TM瞑想ーー1日2回20分

瞑想はこれまでも身につけたいと思っていました。お寺の参禅、歩きながら自分の足の裏を意識するヴィパッサナー瞑想も、試したこともあります。ヨガのシャバアーサナも一種の瞑想でしょうか。

でも、どんな瞑想も長続きはせず。

長続きしなかった理由は、習い方が中途半端で、やり方が独りよがりだったせいかもしれません。

忙しい日常の中、きちんとメソッドを身につけ、続けていく価値と必然性を見出せきれなかったためでもあります。

そんな中、思いたって、2ヶ月前、TM瞑想の門を叩きました。

料金の高さ(12万円)がネックですが、都内で2−3時間カウンセリングを合計4日受けるだけでメソッドを学ぶことができます。

TM瞑想は、ビジネスマンやセレブなど、世界中の忙しい人たちも実践している瞑想なので、結跏趺坐を組めず、定期的にヨガに通ったり長いリトリートに出たりできない私にも実践できるかもれないと思ったのです。

結果、とりあえずこの2ヶ月、習ったTM瞑想をきっちり1日2回、20分、実践できています!

これからもずっと続けられると感じています。もう、あれこれ瞑想ホッピングしなくてもいい予感もします。

それは、TM瞑想のメソッドがとてもシンプルで、しかも、気持ちの良いものだから。

12万円は、マンツーマンで指導を受けることで、何より瞑想とは気持ちが良いものだ、自分にとって良いものだと思い知るための代金でした。

無になれない。姿勢もきちんと取れない、自分は望ましい瞑想のあり方からずれている。。。確信のなさ、「あるべき瞑想」に縛られていたことが、私の瞑想が今まで長続きしなかった理由でした。

TM瞑想はテクニックであり、ルールもありますが、ものすごい苦労をしないと身につけられないテクニックではないし、日常生活と両立しないものではありません。子供だって学校で身につけて実践できるのですから。

もし、TM瞑想に一番の難しさがあるとしたら、どんな時も、どこでも1日2回20分の時間を捻出する、外部との関わりをシャットアウトする、ということでしょう。それがTM瞑想のルールです。

いつ誰から電話がかかってくるか分からない、数分刻みでスケジュールが決まっている、小さな子供がいるなど、本当に忙しい人にとって、1日2回20分を捻出するのは厳しいかもしれません。

でも、私くらいの人間が、1日40分、作業や外部の情報をシャットアウトすることは、それほど難しくないことが分かりました。

たとえば、イスラム教徒は一日5回、礼拝のためにほかの全てを中断します。

特別な機会だけでなく、日常生活にリセットを組み込むのです。

それができないなら、できるように日常生活を少しだけ変えるのです。

日常生活を大きくは変えられないが、少しなら変えられる。

本を読む代わりに瞑想。作業する代わりに瞑想。人と話す代わりに瞑想。スマホに手を出す代わりに瞑想。外の世界に働きかけたい気持ち、外部から刺激を受けたい気持ちを少しだけ諦めて、瞑想。

TM瞑想の習慣は、とりわけ、朝から晩まで情報にさらされ続けて疲れている現代人に有用と思います。創始者のマハリシは、「これは科学なので、信じようが信じまいが、実践すれば効果は必ずある」と述べています。それは、本当にその通りです。

人によって瞑想の効果は様々なようです。

私にとって、瞑想を始めたからといって、突然、良い人間になるとか、世界の成り立ちが理解できるとか、人間関係が変わるとか、そんな劇的変化はありません。ですが、少なくとも、私の心には前より少しだけ余裕ができ、強迫観念が減ったように思います。

うまくいけばいい、でも、行かなくても構わない。好かれたらいい、でも、嫌われてもOK、みたいな余裕。

そして、ダメ元でもやってみようかな、という意欲と楽観主義。

スポーツ、マッサージ、エステなど、手軽に身体の疲れをリセットを図るツールは世の中にたくさんあります。でも、心のリセットは意外に難しいものです。常に動いているものだから。

旅行に出たりして、心のパラダイムを変えると、不安やストレスなど、心の疲れは一時的にでも解消されます。

1日2回20分のこのシンプルな瞑想は、毎日、小さな旅に出るほどの効果があると思いました。

私にもできるシンプルな瞑想を教えてくれたマハリシ、そして指導してくださったTM瞑想センターのI先生、ありがとうございます。

 

 

 

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心の財布

お金も心も、不安は余裕がないから生まれる。

もし、手金が200円しかなければ、100円の出費はおおごとだ。なにせ、手金の50%が消えてしまうのだから。

でも、もし手金が1万円なら、100円の出費は気にならない。100円は手金の1%に過ぎないから。

10万円があれば、0.1%。

100万円あれば、たった0.01%。100円の出費は心の痛みや不安を引き起こさない。

心も同じだ。

例えば、出したメールがすぐに返ってこない。

それが恋人に出したメールなら、1日中、疑心暗鬼になる。メールが返ってこないのは、忙しいから?返事の内容を考えているから?それとも、もう、私のことを好きじゃないから?

何か、悪いこと言った?

それとも、もしかして、メッセージが届いていない?もしかして迷惑メールのボックスに入っちゃった?携帯が壊れた?

それが、3日、1週間と続くと、不安はもっと大きくなる。

恋人でなくても、クライアント、取引先、友達、家族。

心に余裕がないと、イライラ、イライラ。

もしかして、私が悪いことした?

私とはもう、縁を切りたいと思ってる?

「メール、届いていますか?」と電話しようか?

でも、電話が不在着信なら?

不信が雪だるまになっていく。

電話したら、「ああ、ごめんなさい。忙しかったから」と言われるかもしれない。

そしたら、ホッとする?それとも、「わざわざ、電話させるなよ!思いやりがないな。もう、縁を切ってやる!」とますます頭にくる?

