ガンジーの糸車

インド独立の父、ガンジーは晩年、毎日4時に起床して起床後の1時間を糸車を回して糸を紡ぐことに費やし、同じアシュラムで生活していた人たちにも糸車を回すよう勧めたという。

Wikipediaより

Wikipediaより

上は1949年に撮られた痩せて質素な民族服に身を包んだガンジーが静かに糸車を紡ぐ姿。

「糸車を回して自分の糸を紡ごう」という運動は、宗主国に依存し、搾取され、貧困に沈むインド国民の誇りと自立の精神を取り戻す象徴だった。イギリスへの経済的依存を打破するもう1つの手段として、英植民地政府の塩の専売制度を崩壊させるため、インドの国民に海岸で海水を煮て、自分で塩を作るようガンジーは呼びかけたという。

私は自分で塩を作ったことはなく、糸車を回したこともない。が、羊の毛を刈って、洗って、毛糸を紡いだことがある。それは楽しい体験だった。「海水を煮て塩を作る」というのもなかか面白そうだ。「自分で自分のモノを作る」というのは本来、とても楽しい作業なのだ。

執筆、面会、スピーチなどの政治活動に忙しかったガンジーにとっても、糸車を回すことはあながち政治的メッセージに留まらず、手を動かしながら自分と向き合う貴重な瞑想と思索の時間だったのではないかと思う。

だがガンジーの次の指導者ネルーは、インド国民に糸車を回すことを推奨しなかったし、自分で糸車を回すこともしなかった。インドは豊かさのために産業化、機械化の道を歩んだ。

手仕事、自給自足の最大の欠点は、生産性が低いことだ。というか、そもそも産業革命が手作り品の低い生産性を克服することが目的だったのだから、同じ土俵で競争したら手作り製品が機械製品に勝てるはずがない。生産性の低い仕事からは富を得られないし、コスト競争力のない製品は完全競争市場では早かれ遅かれ淘汰される。

ガンジーの唱えたとおり、インド国民全員が糸車を回すことに勤しみ、国内には手作り品しかなければインド経済の生産性は中世の時代と変わらぬ低い状態に留まり、国防に必要な兵器も、病気を治すための薬も外国から買うことが出来ず、国家はたちゆかなかっただろう。

ガンジーがこの世を去って60年。グローバル経済では分業が隈なく進み、自給自足や手作りから自立を目指すという道はユートピアでしかない。もし日本人全員が服の自給自足を目指して毎日1時間、糸車を回すようになったら、一体日本のGDPはどれくらい下がるだろうか。。。

それでも、なのか、だから、なのか。「国を指導しながら、1日1時間は自分の糸を紡ぐ」ガンジーの姿は私たちが到達できない本来の完全な人間のあり方を示しているようでとても魅力的に見える!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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