中国旅行(4) 敦煌のソリ運び男

敦煌という町

砂漠のオアシス都市、敦煌はシルクロード河西四郡の最西端の都市だ。

新疆ウィグル自治区はすぐ隣だが、漢民族が人口の99%を占めている。一帯一路構想の戦略的立地にあり、観光で潤っている町は小さいながら、なかなか綺麗なところだ。

スイカ売りの三輪車。1個5元

敦煌のシンボルは飛天

昨年のシルクロード国際文化博覧会の会場となった劇場。度肝を抜くスケール

シルクロードの歴史よりも美術よりも、敦煌で心に残ったのは観光地で働く動物とヒトだった。

ラクダの隊列と観光ガイド

砂の砂漠をラクダの隊列が行く鳴沙山月牙泉。実にインスタ映えするスポット。

ラクダに乗っているのは全員、観光客

直射日光がギラギラと照りつけている。観光客は日焼け止めクリームをベタベタと塗った後で、布を体に巻きつけて完全武装して、にわかベドウィンになる。

生まれて初めて見るラクダの隊列。ラクダは意外と小さい。

「ラクダ、可愛いね!

「ラクダも大変よ。なにせ朝5時から働いてるんだからね」——中国人ガイドのメリーが低い声で言った。

メリーは自分が寝不足で辛いから、そう言ったのだ。

観光地のラクダ同様、ガイドの仕事は過酷だ。私たちの飛行機が遅延したせいで、一昨晩、彼女は夜中の2時まで私たちの到着を空港で待っていた。もし飛行機の到着が朝になったら空港で徹夜をしていただろう。それでも翌日の観光は8時から始まる。

観光は無数の黒子のおかげで成り立っている。ガイドのほかに、ホテルでシーツを替え、部屋を掃除する客室係。レストランの調理人やウェイトレス。運転手、切符切り、マッサージ師など。。。

観光に関わる仕事の多くは合理化が難しく、したがって生産性が低く、低賃金で非正規の労働が多い。そういう黒子たちの苦労のおかげで、快適で楽しい旅行ができる。

砂漠の滑り台

ここを滑る

鳴沙山はその名の通り、「砂が轟々と鳴る」ことで有名なスポットだ。風の侵食により砂に空いた天然の微細な孔のせいで、晴れた日に風が吹くと、砂同士の摩擦により、管弦や兵馬が打ち鳴らす太鼓や銅鑼の音のように聞こえる、という。そして、その音は、砂の上を人が滑ることでも聞こえるらしい。音を聞きたい多くの観光客のために、砂滑りコーナーがあった。

下で待っていて、砂滑りが終わったソリを回収する

快適に砂の上を滑るため、観光客には砂滑り用の木製のスノコのようなソリが貸し出される。砂山の頂上で、一台10元(160円)を払って業者からソリを借りて、ズズーっと滑るのだ。そして、滑りきった先で待っている業者にソリを返す。業者の男たちは返されたソリが7台集まるのを待ち、集まると、それらを背負って再び山のてっぺんまで運んでいく。

ひたすらソリを下から上に運んでは観光客に滑らせる、というシンプルなビジネス。

砂漠の体感温度は50度。朝5時から夜9時半までカンカン照りだ。そんななか、7台のソリを担いだ男たちは腰を曲げて、喘ぎながら、砂を踏みしめて険しい山を登っていく。一回の山登りにかかる時間は30分くらいだろうか。

男たちは汗を滴らせ、顔を歪ませ、「ウー」とか「ウォー」とか、雄叫びをあげながら、登る。登るすぐ、下りる。そしてソリを集めてまた登る。それを延々と1日中、繰り返す。男たちは砂漠の炎天下に1日中、肌を焼かれながら、ソリを運び続ける。

日焼けや熱中症どころの話ではない。そんな仕事は皮膚にも体にも良いはずがない。1台160円のソリを1回7台担いで、約1,000円。一日に何回、往復できるのだろうか。胴元のマージン、ショバ代、ソリの減価償却を入れれば、このソリ運び男たちの1日の稼ぎは2,000〜3,000円くらいだろう。

 

身体を資本にした肉体労働は人間の仕事の基本だ。全身の力を使って休みなく働き、それでもやっと食べいけるかいけないかのカツカツの生活。産業革命が起きるまで、世界の大半の人がそのように生きていた。私の祖先も、そうやって命を繋いできた。

21世紀の今も、世界にそういう人はたくさんいる。シンガポールの道路工夫。デリーの人力車引き。マニラのスカベンジャー(ゴミ漁り)。

AIもシンギュラリティも、全く関係ない世界。。。

観光客はキャーキャーと無邪気に歓声をあげて楽しんでいる。その横でソリ運び男は黙々と運び続ける。

 

マスツーリズムのど真ん中の中世

システム化されたマスツーリズムの底辺に、まるで中世そのままの仕事があった。

鳴沙山のラクダやソリ運びの男たちのリアルな汗と苦しみを見たら、シルクロードの歴史や美術はもう、どうでもよくなってしまった。

人余りの国に行くと、少子化も悪いことばかりではない、と思う。労働力の供給過剰なら、労働者を守る規制など生まれない。どんなに辛い仕事でも、それで現金が得られるならいくらでもやりたい人がいる。

だが、人が余っていれば、人の労働の値段も命の値段も安いままだ。

私の触れ合う人たちは、どのような人たちで、その人たちのもらっているお金はどれくらいで、どんな風に暮らしているのか?

