アマゾン書評

コクリコの名前でアマゾン書評を書き始めて8年になる。これまで感想を書いた本は76冊。

アマゾン書評は参入も撤退も自由でコストのない「大人のための読書感想文」の場だ。

まだ子供が小さかったから頃や、フルタイムで働いていた頃は、よるくまなどの絵本の書評や、自己啓発本の書評を書いていた。シンガポール帰国後は、東洋美術や骨董関係の仕事を少ししていたから、美術関係の本を沢山読んだ。現在は、金融関係や国際関係の本、歴史の本、心理学の本、芸能人の本から法律関係の新書までいろいろ。小説、フィクションはほとんど読まないから書かない。

仲間うちのポジショントークが多いマス媒体にプロが書く書評と違い、素人のアマゾン・レビュアーの書くレビューの大半は正直で素直だ。レビューの質が玉石混淆だという見方もあるが、ステルスマーケティング(やらせ)の書評一瞬で分かるし、そもそもそういう「やらせ」が存在するかどうかだけでも本の質が判断できる。レビューの中には、プロ顔負けの鋭い書評もある。意を得た書評に出会うと、そのレビュアーが高評価した本は全て読んでみたくなる。文章は稚拙だが読み手の感動が直に伝わるような素晴らしいレビューもある。慣れてくると、「アマゾンにどんなレビュアーがどんなレビューを書いているか」ということだけで、その本のおおまかな評価ができる。

アマゾンレビューの特色は、本だけでなく、「このレビューは参考になった」というクリック数に基づいてレビュアー自身もランキングの対象になることだ。自分の書いたレビューに「参考になった」のクリックが押されるととても嬉しいものだ。最初は、全く気にしていなかった自分のレビュアーランキングだが、3000位くらいまで上がって来てからは、「今日は上がっているかな~、私のレビューのクリックは増えたかな」とアマゾンサイトをチェックするのが楽しみになった。レビュアーの自己承認欲求をくすぐり、コストをかけずに自社サイトへの往来を増やす。アマゾンはすごく賢い。

特定の本に悪い評価を付けて批判すると、途端に感情的な「参考になりません」のクリックが殺到して、ランキングが下がってしまうことがある。熱狂的なファンを持っている本や、ベストセラーは危険だ。だからといって誰も読まない本にレビューを書いても、誰もクリックしてくれないから、書く甲斐はあまりない。ランキングを気にするようになると、「どんな本にどんなレビューを書くべきか」「何をやってはいけないか」という不文律が徐々に分かるようになってくる。

とはいえ、レビュー書きは所詮、無報酬の仕事。自分以外に私のレビュアーランキングを気にする人はこの世に1人もいない。だからランキングのためだけに読みたくない本を無理に読んだり、心にもないレビューを書くのは本末顛倒。アマゾンレビューは一義的には自分自身のための読書日記、備忘録なのだから、まず、心から思ったことを書いて、その内容が結果的にランキングにつながればいい。。。ぐらいの緩いスタンスが丁度いい。事実、ランキングが高いレビュアーほど、クリックの数にはこだわらず、地味な本にも積極的にレビューを書いている。

自分のレビューをあたらめて見直すと、レビュー対象の殆どの本に高評価(4つ星か5つ星)をつけている。これは、別によいしょばかりしているというわけではない。読書とは時間がかかる作業で、レビューを書くのはさらに時間がかかる作業だ。面白くない本を最後まで読むのは時間の無駄なので、最近は「駄目だ」と思った本は最後まで読まずに捨ててしまう。時間を費やして最後まで読み通してレビューを書く本は、結果的にセレクトされたお気に入りの本ばかりということになる。

その例外。。。と言えるのが、ちきりんさんのこの本。

未来の働き方を考えよう 人生は二回、生きられる

私には珍しく、2つ星、内容を批判するレビューを書いた。

この本の内容にあまり賛成できなかったからだ。

ちきりんさんは超有名なブロガーで、この本は今年のベストセラーの一冊。熱烈なファンも多い。多分、低い評価を付けたら「参考にならない」の非難がごうごうになるだろうな。。。と最初は恐れた。ちきりんさんが何を書くのも自由だし、私がそれを気に入らないのも自由。わざわざ批判は止めようかな。。。とも思ったが、不思議と心の中からふつふつと思いが沸き上がってきて、星2つの低評価の書評を書いた。

するとどうだろう。私のレビューが「参考になった」とクリックする人の数は、私が書いた他のどんなレビューよりも多く増えていったではないか。このレビュー1本で私はレビュアーランキングはあっという間に急上昇、以後、コクリコのアマゾンレビューには「ベスト500レビュアー」のタイトルが付くようになった。

批判したちきりんさんの人気に相乗りして自分のランキングも上がる。。。というのは、正直、なんだか心苦しいが、自分のレビューが見知らぬ多くの人の支持を得たのは心強いことでもある。反面、渾身の思いで書いたチベット史に関する本のレビューは書いてから3年も4年も経っても1つの「参考になった」のクリックもない。もしかしたらそんな本を読む人も、私のレビューを読む人もいないのかもしれない。

ささやかな経験を敷衍するのも僭越だが、多分、売れない芸人が突然ブレークしたり、企業の新製品が突然、マーケットディマンドを捕まえる体験は、私の「ちきりん本批判レビュー」体験に似ているのだと思う。大切なことは、周囲に迎合せず、勇気を持って自分自身であり続けることで、その個性が世間に受け入れられることなのだ。個性と市場性が出会う幸福なポイントがどこにあるのかは誰も事前には分からないから、頑なにならず試行錯誤を続けることが大切だ。失敗を何度も繰り返しても諦めずに、いつか誰かに理解されることを信じて。。。。

 

 

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