こんな日常生活のイライラは、そもそも、心の手金が200円しかないから生まれる。

財布に余裕がないから、小さな債権に依存する。そこに人生がかかってると思うほど、視野狭窄に陥ってしまう。些細なことで落ち込む。

もし、お財布に1万円あれば、100円の債権のことなんて気にしない。返ってこなくても、大丈夫。

メールが無視されても、この世の終わりじゃない。嫌われたって、無視されたって、この世の終わりじゃない。

大切なのは、自分の財布には1万円ある、って自分に言い聞かせることだ。

幸い、お金と違って、心はいくらでも大きくすることができる。

人に与え続けられる人。そんな人の心の財布にはいつも1万円が入っている。

考えてみれば、私自身、長い時間、随分、小さな負債を作ってきた。貸し倒したこともある。借りたことを忘れたふりをしたこともある。

そんなとき、心の貧しい私を救ってくれたのは、いつだって、余裕のない私を包み込む、心の大きな人だ。

だから、返してくれない人を責めるのではなく、私が自分のお財布を大きくしよう。

大きくするにはどうすればいいかを考えよう。

財布が大きければ大きいほど、たくさんの貸しを作れる。

そして、貸せる余裕のある人が、最後には一番、多くの資産を作るのだ。

たとえ、何度貸し倒れても。

そのことを忘れないようにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ダイエット

恥ずかしながら、10年で10キロ太ってしまいました。怖くて、怖くて、体重計に乗らないで、現実から逃げ続けてました。ですが、昔の服が入らないことで、太ったのは歴然。

この年になると、「太った…..」と客観的にズバリ言ってくれる人もいなくなり、写真を見て、デブを実感する機会も減り、すっかり自分を甘やかしていました(夫と子供は太めになった私をからかっていましたが)。「チャレンジするなら、ダイエットにチャレンジしろよ!」、の老父の一言で、目が覚めました。

これまで、何度かダイエットしてきました。ですが、目標の「○○キロ減」を達成できた試しがありません。逆に言えば、達成できてもできなくても良かったからかも。

絶対、痩せなければならないほど太ってしまったのは、今回が初めて。

ダイエットの情報をウェブで集めてみると、量の多さに圧倒されます。今回ばかりは読むだけで満足してしまうのではなく、実践しなければなりませんから、実践可能な情報を取り込む必要があります。

結局のところ、全てのダイエットの王道は摂取カロリーが消費カロリーを下回ることが全てといえるでしょう。

食べるモノを減らし、運動する。

問題は、どうやってか、ということ。

いつも、”what”はシンプル。情報が分岐するのは”how”のレベル。

脂肪燃焼のカラクリを少しでも知れば、<一ヶ月で5キロ痩せた>のようなダイエット広告の歌い文句がいかに夢想的かがわかります。

1キロの脂肪を燃やすのに必要なカロリーは7200キロカロリー。これを30で割ると240キロカロリー。一ヶ月で5キロ痩せるためには、毎日、1200キロカロリー以上、消費カロリーが摂取カロリーを上回る必要があります。

せいぜい、一日1800キロカロリーくらいしか消費しない私は、一日、600キロカロリーの生活を一ヶ月続けなければ5キロ減は実現しません。

一日600キロカロリーで。1ヶ月なんて、絶対に無理!

かといって一日の消費カロリーを数百カロリー引き上げるような激しい運動を毎日する生活は送れません。

というわけで、現実的でモデレートな、一ヶ月1キロ減 ×10ヶ月 の目標を掲げました。

実践している内容は次の通り。

1 食べないもの:ジュース、クッキー、カステラ系のケーキ、チョコレート、塊の肉、揚げ物、ジャンクフード
2 食べ過ぎた日は、脂肪吸収抑制剤「オルリファスト」を飲む
3 おやつに食べるもの:ひまわりのタネ、納豆、キムチ、果物
4 一日最低10,000歩。週に2〜3回ジムで4キロ走る

朝はアサイーボウルとコーヒー

オルリファスト以外、高価なダイエット食品を使ったり、食餌療法を取ることはしていません。なにせ長期戦なので、日常生活を普通に送る必要があるので。

9月半ばから本格的に始めたダイエット、目下、1.5キロ減と順調に推移しています。夫がかなり私のダイエットに関心を持っているので、コーチ代わりに使っています。「50歳になると代謝が悪くなって痩せない」「運動をする時間がない」など、言い訳はきりがありません。あらゆる言い訳を撃退し、スリムを取り戻りたいと思います。

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【書評】チャーズ―中国革命戦をくぐり抜けた日本人少女

敦煌を旅行中、ガイドのメリーと一緒に、敦煌名物、ロバ肉入り麺のランチをしているときだった。

敦煌名物ロバ肉入りの麺

メリーはフェイクのグッチのリュックを背負い、伊達メガネをかけている。小柄で肉付きが良く、ちょっと稲田朋美に似ている。東京のセブンイレブンでレジ打ちをしていても全く違和感のない中年女性だ。

私はメリーに、「どうして敦煌に住んでいるの?」と聞いてみた。

メリーはこともなげに言った。「父が湖南省から甘粛省に移住してきて、母と敦煌で知り合って結婚したの。でも、父は結局、ここで餓死したのよ」と。

「ガシ」という言葉が刺さった。

メリーが生まれてから、食べ物がなくてお父さんが死んだということは、大躍進か?

敦煌は僻地だから、もしかしたら、大躍進が長引いて物流の麻痺や凶作の影響が長く続いたのだろうか?

好奇心はあったものの、メリーのプライバシーにそれ以上立ち入るのは止めた。政治的なことは話せないかもしれないし。

その代わりに、帰国後に「チャーズ」を読んだ。

「チャーズ」という本の存在は中国に行く前から知っていた。名作との評判が高かった。だが、あえて読む気は起きなかった。

飢餓、暴力、悲惨を描いたノンフィクションは読んでいて辛い。ましてや、それが実話、本人の体験談なら。私にはホラー映画や戦争映画の趣味はないし、もう小学生ではないから、「戦争は怖くて嫌だと思いました」と言うような作文を書く必要もない。

だが、メリーの一言から生まれた好奇心が私を本書に向かわせた。

もちろんメリーの父の死とチャーズの悲劇は別物だ。だが、両方とも中国の大地で起きた悲劇という点で共通点はある。

チャーズは中国建国前後の内戦時の長春で、戦前に満州に渡った作者の遠藤誉さんとその家族が実際に経験したことを、成人後の再構築したノンフィクションのドキュメンタリーだ。

