オフィス嫌い

生まれて初めてオフィスで働いたのは、大学1年生の冬休みだった。当時、築地に出来たばかりの朝日新聞本社内の週刊朝日編集部で行われる「東大合格者全氏名特集号」の編集準備のチームに参加したのだ。

当時の朝日新聞ばバブル絶頂期の華やぎに湧いていた。バイトの学生にもタクシー券が配られ、編集作業が佳境に入ると深夜勤務の後のホテルでの宿泊も認められるなど、素晴らしく美味しいバイトだった。私はそこで、世の中には楽で楽しい仕事があるということを知った。筑紫哲也や下村満子といった人々も同じフロアにいて、19歳の私は自分が突然大人になったような気分になった。

でも、耐えられなかったのは、一日中、窓を開けることも出来ず、日の光も浴びないオフィス空間だった。蛍光灯の光の下、PCなどのオフィス機器が熱とうなり声を発する中に、プラスチックの仕切りや机、椅子が並んでいる空間。暑くても窓を開けることも日の光を浴びることも出来ない。19歳の私にはオフィス空間はとんでもなく気分の悪いところで、企業で働くということの意味は、気分の悪いオフィス空間に閉じ込められていることを我慢することだった。

私が嫌いだったのは、オフィスの人間関係でも、仕事の内容でも、大組織のあり方でもなく、資本主義の社会構造でもなく「オフィスの密閉空間」だったことは特記すべきだ。

「オフィス空間が嫌いだから働きたくない」なんて、誰に言っても通用しないふざけた理屈だということも自覚していた。そもそも、当時の私に日中を過ごす居心地の良い自宅はなかったし、まずはそれを作るためにも居心地の悪いオフィス空間で働いてお金を稼ぐ必要があった。

というわけで、私は結局かなり長い時間をオフィス空間で過ごすことになった。「お金を稼ぐには、会社に入らなきゃならないんだ。それが現在の社会構造だ。オフィスがイヤなんて子供みたいな理屈は通用しない」という理性の声が「オフィスがイヤ」と叫ぶ魂の声を抑圧してきた。

それで20代、30代の私は、オフィスで稼いだお金をセコセコとアンチークの木の家具や古布に費やして、家はなるべく自分にとって居心地の良い空間を作ろうと努力してきた。今住んでいるのは都心の賃貸マンションだから、狭いし、開放性にも限界があるし、理想とする田舎家には程遠い。それでも家はオフィスより段違いに快適だ。、私は自分の家に満足していて、自分の家で過ごす時間をとても愛している。

ターシャ・チューダーの家。起業してこんな家を事務所に出来たら、会社に行くことが楽しくなるだろう

ターシャ・チューダーの家。起業してこんな家を事務所に出来たら、会社に行くことが楽しくなるだろう

40代後半になって19歳当時の「オフィスが嫌い」症候群が再び頭をもたげている。20代、30代は「オフィスで働くしか選択の余地がない」として、もう1人の自分の声を無視してきた。でも今は「人生で過ごす時間が限られているのだとしたら、出来ればオフィス空間で過ごす時間を極力少なくしたい」と思う。そして、そういう思いが、「お金を稼ぎたい」「職場で人間関係を構築したい」「キャリアを発展させたい」「新たな世界を発見したい」「肩書きと名刺が欲しい」という気持ちを上回りつつあるのを感じる。

ありがたいことにインターネットの出現によって在宅でも社会とのつながりを維持して、いろいろな仕事が出来るようになっている。その可能性を追求した結果、現在の私はそれほど多くの時間をオフィスで過ごさないで済んでいる。昼下がりに自宅の居間でビーズ作りをしたり、公園のベンチに座ってコーヒーを飲む時間は何にも替え難い充実した時間だ。

世の中には私と正反対の人もいる。長時間残業や休日出勤で生活の大半をオフィスで過ごす人々。必要に迫られてそうしている人もいれば、必要がなくてもそうしている人もいる。私の知り合いの初老のオジサンは、「無給がもらえなくても、会社の席は確保したい、毎朝オフィスに行きたい」と言う。

私は虫の音を聞き、風に当たりながらゆっくりアイロンをかけたり、魚屋に夕飯を魚を選びにいく時間に、自分は本当に自分自身だと感じる。仕事は嫌いじゃない。お金も欲しい。他人に認められたい。でもそれと引き換えに一日の大半をコンクリートジャングルのオフィスで過ごす生活はイヤなのだ。大きな声で言うのは恥ずかしいから、小さな声で言おう。。。。

 

 

Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedInPrint this pagePin on Pinterest

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です