【音楽評】俺の彼女 宇多田ヒカル

「相手に自分を合わせすぎて疲れちゃう」ことがよくある。ママ友とのつきあい、親戚との付き合い。。。。「これはここでは言える」「これにでこうやって反応しよう」。そうやって自分を切り刻んで、自分のほんの一部だけをさらけ出して、愛想笑いする。

それがあまりにも長続きすると、社会の同調圧力に合わせて演じるのが息苦しくなってくる。

でも、そうした同調圧力をかけてくる相手が最も身近な人だとしたら。夫や恋人に絶え間なく「本当の自分」を隠しつづけて演じる状況ならストレスはさらに大きくなる。

宇多田ヒカルの「俺の彼女」はそんなシチュエーションを歌った歌だ。

俺の彼女はそこそこ美人 愛想もいい
気の利く子だと仲間内でも評判だし

俺の彼女は趣味や仕事に干渉してこない
帰りが遅くなっても聞かない 細かいこと

ちなみにアラサー男の結婚してよかったと思う理想の嫁は、

①連絡をあまりとらない嫁(趣味や仕事に干渉しない)

②朝キスしたいと思える嫁(=そこそこ美人)

③朝5時までなら迎えにきてくれる嫁(=気が利く)

④さっぱりしており粘着質でない嫁(=細かいこと聞かない)

ドンピシャだ。懐が深い女の掌で遊びたいのが男(だろう)と女は思うから、自分をそんな理想的な女性の型にはめ込もうとする。理想のイメージは。。。美人でさわやかで明るくて、Veryに出て来る癒し系の井上遥みたいな感じかな。

あなたの隣にいるのは
私だけれど私じゃない
女はつらいよ 面倒と思われたくない

「相手にとっても理想の自分」を演じる。演じるのは、嫌われたくないから。愛されたいから。そう、面倒と思われたくないから。うーん、ありがち。。。

俺の彼女は済んだ話を蒸し返したりしない
クールな俺は敢えて聞かない 余計なこと

「ねえ、あのとき、なんであんなこと言ったの?」と聞きたい。でも、聞くと「クライ」とか、「しつこい」と言われるだろう。「そんな意味じゃなかった」「いやそうだった」など、水掛け論の言い争いになるかもしれない。言い争うと傷つくし、疲れる。結果が予想できてしまうから時間も無駄だ。表面的な平穏を保つため、言いたい言葉を飲み込む。言いたい言葉が自分の中で内向する。でも飲み込んだからって、忘れられはしない。

あなたの好みの強い女
演じるうちにタフになったけど
いつまで続くの? 狐と狸の化かし合い

演じることにもある程度慣れるとタフになる。でも全然ハッピーな感じがしない。自分は相手を騙している? もしかしたら相手も騙されているって知っている? でも、知っているなら、なぜ言ってくれないの? あんた、騙されて嬉しいの、嬉しくないの? そもそも、なんでそういうちゃんとした話ができないの?

内面でぐるぐるとバーチャルに相手との会話をシミュレートするのだが、現実の相手とは決してそんな会話ができない。

もしかして全部、私の独り相撲?、本当の私を愛してくれる人は誰もいない?、そもそも、なんで私ばかり相手に合わせる努力をしなきゃならないわけ?——と悲しみと怒りが入り交じった感情が心に降り積もる。

本当に欲しいもの欲しがる勇気欲しい
最近思うのよ 抱き合う度に

欲しいよお〜。でも手に入れられないかもしれないものを「欲しい」とカムアウトするのは難しい。相手に思いっきり、どん引かれたら? 「へーっ?お前、そんなこと考えてたの? そんなこと考えるなよおー。愛しているよ〜。深く考えるなよ〜」と能天気に言われたら?

もちろん心がチグハグでも肉体には触れる。セックスできる。慣習的に。すれば慰められる。でも、一体感が得られない。

カラダよりずっと奥に招きたい 招きたい
カラダよりもっと奥に触りたい 触りたい

それが本音。本当の自分が愛されていると感じて、心と身体が一致して、気持ちよくなりたい。

Je veux inviter quelqu’un a entrer
Quelqu’un a trouver ma verite
Je veux inviter quelqu’un a toucher
L’eternite, l’eternite

(誰かに入って来てほしい

誰かに私の真実を見つけてほしい

誰かに入ってきて触ってほしい

永遠を  永遠を)

そう、モノローグの中で彼女の心は完全に現実の「彼」から離れている。彼でも誰でもいいのだ。誰でもいいから本当の私を愛して欲しい。そして永遠=苦しみを忘れさせる過去も未来もない一体感を味わせてほしい。それが本音であり、心の叫び。

すると、突然、男がつぶやく。

俺には夢が無い 望みは現状維持
いつしか飽きるだろう つまらない俺に

この歌の最高に秀逸なのは、この独白だ。これがなければ、女の言いたい放題、愚痴りまくりで終わっていたところだが。

この独白は、「多分、彼は自分こう考えているだろうな〜」と彼女が想像した(or ひらめいた)、想像上の彼の内面、彼女の内省だ。

本当にはっとする。

男の本当の姿は「アラサーの理想の嫁像」を自分の彼女に押し付ける、自己中で平べったい、平均的な男ではない。

彼女が自分に演じていることなど、とっくに気づいている。演じている彼女がハッピーでないことも分っている。彼女をハッピーにできない「つまらない俺」も自覚している。彼女が離れていっても仕方ないという自虐と無力感に苛まれている、野良犬のように悲しい、やさぐれた男。

男の独白に踏み入ると、鮮やかにリアリティが反転する。

「誰かに入ってきて欲しい」と言っているくせに、実際に彼を拒んでいるのは彼女の方。

男は戸惑っている。

「理想の嫁」を演じて欲しいと彼は一言も言っていない。おそらく、彼女にそうなって欲しいとも望んでいない。

愛されるためにありもしない「理想の嫁」を必死に演じて、彼とのあいだに距離感を作っているのは彼女自身だ。

男は自分の女をハッピーにしたいと思って頑張る動物だ。それができない男はアンハッピーだ。

「どうせ俺は。。。」と落ち込む男の悲しい真実。

お互いが自閉的な自己を鏡のように相手に写し続けてアンハッピーになる男と女。お互いに相手を見ているつもりで自分を見ている。ナルシシックなハリネズミ同士の堂々巡り。触りたい、触れない。。。。

もし夫婦カウンセリングに行けば、解決方法は「話し合い」だと言われるだろう。話し合うするにはまず自分の独白(=自己言及的空回り)をカッコに入れて、相手のありのままの本音、言い分を聞くこと。相手の言葉に感情的に反応せず、自己の箱の中に閉じこもらず、相手の立場に立って、相手の気持ちを理解しようとすること。

でも、それはなかなか簡単じゃない。

彼女は「あなたのために演じている自分が苦しい」とカムアウトできるかもしれない。

彼は「演じないでいいんだよ。ありのままの君が好きだ」と言うかもしれない。

でもそんな言葉は言葉だけ。リアリティとは違う。

ありのままって何か。ありのままでいいと言われたから、明日から彼女はありのままの自分になれるのか?

いや、なれない。

だって「ありのままの自分」が自分で分っていないから。自分の真実を見つけていないのは彼ではなく彼女自身なのだ。

アルバムfantomeのほかの歌は、もう「彼」には一切触れず、主に母との関係で自分を掘り下げながら「そもそも自分は何者か?」という分析を進めている。

深いな。宇多田ヒカル。

 

 

Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedInPrint this pagePin on Pinterest

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です