当時、長春の街は国民党軍が支配していたが、その街が共産党軍に包囲された。外からの兵糧攻めに逢った街の人々は、どんどん痩せ、雑草や犬まで食べ、とうとう、人肉市場開設の噂が立つ。街からの脱出を図った日本人家族が街の内外の境界地域であるチャーズで見たものは。。。

緊迫感を持って最後まで一気に読了した。

兄弟が餓死すること、餓死者の上で眠ること、死んだと思っていた人の手が動くこと。。。。やはり描写はリアルで、とんでもなく怖かった。

肉体的苦痛を想像して戦慄したら、あとは自動的に「平和で豊かな日本で生まれ育ったことに感謝」の思考モードになってしまう。

特攻隊、戦艦大和、原爆、アウシュビッツ、東京大空襲、ベトナム戦争。7時のニュースで流れるひどい殺人、事故、災害などの悲劇。

全部、そうだ。

私たちはそれらを見聞きして、「怖い。。。」と思い、そういう恐怖がない「今の日本の自由で平和な日常」をありがたいと思う。そして、悲劇の教訓を探し、悪の根源を探し、それを憎むことで小市民的な精神の安定を得ようとする。

だが、本書の一番の怖さは、「そんな小市民的な感慨は無駄だ!」と読者を突き放すところだ。

「現実は、そんなもんじゃないんだよ」、と遠藤さんは言う。「それは、日本の侵略が悪い。。。」とか、「中国共産党の独裁が悪い。。」というようなものではなく、「戦争が起きないようにするには。。。」「家族の死を無駄にしないためには。。。」と考えること自体がそもそも間違っている、と言う。

チャーズは完全に国民党軍と共産党軍の馴れ合いによって起きた人災であり、数十万の人々の非業の最期には意味がなく、そこから教訓も引き出せない、と言う。自分たち家族や多くの人の肉体的苦痛が無意味で不条理だったと遠藤さんは言う。

チャーズの真因は、中国の厳しい原野の気候風土と「大地の法則」にある。それが本書の結論だ。人命をあまりに滑稽に弄び、個人の人生の価値を無意味化してしまう中国の大地の法則そのものを畏怖している。

それは法則なのだから、チャーズは不条理でなく条理だったのかもしれない、とすら言う。

さらに、遠藤さんは「もう嫌!たくさん!忘れたい!」と言いつつ、そういう中国の大地が同時に持つ、暖かい包容力、寛容さ、命を育む力に魅せられて、その後も中国と関わりを続けることを選んでいるのである。

個人に降りかかれば、一生に一度、驚天動地の悲劇であるチャーズも、鳥瞰的に見れば、それは繰り返されている。中国では似たような悲劇、人災が繰り返されてきた。チャーズの前には様々な内乱、その後にも、大躍進、文化大革命。。。。

もしそれが不可避な「大地の法則」なら、今後も、それは起きる可能性はあるし、法則なら起きるのが必然ということになる。

やれやれ。

メアリーは父の餓死の話の後、「息子がウィーチャットにハマっている件」をひとしきり話した。周囲を見回せば、上海や広州から来た裕福な観光客が嬌声をあげながらスマホで自撮りしている。

もしかしたら、満ち足りた様子の観光客の親兄弟は、もしかしたら、拷問死したり餓死したりしているのかもしれない。

いや、観光客自身が10年後にはチャーズの生き地獄を体験するのかもしれない。

食べきれないほどのご馳走を食べた私たちに、「食事は足りた?満足だった?満足だったらアンケートに、『満足だった』って書いてね」、とメアリーは笑って優しく言った。

世の中はシュールでグロテスクだ。

 

 

 

 

 

 

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中国旅行(4) 敦煌のソリ運び男

敦煌という町

砂漠のオアシス都市、敦煌はシルクロード河西四郡の最西端の都市だ。

新疆ウィグル自治区はすぐ隣だが、漢民族が人口の99%を占めている。一帯一路構想の戦略的立地にあり、観光で潤っている町は小さいながら、なかなか綺麗なところだ。

スイカ売りの三輪車。1個5元

敦煌のシンボルは飛天

昨年のシルクロード国際文化博覧会の会場となった劇場。度肝を抜くスケール

シルクロードの歴史よりも美術よりも、敦煌で心に残ったのは観光地で働く動物とヒトだった。

ラクダの隊列と観光ガイド

砂の砂漠をラクダの隊列が行く鳴沙山月牙泉。実にインスタ映えするスポット。

ラクダに乗っているのは全員、観光客

直射日光がギラギラと照りつけている。観光客は日焼け止めクリームをベタベタと塗った後で、布を体に巻きつけて完全武装して、にわかベドウィンになる。

生まれて初めて見るラクダの隊列。ラクダは意外と小さい。

「ラクダ、可愛いね!

「ラクダも大変よ。なにせ朝5時から働いてるんだからね」——中国人ガイドのメリーが低い声で言った。

メリーは自分が寝不足で辛いから、そう言ったのだ。

観光地のラクダ同様、ガイドの仕事は過酷だ。私たちの飛行機が遅延したせいで、一昨晩、彼女は夜中の2時まで私たちの到着を空港で待っていた。もし飛行機の到着が朝になったら空港で徹夜をしていただろう。それでも翌日の観光は8時から始まる。

観光は無数の黒子のおかげで成り立っている。ガイドのほかに、ホテルでシーツを替え、部屋を掃除する客室係。レストランの調理人やウェイトレス。運転手、切符切り、マッサージ師など。。。

観光に関わる仕事の多くは合理化が難しく、したがって生産性が低く、低賃金で非正規の労働が多い。そういう黒子たちの苦労のおかげで、快適で楽しい旅行ができる。

砂漠の滑り台

ここを滑る

鳴沙山はその名の通り、「砂が轟々と鳴る」ことで有名なスポットだ。風の侵食により砂に空いた天然の微細な孔のせいで、晴れた日に風が吹くと、砂同士の摩擦により、管弦や兵馬が打ち鳴らす太鼓や銅鑼の音のように聞こえる、という。そして、その音は、砂の上を人が滑ることでも聞こえるらしい。音を聞きたい多くの観光客のために、砂滑りコーナーがあった。

