クイック、クイック、スロー

難関私立中学の受験問題を見ると、その難しさはさることながら、回答を求められるスピードに愕然とする。文章題は平均して一問、5分で解かないといけない。

yjimage

子供の代わりに自分でやってみる。大抵の問題は何とか解ける(解けない問題もある)。でも、50分の制限時間の3倍はかかってしまう。私が12歳の子供に混じってきっちり制限時間を守って試験を受けたら30点も取れずにあっさり不合格だろう。

だから進学塾は子供たちに徹底的にスピード訓練をする。小学校で教えるように、じっくり考えて問題が解けるようになるだけではまったく不十分なのだ。

ひたすら、スピード、スピード、スピード。まだ生まれて10年くらいの鼻を垂らしたような子供たちが過酷なスピード訓練をする。

だがスピード訓練も子供たちにとって楽しいものになりうる。

走ることが人によって快感にも、苦痛にもなるように。

脳を高速で回転させて試験問題を解き続けると、奇妙な快感が生まれることがある。酔うような感覚だ。スキーやカーレースなど、物理的なスピードから受ける快感とも似ている。難関中学に合格する子供は、間違いなく、脳の回転スピードの上昇でアドレナリンが分泌される快感を感じられる子供だ。

かく言う私もはるか昔は中学受験組だった。塾のスピード訓練のおかげだろうか? 早生まれで生まれつき動作が遅く、「のんびりやさん。給食を時間内に食べられない」と小学校の成績簿に書かれ続けた私も、中学に入学時には知らず知らずに社会が求めるスピードに適応していた。洋服を着替えるのも、食事を食べるのも早くなり、マンガの速読や雑誌の立ち読みが得意なティーンエージャーとなっていた。そして、20代になると5分で化粧し、5分で朝食を終え、昼は財務諸表や週刊誌を読みながら買って来たお弁当をテスクで10分間で食べて、ビルの前にタバコを吸いにいう立派なオヤジ•キャリアガールになった。

スピードの快感がもたらす弊害を顕著に感じるようになったのは35歳くらいからだろうか? 出産が一番、大きかった。今は前半生を矯正する意味で、人生のあらゆる局面でスローダウンを心がけている。

ゆっくり呼吸する。ゆっくり家事をする。ゆっくり食べる。ゆっくり話す。ゆっくり身体を動かす。じっくり本を読む。ゆっくり洋服を手作りする。ゆっくり考える。

時間があっても思考すらしない。何も考えず、ポカンとする。

すべて、中学受験で最初に習得し、その後、社会で必要とされてきたこと、自分にとって当たり前と思って来たことの真反対だ。

スピードに慣れると、スローが辛いことがある。私にとって、食べ物を30回咬んでから飲み込むのは今でも辛いし、30分間、座って瞑想することは難しい。スピードを尊ぶ文化、社会に長年適応してきた心身は、つい「空白が勿体ない」と感じてしまう。

それは多分、私も毎週のように模試を受ける中学受験生だったから。ものすごい量の情報を与えられ、50分でそれをインプットし、効率的にアウトプットする行為を日常的に繰り返していると、小学生でも徐々に呼吸が浅くなり、身体がガチガチに固まってくる。そうした身体のあり方は「ゆったりした『今』に気持ちの良さを感じる」「何かが自然に起きるのを待つ」というあり方の対極だ。

そういうあり方になれると、いつしか、そういうインプットやアウトプットがない生活を物足りなく感じるようになる。

その結果、スピードに適応した(=スピードの快感を感じる)心と身体は、情報処理やビジネス、競争スポーツなどでは優位に立てるが、農業や出産、子育てといった自然にじっくり向き合う作業はうまく適応できなくなる。ゆったりとしたスピードにイライラしてしまうのだ。実はこれは少子化(=女性が子供を生まなくなった)の重要な要因の一つと思う。

日本には「資格オタク」となって様々な資格試験を中年以降になっても受け続ける人が多い。そういう人々のための「○○検定」があまりに多い。これも、子供時代から勉強(文字情報のスピーディなインプット)と試験(その効率的なアウトプット)のサイクルに過剰適応した人(あるいは社会)の末路のようにも見える。

多分、スピードがもたらす弊害は多くの人が認識している。それでも大人が子供に「早く、早く」と言い続ける本質的な理由は、「スピードへの適応」が資本主義の世で優劣勝敗を決する分かれ道だから。中学受験のスピードを求める問題はその前哨戦なのだ。

そして、私がスローライフを送れるのは主婦だからだ。

自分には「スロー、スロー」、子供には「クイック、クイック」と言う私は矛盾している。でも、これからこの資本主義社会で生きていく次世代の子供に「早くやるな!ゆっくりやれ!」と叱る勇気は。。。まだない。

Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedInPrint this pagePin on Pinterest

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です