家に生まれ、結婚、離婚を経て4人の子供を絵本作家としての収入で育て上げた後、50代半ばでバーモント州に家を買い、自給自足の生活を始めたという。2008年に93歳で死去。日本では絵本作家としてよりも、「素敵なライフスタイル」を実現した人として知られていて、沢山、写真集が発売されている。ターシャの家を訪れるツアーもあるそうな。

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写真集で見る彼女の生活は服装から食事まで徹底してアナクロで、まるで19世紀からそのまま抜け出たようである。日本でも、東京近郊で農家に住んだ白洲正子や京都の町屋に住んで着物で日常生活を送る麻生圭子などが有名だが、ターシャ・チューダーのエキセントリズムには叶わない。

絵を描き、動物を育て、庭をいじり、料理をする美的で質素な手作りの生活、美しく老いた飾り気のないターシャの姿は本当に素敵だ。

私はニューイングランド地方をまだ旅行したことがない。

京都の実際の町並みが写真ほど綺麗ではないように、多分、写真集で見るようなターシャ・チューダーの世界がそのままのような場所は少ないんだろう。

まだ見ぬターシャのニューイングランドに今でも憧れて続けている自分がいる。

幼児の頃に憧れた胸がうずく理想の世界。そこに身を置けば、私は今の私以外のもっと素晴らしい人間になれるのだろうか? 手が届かないからこそ憧れ続けるのだろうか?あるいは、こんな思いは単なる退行と逃避だろうか? 白人のアメリカ文化に洗脳されて憧れ続ける滑稽な敗戦国日本人の黄色人種の自分?

意地悪なもう1人の自分によるそんな検閲もたまには止めよう。好きなものは好き。せめて独りの仕事もしなくていい時間はターシャ・チューダーの世界にどっぷり浸かろう。

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