下で待っていて、砂滑りが終わったソリを回収する

快適に砂の上を滑るため、観光客には砂滑り用の木製のスノコのようなソリが貸し出される。砂山の頂上で、一台10元(160円)を払って業者からソリを借りて、ズズーっと滑るのだ。そして、滑りきった先で待っている業者にソリを返す。業者の男たちは返されたソリが7台集まるのを待ち、集まると、それらを背負って再び山のてっぺんまで運んでいく。

ひたすらソリを下から上に運んでは観光客に滑らせる、というシンプルなビジネス。

砂漠の体感温度は50度。朝5時から夜9時半までカンカン照りだ。そんななか、7台のソリを担いだ男たちは腰を曲げて、喘ぎながら、砂を踏みしめて険しい山を登っていく。一回の山登りにかかる時間は30分くらいだろうか。

男たちは汗を滴らせ、顔を歪ませ、「ウー」とか「ウォー」とか、雄叫びをあげながら、登る。登るすぐ、下りる。そしてソリを集めてまた登る。それを延々と1日中、繰り返す。男たちは砂漠の炎天下に1日中、肌を焼かれながら、ソリを運び続ける。

日焼けや熱中症どころの話ではない。そんな仕事は皮膚にも体にも良いはずがない。1台160円のソリを1回7台担いで、約1,000円。一日に何回、往復できるのだろうか。胴元のマージン、ショバ代、ソリの減価償却を入れれば、このソリ運び男たちの1日の稼ぎは2,000〜3,000円くらいだろう。

 

身体を資本にした肉体労働は人間の仕事の基本だ。全身の力を使って休みなく働き、それでもやっと食べいけるかいけないかのカツカツの生活。産業革命が起きるまで、世界の大半の人がそのように生きていた。私の祖先も、そうやって命を繋いできた。

21世紀の今も、世界にそういう人はたくさんいる。シンガポールの道路工夫。デリーの人力車引き。マニラのスカベンジャー(ゴミ漁り)。

AIもシンギュラリティも、全く関係ない世界。。。

観光客はキャーキャーと無邪気に歓声をあげて楽しんでいる。その横でソリ運び男は黙々と運び続ける。

 

マスツーリズムのど真ん中の中世

システム化されたマスツーリズムの底辺に、まるで中世そのままの仕事があった。

鳴沙山のラクダやソリ運びの男たちのリアルな汗と苦しみを見たら、シルクロードの歴史や美術はもう、どうでもよくなってしまった。

人余りの国に行くと、少子化も悪いことばかりではない、と思う。労働力の供給過剰なら、労働者を守る規制など生まれない。どんなに辛い仕事でも、それで現金が得られるならいくらでもやりたい人がいる。

だが、人が余っていれば、人の労働の値段も命の値段も安いままだ。

私の触れ合う人たちは、どのような人たちで、その人たちのもらっているお金はどれくらいで、どんな風に暮らしているのか?

人件費が高い国では、こんな仕事は成り立たない。アメリカでも日本でも、こんな仕事は機械がやる。

ここでも機械が導入されたら、過酷な労働はなくなる!

だが問題は、そうしたら人々が食べていける仕事そのものもなくなってしまう!

そうしたら、男たちはどうやって生きていく?

なら、どんなに辛い仕事でも、やはり、ないよりあった方がいいのか?

イエス。 あった方がいいのだろう。

だが。。。。人身売買や、少女売春や、児童労働は禁止されている。なら、あまりに過酷な低賃金の肉体労働はどうか?なら、動物の酷使はどうか?

結局、ラクダやソリ滑りはしなかった。10元が惜しかったからではなく、ラクダやソリ運び男がかわいそうすぎて、できなかった。

敦煌のソリ運び男に幸あれ。

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中国旅行(3) フライト遅延、キャンセル

教訓:

  1. 中国ではマスツーリズムが爆発中。旅行人口の急激な拡大のせいで、インフラが追いついていない
  2. 中国の国内便の運行は不安定。移動に飛行機を使うことは大きなリスクがあることを認識すべき。ましてやいくら安くても第三国へのトランジットに中国の空港を使うことは絶対避けるべし
  3. 中国の航空会社(私のケースはエアチャイナ)はトラブル発生時にルールに基づく対応がされない。非常時には「早く情報を得たもの」「ごねた者」が得をする。

 

今回の9日間の中国旅行は、飛行機の遅延、キャンセルのせいで、帰国が一日遅れた。北京、敦煌、夏河と、飛行機と鉄道を組み合わせて順調に楽しく移動しつつ迎えた8日目。あとは北京1泊して早朝に羽田便に乗り継ぐだけ、となったところでトラブルは起きた。

夏河からの飛行機が到着した西安の空港ターミナル。出発ボードの中国国際航空西安-北京便に”delayed”の文字。これがケチのつき始めだった。はじめは、「北京到着が遅れれば、ホテルに着くのも遅れて睡眠時間が短くなっちゃう」くらいに思っていた。

ところが甘かった。ボード上の予定出発時間はどんどん、遅くなる。夜10時まで待って、とうとう表示は突然、”flight cancel”に変わった。

飛行機の遅れやキャンセルは、どの国でもある。ただ、普通は天候や機材の整備などの「飛べない理由」が示される。トランスファーなどの問題があれば、代替案も示される。

ところが今回は違った。西安空港のアナウンスはひたすら、「(北京)空港が混んでいる。。。」というだけ。飛行機が飛ぶ可能性は?飛ばなかったらホテルは提供される?フライトキャンセルのせいで、乗り継ぎ便に乗り遅れたらチケット代は補償される?新しい乗り継ぎ便を、どのタイミングで、どう予約しなおせばいい? これらの疑問は最後まで晴らされなかった。

頼みの情報源のスマホも、中国国内の規制のせいでウェブ環境が悪い。旅行をコーディネートしてくれた中国の旅行代理店の担当者の携帯にも電話したが、何せ、夜の10時。彼女もお手上げのようだ。

抗議する私たちに、搭乗口の係員は「航空会社は欠航の責任は取らない」の一点張り。なぜか中国人の乗客は割と落ち着いていて、潮が引くように搭乗口から消えていった。「絶対、明朝、北京に着かなきゃならないんだ!明日の飛行機をどうやって予約すればいいんだ!」と係員に叫び続けるのは外国人、つまり私の夫とスペイン人の夫婦だけだった。

なぜ、中国人は抗議しないのか?不思議なのは、北京行きだけではなく、出発ボードの表示が「フライト・キャンセル」だらけなことだった。西安だけではない。蘭州でも敦煌もそうだった。一体、中国人はいつもこんな不安定な運行に慣れているんだろうか?

