【映画評】マダム•イン・ニューヨーク(English Vinglish)

女友達に誘われて、銀座シネスイッチに2012年のインド映画「マダム•イン•ニューヨーク」を見に行った。

初めて見たインド映画はサタジットレイ。パリに住んでいた時にインド人の友人に教えられて見に行った。サタジット•レイはインド映画の巨匠。きっと重々しくて暗い映画を予想して行ったら、存外の面白さにびっくりした。

何が面白いって、登場人物の気持ちがメチャクチャ良く分かって共感できるのだ。レイの映画は言葉も習慣も風土もまるで異なる人々が自分と全く同じような感情を持って生きているということの衝撃を私に与えた。

以後、見た全てのインド映画、主人公に感情移入出来なかった例はまれ。ボリウッド映画特有の突然、歌い踊りだす演出も、決して、ドラマとは無関係に唐突にパッパラパーと能天気な歌が始まるわけではない。歌とダンスは人間の心の動きの自然の延長だということがボリウッド映画を見ると体感的に分かる。

インドは国土が広く、言葉の違う膨大な人口を対象に多くの映画が制作される。そうした背景から、ハリウッド映画同様、多くの人間に感動を与える普遍性が磨かれていったのだろう。

この映画に登場するのは、インドの古風でおとなしい専業主婦(主人公)、妻を愛しているのだが専横的な夫、エリート家庭のワガママな子供、成功したアメリカのインド人移民の姉、アメリカナイズされた子供たち、そしてニューヨークの語学学校の教師と生徒たち。フランス人のコック、パキスタン人のタクシードライバー、メキシコ人家政婦。どの人々もリアルで生き生きとしていて、インドもニューヨークも知らない人もまるでその場面に居合わせたような感覚に襲われる。

描かれているテーマは女性の自立と家庭という使い古されたものなのだが、「それをこういう角度で描くとこうなるんだ!」と切り口の斬新さに驚いてしまう。

オドオドして自分に自信のなかった主人公が数週間で見事に成長する。どのような結末を迎えるか、観客は最期まで引っ張られ続ける。終盤に結婚式スピーチをする主人公の尊厳ある美しい姿、そしてインドに帰国途中、成長を遂げ、自信を得た主人公の機内の意外な言動が実に深い映画なのだ。

インド映画は演出だけでなく俳優の美貌と演技力も郡を抜いている。この映画で主人公のシャシを演じるシュリデビのサリー姿の美しさは言葉で形容できないほどだ。その美しさは単にパーツの形状の美しさだけではない。主人公の奥ゆかしさ、芯の強さ、慈愛、賢明さ、内面の美しさがにじみ出たものなのだ。

シュリデビはインドを代表する女優として80年代から90年代に活躍し、結婚後引退。これが復帰後の第一作とのこと、この映画撮影時の年齢は何と49歳。ちょっと信じがたい美しさである。

シュリデビの落ち着いた美しさはサリーによって一層引き立っている。

シュリデビの落ち着いた美しさはサリーによって一層引き立っている。

一般にインド人は中年を過ぎると太って醜くなる人が多いと思っていた。でも彼女を見ると一般論は一般論でしかなく、アンチエイジングに人種や民族の差はないということを痛感する。ちなみに、50歳を過ぎて驚異的若さを保っている女性には拙ブログで揚げた人にヤンリーピン(中国)、イネス•ド•ラ•フレサンジュ(フランス)がいる。日本人では、吉永小百合が実に美しい老い方をしている。

シュリデビのような中年の美しい女優が主演する映画なら、どんな映画だって見たいと思う。高い精神性の感じられる彼女なら白髪になって皺が増えても美しいままなのではないかと思う。インド映画、恐るべし。その素晴らしい姿を銀幕で何度でも見たい。

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