シンガポールの味

2008年に初めてシンガポールの地に立って感じたことは、「年中、こんなに蒸し暑くて、息が詰まるような場所にとても住めない!」ということだった。

シンガポールは熱帯の島だが、空はいつもどんより曇っているし、ビーチも自然も魅力的ではない。空気はいつも大量の湿気を含んでいて、ハワイのようなそよ風は吹かず、花の匂いも漂っていない。もともとが虎が多く住むジャングルで、山も川もない殺風景な島であるシンガポールには一度も農耕民が定住したことがない。そこはマラッカ海峡に近く、交易のための地の理が良いということを唯一の理由として人が集まり、ラッフルズ上陸後は英国植民地として開発が進んだ。48年前の建国以来、リークアンユーは資源も産業もないこの島以外に故郷のない苦力の子孫たちを食わせるため、無理やり外国種の木を植え、高層ビルを建て、冷房をガンガン効かせて外資誘致を行い、奇跡の経済発展が起きた。グローバル経済に乗っかって繫栄する砂上の楼閣のような場所だ。

びっくりしたことに最初の2ヵ月の期間を過ぎると私の中でも奇跡が起きた。価値観と体質の反転が起きて、暑いだけのコンクリートジャングルのシンガポールが、私にとって地上の楽園と化したのだ。結果的に2年足らずの滞在はあまりに短く、去るときは去りがたい思いがした。苦労を重ねても失敗したり、喉から手が出るほど欲しくて努力しても手に入らないものが多かったこれまでの人生から一転し、シンガポール生活は私にとって天から降ってきた僥倖のようなものだった。そこでは多様な人間関係に恵まれたし、知らなかった宗教、歴史や文化に目が開かれる体験は素晴らしかった(それらの内容は旧ブログに)。でも何より、私のシンガポール生活を快適にした一番の原因は食べ物だと思う。

来星早々、強烈な蒸し暑さでバテていた身体は、空芯菜のサンバル・ブラチャン炒め、牡蠣オムレツ、アイス・ボボチャチャ、バロンロンやココナツのフレッシュジュースに癒されて、徐々に生き返っていった。熱帯の暑さに適応するには熱帯の料理が必要だったのだ。これらの飲み物や食べ物は、シンガポールで初めて出会ったもので、行かなければ今でも知らない味だ。これらの味を知ったことで私の人生は確実に豊かになったと思う。

東南アジア料理には、①食材に生野菜が多い、②辛さと酸っぱさが混ざった料理が多い、③さまざまなハーブやナッツを多用、④魚醤、タマリンドなどの独特の調味料--といった特徴がある。東南アジアの人々はビールより強いアルコールを飲まないし、乳製品も余り食べない。暑いからといって、日本のざるそばや冷奴のように冷たくあっさりした食べ物は殆どなく、炒め物が多い。欧米料理と比べると、ワンポーションは比較的少なく、特に動物性蛋白は少ない。食べているうちに、身体が徐々に風土に適応して、自分が汗が出易い代謝の良い体質になっていくのが感じられた。

シンガポールでは家で料理をするより、屋台料理の方やよほど安くて美味しかった。屋台料理は日本の外食と違って安価でも野菜も豊富で栄養のバランスも取り易かった。外食が極めて手軽で楽しかったことが、シンガポールの生活の質を高いものにしたと思う。

シンガポールはさまざまな移民の国なので、一言に「エスニック料理」といっても多くの料理がある。私が惹かれた傑作な味は、上記に加え、アッサム・ラクサ、フィッシュヘッド・カレー、ホーファン、バンミエン、フライドホッケンミー、ベトナムのフォー、南インドの菜食ミールス、マレーのクエに、タイのひき肉サラダやパパイヤサラダなど。反対にあまり好きでなかったのは、シンガポール・ラクサ、ナシレマ、牛肉麺、マレーのサテーやミーゴレン。シンガポール名物のチリクラブやニョニャ料理もそれほど魅力を感じなかった。

東京に戻った今も、東南アジアの味が恋しくなって、たまにエスニック・レストランを探して彷徨う。東京はあらゆる国の料理が食べられる。IT関連で働く外国人が増えたせいか、最近は、日本料理一色だった新川・茅場町界隈にも、エスニック料理店が増えている。だが残念ながら、何度でも食べに戻りたいと思うようなレストランにはまだ出会っていない。温帯の東京では多様なハーブの入手と保存が難しいことが東南アジア料理の再現に致命的である。

すぐ再訪できると思いつつシンガポールを去ってすでに3年以上。一度去ると、不要不急の用がないその地は日々遠くなり、再訪の機会はなかなか訪れない。これからは時の流れがどんどん早くなって、10年や20年は簡単に経ってしまいそうだ。私も変わっていくし、シンガポールも変わっていく。一期一会の素晴らしい出会いだったな。。。。

再び訪れるその日まで、ギーモーのウェット・マーケットとフードコートがそのままでいてくれるといい。。。。

永代橋に出来たミャンマー料理の弁当屋、マリシャン80のミャンマーカレー、イートインで680円なり。

永代橋に出来たミャンマー料理の弁当屋、マリシャン80のミャンマーカレー、イートインで680円なり。

茅場町のマレーシア料理店「マレーカンポン」のアッサムラクサ。2人前2000円で事前予約が必要。美味だけどハーブが載っていないのが残念。

茅場町のマレーシア料理店「マレーカンポン」のアッサムラクサ。2人前2000円で事前予約が必要。美味だけどハーブが載っていないのが残念。

 

 

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シンガポールの味」への3件のフィードバック

  1. chuta510

    いつぞや、リトルインディアの美容院の件で旧ブログ経由でご連絡した者です。
    ご無沙汰しております。シンガポールに滞在していた1年半よりも帰国してから長い時間が経ち、あの1年半は何だったのかと考えます。

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    1. admin 投稿作成者

      コメントありがとうございます。その節は大変ありがとうございました。シンガポールの生活は本当に楽しかったですよね。。。。chutaさんも、だんだんセピア色ですか?

      返信
  2. 下山明子

    chuta510さん、コメントありがとうございます。このブログが新しくて使い方が十分に分からず、chutaさんのコメントを上手く反映できませんが、拝見しました!その節はありがとうございました。お元気でいらっしゃいますか?

    返信

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