後で聞いたところ、嘘か本当か、中国の国内便は、単に乗客数が少なく採算が取れないとわかった段階でキャンセルされるらしい。乗客はホテルと代替便を提供されて、翌日出発する、というだけ。客は金さえ損しなければ、多少の時間の損には目を瞑るというわけだ。

国内便は遅延、欠航だらけ

深夜の西安空港の中国国際航空のカウンターで、私たちは気を取り直して翌日の北京行きフライトを予約した。私たちの悲壮な顔に係員の言葉はミステリアスだった——

「なるべく、キャンセルになりにくい便がいいわよね。じゃあ、出発時間は少し遅いけど、これじゃなくて、あれにしましょ」。

そう。どうやら、中国にはキャンセルされやすい便と、されにくい便があるらしい。

もう、どう頑張ってももう、翌朝の北京-羽田便には間に合わない。私たちは西安空港の地下のホテルにチェックインした。もちろん、自弁だ。携帯を充電し、中国国際航空に電話して、翌日の北京-羽田便を早朝便から午後便に変更した。「本当に午後便でいいんですね?明日の便にしときなさいよ。また乗り遅れても知りませんからね」と、電話の向こうのオペレーターは言った。

案の定、翌朝の西安-北京便も出発が遅れた。電話でのオペレーターの懸念通り、”delayed”の表示のまま、とうとう、午後便も乗り遅れる時刻になってしまった。私たちはもう、かれこれ、24時間も西安空港に閉じ込められている。なぜ飛ばないのか、理由がわからないままに。ようやく飛行機が飛んだのは夜6時も回った頃だった。

夜遅く、到着した北京空港のカウンターは、チケットの再予約、補償、ホテルの手当てなどを求めるあらゆる国籍の乗客でごった返していた。

私たちはカウンターで手を挙げ、叫び、係員にねじ込んで、なんとか、翌日の北京-羽田便への再振替(を証明する小さなメモ)を勝ち取った。

今晩もホテルは自弁かと覚悟していたら、「一人200元(3200円)の補償があるらしいです。それで各自、近くのホテルを予約するらしい」とそばにいた日本人が教えてくれた。

それで、その「200元補償」の長蛇の列に並んでいると、今度は突然、「エアチャイナからホテルが提供されるよー。こっちこっち!早く!」と、日本語を喋る中国人の男が私たちを呼び寄せる声が響いた。

ガセか。。。と思いつつ、私たちはその男のいる方に吸い寄せられ、列を離れた。補償の列のうち、半分はホテルを選び、残りは200元の補償の列に残っていたようだった。

人生の選択は常に非対称だ。人は自分の選択したものの価値がまだわからないうちに選ばなければならない。

不安な気持ちでバスに揺られて30分弱。暗闇に出現した巨大な高級ホテルに到着した。一部屋2万円くらいだろう。一人200元の補償よりずっとお得感があった。男の情報のおかげだ。

普段は航空会社のスタッフが使っているのだろうか?こんな立派なホテルが丸々、乗客の補償用に空っぽな状態にあるに驚く。だが、さすがい全ての補償客を収容できる規模ではないのかもしれない。

夕飯は中国2,3品の平凡なバイキングだったが、お金を払ってビールも飲めた。シャワーですっきりし、ふかふかの快適なベッドで就寝した。

翌朝4時半に起床、5時にはバスで再び空港へ。この時間からすでに北京空港の出発フロアは大混雑だった。

案の定、羽田行きの便にはまたもや”delayed”のマークが付いた。この48時間の経験のせいで、遅れくらいでは驚かなくなっていたが。

空港に居合わせた日本人の何人かから話を聞いた。

その多くが私たちと同じか、それを上回る苦労をしていた。新疆ウィグル自治区を回るはずが、欠航のせいで行きたい所に行けず、帰国する二人組。北京経由の格安航空券で、カナダで夏休みを計画していたのに、やっとハンクーバー便が飛ぶころには、もう夏休みが終わりかけだという女性。。。。私たちは旅行の最終盤でトラブルに見舞われたのがせめてもの救いだったと言える。もし、旅行の最初にこうなっていたら、と思うと、せめての幸いだ。

結局、若干の遅れで北京-羽田便は無事、離陸した。やっと、帰れる。ほっぺたをつねりたい気分だ。

島国日本人の想像を絶する無秩序、大雑把、小さな個人の権利。中国という国の荒々しい姿を体感できた貴重な旅だった。

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中国旅行(2):チベット、夏河、ラブラン寺

2008年の騒乱以降、チベット自治区内は外国人は個人旅行ができなくなっている。だが、それ以外の「チベット文化圏」の旅行は自由だ。15日以内の中国旅行の枠内でノービザで行くことができる。

チベット人人口の半分程度はチベット自治区以外に住んでいる。チベット文化圏はチベット自治区(TAR)以外にも、四川省、雲南省、青海省、甘粛省に広がっている。

https://tibetantrekking.com/wp-content/uploads/Tibet-Map-Large.jpg
AmdorとKhamの地域はチベット自治区に入っていないチベット文化圏

というわけで、今回は甘粛省の甘南蔵族自治区を訪問した。

私にとって2度目の「中国国内」チベット文化圏の訪問だ。

甘粛省の州都、蘭州を9時に出発して車で南西に進む。

蘭州駅。敦煌から高速列車で着く駅はこの旧駅から1時間ほども離れたところにある新しい駅だった。

途中、モスクが点在する回族の居住区(臨夏回族自治州)の永靖で回族料理のランチを食べた。

中華料理だが、豚肉の代わりに羊肉、ご飯の代わりにパン。。み物は、ジャスミン茶にナツメや氷砂糖などをいれたものだった。イスラム教徒の店なのでビールはなし。

羊肉は生のニンニクと一緒に食べるとよいとのこと。

 

見た目は綺麗だが、味は薄くてそんなに美味しくなかった

出発前はウィグル族と回族の違いすらわからなかったが、旅行しているあいだにわかるようになった。

回族はイスラム教徒だが中国語が母語。漢族と雑居している。

回族の清真料理のレストランは中国の至るところにある。日本にないのが不思議なくらい?回族の男性は白い帽子をかぶって、地味な服を着ている。

一方のウィグル族はトルコ系でウィグル語。主に新疆ウィグル自治区にまとまって住んでいる。

3時くらいにチベット文化圏、夏河(サンチュ)に到着した。チベット人の居住地域が近づくごとに高度が上がり、気温が下がり、快適な草原地帯になる。サンチュは標高2900メートル。さいわい、家族の誰も高山病の症状はほとんど出なかった。

中国の平原はどこも夏、暑いから、涼しい草原地帯のチベットは漢民族にとっても格好の行楽地になっている。

中国はマス・ツーリズムが爆発中。マイカーの個人旅行も多い。

ラブラン寺の前には広大な駐車場と巨大なレストランが整備されていた。

遊牧民の生活様式、チベット仏教の深い信仰、独特のランドスケープ。チベットは、日本人にとってと同じくらい、中国人にもエギゾチックなのだと思う(中国にもチベットにハマる若者がいるらしい。「蔵漂」と言うそうだ)。

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征服民は、非征服民を完全に支配し、人畜無害化する。そうしてしまったあとで初めて、「ここには何かがある!」とその文化が愛せるようになるのかもしれない。

ラブラン寺の周辺の草原では、チベット人遊牧民の定住政策が進められていた。

遊牧生活で家畜が草を食べ過ぎると草原の環境に悪い影響を与えるから、放牧地域を制限している、というのが中国の公式の説明だ。

一方、インドのチベット亡命政権は、「ちがう。数千年のあいだ、チベットの遊牧民こそ草原をサステイナブルに管理してきた。チベット人を置き去りにした中国による採掘や漢民族の移住、鉄道や軍事施設の建設が環境破壊をもたらしている。チベット草原を遊牧民の手に返せ!」と主張している。

中国がチベット族遊牧民による抗議を激しく鎮圧

 

中国は遊牧民を「近代化」し、その生活水準を引き上げようとしている。

どんな国も、国民の生活を「近代化」し、その生活水準を引き上げようとするものだ。

そして、「近代化」の度合いは、年収や識字率や医療へのアクセスや平均寿命によって測られる。

かりにチベットが独立国だったとしても、やはり自国を近代化しただろう。だから、遊牧民の生活は、たとえ中国の関与がなくてもやはり、昔ながらのままではないだろう。

歴史を紐解けば、遊牧民が農耕民族を圧倒した時代もある。むしろ、その時代の方が長いほどだ。モンゴルの遊牧民は中国に侵入し、そこの農民の生活を見て、不潔で暑苦しい環境でチマチマと暮らしている中国人を心から軽蔑した、という。

だが、時代が進んで近代になると、遊牧民の分はどんどん悪くなっていった。

「この人たちは計算ができない。怠け者だし仕事が遅い。祈ってばかりで非生産的。一生お風呂に入らない人もいる。女性はパンツも履いていないし、家にはトイレもないのよ」ーー若い美人の中国人ガイドはチベット人についてそう言った。

定住して遊牧しなければ、一世代で遊牧のし方も完全に忘れてしまうだろう。

1日中、やることがなく、ブラブラと定住地区を手持ち無沙汰にうろつく若者たち。観光客に踊りを見えたり、馬乗りをさせたり、テントの中でチベット服で写真撮影することでかろうじて現金収入を得る人たち。その横で大量の観光客向けの大規模な土産屋を牛耳っているのは漢民族ばかり。

 

アリゾナを旅行したときに見た、インディアン居住区のインディアンと似ていた。

物質的には良くなっている。でも文化や自活力は刻々と失われている。

プライドや自主性を剥ぎ取られ、茹でガエルのように二級市民、見世物としての存在に落とし込まれていく。言葉も、コミュニティも、協力し、再生産していく力も考える力も剥ぎ取られていく。。。

2010年以降、焼身自殺を選ぶチベットの若者が理由がなんとなく理解できるような気がした。

焼身自殺しか策がないチベットの悲劇

もし、チベットが独立国で、チベット人がチベット高原を自分の国として管理していたら、彼らはどのように暮らしていたのだろうか?

もし、これから中国から独立を勝ち得たら、チベット人はチベットをどんな国にしようとするだろう?

中国が分裂したら?

そんなことを考えながら、草原を歩いた。

遊牧民は、踊りを踊ったり、馬に観光客を乗せたり、「観光」が生きる道担っている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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中国旅行(1):万里の長城、紫禁城

夏休み、北京と甘粛省を旅行した。

空港、ホテル、道路、観光施設。。。中国はなんでも日本より一回り大きい。それが今回の旅行の一番の感想。

社会主義が壮大さを好む、ということもあるだろうし、国土も人口も多いから、なんでも大きい方が便利、ということもあるだろう。

中国以外だと、アメリカもなんでも大きい。だが、その大きな理由は、アメリカ人の身体が大きいから、という気がする。

では中国人はどうか、というと、身長や体重はほぼ日本人並み。

個人の体格に合わせてモノが大きいのではない。

また経済成長して豊かになったから、大きく作れるようになった、ということでもなさそうだ。豊かでなかった時代のモノも大きいのだから。

民族的特徴でもないと思う。同じ中国人の国である台湾や香港、シンガポールに行っても「何でもでかい!」とは感じない。

万里の長城、紫禁城、莫高窟。。。今回、訪れた名所旧跡はため息がでるほど大きかった。

紫禁城

中国のモノが大きいのは、統治範囲が広く、社会が大きく、権力の集中が激しいから。つまり、中国が帝国だからだ。

中国から日本を訪れる中国人は、私たちの国を小人の国のように感じ、その小ささに感動するのではないか?あらゆるものが箱庭みたいに華奢で、きめ細かい日本。。。

アメリカが大きい国になったのは、現代的な輸送手段や石油文明が発達してからだが、中国は近代の科学技術が発達していない昔から大きな国だった。

中国は他のどこの地域より前から統治機構が発達し、通商が盛んで、中国人は土木建築技術に優れていた。

アメリカは小さい共同体が集まって大きくなった感じがある。一方、中国はそもそも社会がもともと大きい。

中華帝国に比肩する世界帝国はローマ帝国だろう。ローマ時代の土木建築はやっぱり、大きい。

ローマ帝国はとっくの昔に滅びたが、中華帝国はバリバリの現だ。

ローマの支配地域は現在、小さい国民国家=ヨーロッパ諸国に「分裂」している。分裂した状態が当たり前となり、現在に至る。

これに対し、いまでも中国は統一されている。今も始皇帝が統一した時代の中国と同じだ。それどころか、チベットやモンゴルやウィグルも併合しているから、古代の時代よりもっと大きくなっている。

そこに13億人が住んでいる。人口は日本の10倍、アメリカの4倍。その13億人が、北京語を話し、ウィーチャットを使い、アリババで買い物している。同じ制度、統治機構の下で暮らしている。

アリババのマーCEO。成功も桁外れ

大企業と中小企業では統治の原理も成功の定義も個人の行動様式もまったく違ってくる。

それと同じくらい日本と中国には感覚の違いがある。

ちなみに、日本の10大都市の人口はこんな感じ。

1 関東大都市圏 3,692
2 近畿大都市圏 1,934
3 中京大都市圏 910
4 北九州・福岡大都市圏 551
5 静岡・浜松大都市圏 274
6 札幌大都市圏 258
7 仙台大都市圏 217
8 広島大都市圏 210
9 岡山大都市圏 165
10 新潟大都市圏 142

(万人、ウィキベディアより)

一方の中国はこんな感じ。

1 広州 4,429
2 上海 3,596
3 重慶 3,016
4 北京 2,150
5 抗州 2,110
6 武漢 1,978
7 成都 1,800
8 天津 1,600
9 西安 1,356
10 済南 1,300

(万人、ウィキベディアより)

日本は同質的、東京一極集中の雁行型。一方の中国はさまざまな勢力を力づくで統一している感じ。

日本と中国、日本人と中国人。そんな風に二項対立で考えることがそもそもナンセンスに感じられるほどアナザーワールド感たっぷりの今回の中国旅行だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【書評】ベーシック・インカム——BIは超リバタリアンな思想だった

 

ベーシックインカム。全ての国民が最低の所得を国から給付される制度についての入門書。

「最低限の健康的で文化的な生活」のために、赤ちゃんを含め、全ての国民一人一人が死ぬまで年84万円をもらえる。4人家族なら336万円。住む家さえあれば一生、働かないでもやっていけないこともない水準。。。

何もしなくてもお金がもらえるなんてパラダイス。でも税金は高くなるだろう。何もしなくてもお金がもらえる。そして働けば重税。そんなことになれば、誰も辛くてイヤな仕事をしなくなるだろう。すると社会が再生産されなくなるだろう。第一、膨大な公的債務と社会保障費に喘ぐ日本の財政にそんな余裕、あるはずない。。。。

そんな批判を筆者は十分見越している。筆者は左派のユートピア思想家ではない。元官僚、金融と財政のプロだ。その人がベーシックインカムは正しく、しかも財源的にも問題ないと言っている。

財源的に問題ないのは、ベーシックインカムはおよそ全ての既存の所得再分配政策を代替することを前提としているからだ。具体的には、公共工事、年金、扶養手当、子ども手当、農業補助金、林業補助金、生活保護、医療保険、失業保険、文化スポーツ補助金など。これらの手当や補助金は不必要な仕事を作り出し、社会の生産性を削いでいる。これらを全部、廃止してしまえば、ベーシックインカムの財源など軽く捻出できる。

そう、ベーシック・インカムは無駄な政府の介入をやめさせると意味でむしろ、右派的、自由主義的な思想なのだ。その最も著名な提唱者は新自由主義の宗祖ミルトンフリードマン。どうりでホリエモンがベーシック・インカムを支持しているわけだ。

人は一人で生まれることも死ぬこともできない。不慮の事故、失業、天災などのリスクに囲まれて生きている。所得を失い、貧困に沈む危険はだれにでもある。本書は社会の相互扶助機能が、家庭から会社、会社から国家に順繰りに移っていった歴史を振り返る。今、企業が社員の社会保障負担に耐えられなくなりつつあり、それが非正規雇用が増えている根本原因だ。なら、(グローバル競争にさらされている)企業を社会保障の役割から完全に解放するためにも、ベーシックインカムで国が国民の面倒を見るべきだという。

こう読むと、ベーシック・インカムの歴史の必然にすら見えてくる。

だが、そんなに簡単にいくだろうか?

もしベーシックインカムを真剣に是と考える政治家が出現し、既存の制度を真剣にベーシックインカムで代替しようとすればどうだろう?

厚生労働省の仕事はほぼなくなり、国土交通省、農水省、年金事務所、福祉事務所の規模と機能は根本的に変わる。医療業界、建設業界、運用業界、保険業界などの利権、権益は失われる。市役所や区役所の仕事も半分以上なくなる。

年金も公共事業も止めてベーシックインカムに一本化。。。それは、国家の仕組みをゼロから変えるもので、実現すれば明治維新クラスの革命だろう。官僚は反対。族議員も反対。既得権益層も反対。

賛成するのは何の既得権もないが投票権もない子供たちだけかもしれない。

そして、そんな子供たちがベーシックインカムを手に入れたとき、果たして本当に、社会に必要な労働が供給され続けるのか。ベーシックインカムの財源が確保され続けるのか。未知数なことはあまりに多い。

ベーシックインカム。「最低限の健康的で文化的な生活」のために、赤ちゃんを含め、全ての国民一人一人が死ぬまで年84万円をもらえる。4人家族なら336万円。住む家さえあれば一生、働かないでもやっていけないこともない水準だ。

働かなくてお金がもらえるなんてパラダイス。でも税金は高くなるだろう。何もしなくてもお金がもらえる。そして働けば重税。そんなことになれば、誰も辛くてイヤな仕事をしなくなるだろう。すると社会が再生産されなくなるだろう。第一、膨大な公的債務と社会保障費に喘ぐ日本の財政にそんな余裕、あるはずない。。。。

そんな批判を筆者は十分見越している。筆者は左派のユートピア思想家ではない。元官僚、金融と財政のプロだ。その人がベーシックインカムは正しく、しかも財源的にも問題ないと言っている。

財源的に問題ないのは、ベーシックインカムはおよそ全ての既存の所得再分配政策を代替することを前提としているからだ。具体的には、公共工事、年金、扶養手当、子ども手当、農業補助金、林業補助金、生活保護、医療保険、失業保険、文化スポーツ補助金など。これらの手当や補助金は不必要な仕事を作り出し、社会の生産性を削いでいる。これらを全部、廃止してしまえば、ベーシックインカムの財源など軽く捻出できる。

そう、ベーシック・インカムは無駄な政府の介入をやめさせると意味でむしろ、右派的、自由主義的な思想なのだ。その最も著名な提唱者は新自由主義の宗祖ミルトンフリードマン。どうりでホリエモンがベーシック・インカムを支持しているわけだ。

人は一人で生まれることも死ぬこともできない。不慮の事故、失業、天災などのリスクに囲まれて生きている。所得を失い、貧困に沈む危険はだれにでもある。本書は社会の相互扶助機能が、家庭から会社、会社から国家に順繰りに移っていった歴史を振り返る。今、企業が社員の社会保障負担に耐えられなくなりつつあり、それが非正規雇用が増えている根本原因だ。なら、(グローバル競争にさらされている)企業を社会保障の役割から完全に解放するためにも、ベーシックインカムで国が国民の面倒を見るべきだという。

こう読むと、ベーシック・インカムの歴史の必然にすら見えてくる。

だが、そんなに簡単にいくだろうか?

もしベーシックインカムを真剣に是と考える政治家が出現し、既存の制度を真剣にベーシックインカムで代替しようとすればどうだろう?

厚生労働省の仕事はほぼなくなり、国土交通省、農水省、年金事務所、福祉事務所の規模と機能は根本的に変わる。医療業界、建設業界、運用業界、保険業界などの利権、権益は失われる。市役所や区役所の仕事も半分以上なくなる。

年金も公共事業も止めてベーシックインカムに一本化。。。それは、国家の仕組みをゼロから変えるもので、実現すれば明治維新クラスの革命だろう。官僚は反対。族議員も反対。既得権益層も反対。

賛成するのは何の既得権もないが投票権もない子供たちだけかもしれない。

そして、そんな子供たちがベーシックインカムを手に入れたとき、果たして本当に、社会に必要な労働が供給され続けるのか。ベーシックインカムの財源が確保され続けるのか。未知数なことはあまりに多い。

どう考えても実現は難しい。実現するとしても、既存の制度の上にハリボテのようにくっつけられた、当初のシンプルな発想からはほど遠いものとなるだろう。

それでも、そんな過激な思想を日銀審議委員が提唱しているということ自体ががすごい。

なお、筆者は文中で、「富は必ずしも正当なものではないが、社会が安定するためには正当なものだと人々に感じられることが必要」と述べている。これは読めば読むほど不思議な表現で、よくわからなかった。「正当ではない富を、正当な富と思わせる」ためには「ウソ」が必要だ、ということで、欧米によるアジアの植民地化を「正当でない」と否定した(近衛首相が)アジアの共産化をもたらした(元凶)として批判している。この部分は舌足らずで他の部分と噛み合っていないで不思議だった。

それでも、そんな過激な思想を日銀審議委員が提唱している、ということ自体ががすごい。

なお、筆者は文中で、「富は必ずしも正当なものではないが、社会が安定するためには正当なものだと人々に感じられることが必要」と述べている。これは読めば読むほど不思議な表現で、よくわからなかった。「正当ではない富を、正当な富と思わせる」ためには「ウソ」が必要だ、ということで、欧米によるアジアの植民地化を「正当でない」と否定した(近衛首相が)アジアの共産化をもたらした(元凶)として批判している。この部分は舌足らずで他の部分と噛み合っておらず、不思議な気がした。

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【書評】ハリネズミの願いーーつながりたい気持ちと自意識過剰

ノンフィクションばかり読んできましたが、実に久しぶりに外国の小説。

昔の石井桃子さんの本みたいな、可愛らしい装丁。ドキドキします。

ハリネズミの願いはひととつながること。誰かと一緒にいて共感する幸せを味わいたい。

それは人の普遍的な願いでしょう。

それでハリネズミは招待状を書きます。紅茶とケーキを用意して誰かが来るのを待ちます。

待ちながら、招待されたひとの気持ちを考えてくよくよするーー迷惑かな。どうせ、みんな忙しいだろう。僕のハリが怖いだろう。僕の家はみすぼらしいし、きっと紅茶とケーキは嫌いだろう。。。

それに、来てくれたとしても、そいつがイヤな奴かもしれない(ハリネズミは自分に自信がないくせに自我が強い。気位が高く、好き嫌いが激しく、他人に厳しい。それが彼の「ハリ」なのです)。

ハリネズミは誰にでも来て欲しいわけではありません。共感して幸せを感じられる人と出会いたいのです。

でも、どうやったらそんな人に会えるのか? 会うためにどうしたらいいのでしょうか? 家をもっと綺麗にしたらいいのかな? 自分のハリを抜いてしまえばいいのかな? 何かに擦り寄ろうとしても、何に擦り寄ったら正解なのか、わからない。

それでハリネズミは不安の中で楽観と悲観、自尊と自己卑下のあいだを揺れ動きます。悲観が極まると、どうせ嫌な思いをするなら独りがいい、とやせ我慢します。

そのくせ、すぐに人恋しくなる。期待し、妄想することを止められません。

ずっと内面のシーソーゲーム、独り言が続きます。

色々などうぶつがハリネズミの家を訪れます。現実と妄想の中で、ハリネズミの家をぶっ壊すなど、変な、ひどい動物が登場します。「良い」動物もいます。ハリネズミをほめ殺すコフキコガネや、美しい歌で深い感動を与えるナイチンゲール。だが、それでもハリネズミは満足できません。一方通行で、心のふれあいがないからです。

最期の最期、ハリネズミはやっと求めていたものを手に入れます。自意識の檻から出られ、不安がなくなり、ぐっすり深く眠れるようになります。

物事は起きるときには起き、出会えるときには出会える。そこに至るには、正解もノウハウもありません。

自意識過剰と寂しさを抱えた人にとっては、どんなリアルな物語よりリアルな物語。私にとって星5つでした。

 

 

 

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