人件費が高い国では、こんな仕事は成り立たない。アメリカでも日本でも、こんな仕事は機械がやる。

ここでも機械が導入されたら、過酷な労働はなくなる!

だが問題は、そうしたら人々が食べていける仕事そのものもなくなってしまう!

そうしたら、男たちはどうやって生きていく?

なら、どんなに辛い仕事でも、やはり、ないよりあった方がいいのか?

イエス。 あった方がいいのだろう。

だが。。。。人身売買や、少女売春や、児童労働は禁止されている。なら、あまりに過酷な低賃金の肉体労働はどうか?なら、動物の酷使はどうか?

結局、ラクダやソリ滑りはしなかった。10元が惜しかったからではなく、ラクダやソリ運び男がかわいそうすぎて、できなかった。

敦煌のソリ運び男に幸あれ。

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中国旅行(3) フライト遅延、キャンセル

教訓:

  1. 中国ではマスツーリズムが爆発中。旅行人口の急激な拡大のせいで、インフラが追いついていない
  2. 中国の国内便の運行は不安定。移動に飛行機を使うことは大きなリスクがあることを認識すべき。ましてやいくら安くても第三国へのトランジットに中国の空港を使うことは絶対避けるべし
  3. 中国の航空会社(私のケースはエアチャイナ)はトラブル発生時にルールに基づく対応がされない。非常時には「早く情報を得たもの」「ごねた者」が得をする。

 

今回の9日間の中国旅行は、飛行機の遅延、キャンセルのせいで、帰国が一日遅れた。北京、敦煌、夏河と、飛行機と鉄道を組み合わせて順調に楽しく移動しつつ迎えた8日目。あとは北京1泊して早朝に羽田便に乗り継ぐだけ、となったところでトラブルは起きた。

夏河からの飛行機が到着した西安の空港ターミナル。出発ボードの中国国際航空西安-北京便に”delayed”の文字。これがケチのつき始めだった。はじめは、「北京到着が遅れれば、ホテルに着くのも遅れて睡眠時間が短くなっちゃう」くらいに思っていた。

ところが甘かった。ボード上の予定出発時間はどんどん、遅くなる。夜10時まで待って、とうとう表示は突然、”flight cancel”に変わった。

飛行機の遅れやキャンセルは、どの国でもある。ただ、普通は天候や機材の整備などの「飛べない理由」が示される。トランスファーなどの問題があれば、代替案も示される。

ところが今回は違った。西安空港のアナウンスはひたすら、「(北京)空港が混んでいる。。。」というだけ。飛行機が飛ぶ可能性は?飛ばなかったらホテルは提供される?フライトキャンセルのせいで、乗り継ぎ便に乗り遅れたらチケット代は補償される?新しい乗り継ぎ便を、どのタイミングで、どう予約しなおせばいい? これらの疑問は最後まで晴らされなかった。

頼みの情報源のスマホも、中国国内の規制のせいでウェブ環境が悪い。旅行をコーディネートしてくれた中国の旅行代理店の担当者の携帯にも電話したが、何せ、夜の10時。彼女もお手上げのようだ。

抗議する私たちに、搭乗口の係員は「航空会社は欠航の責任は取らない」の一点張り。なぜか中国人の乗客は割と落ち着いていて、潮が引くように搭乗口から消えていった。「絶対、明朝、北京に着かなきゃならないんだ!明日の飛行機をどうやって予約すればいいんだ!」と係員に叫び続けるのは外国人、つまり私の夫とスペイン人の夫婦だけだった。

なぜ、中国人は抗議しないのか?不思議なのは、北京行きだけではなく、出発ボードの表示が「フライト・キャンセル」だらけなことだった。西安だけではない。蘭州でも敦煌もそうだった。一体、中国人はいつもこんな不安定な運行に慣れているんだろうか?

後で聞いたところ、嘘か本当か、中国の国内便は、単に乗客数が少なく採算が取れないとわかった段階でキャンセルされるらしい。乗客はホテルと代替便を提供されて、翌日出発する、というだけ。客は金さえ損しなければ、多少の時間の損には目を瞑るというわけだ。

国内便は遅延、欠航だらけ

深夜の西安空港の中国国際航空のカウンターで、私たちは気を取り直して翌日の北京行きフライトを予約した。私たちの悲壮な顔に係員の言葉はミステリアスだった——

「なるべく、キャンセルになりにくい便がいいわよね。じゃあ、出発時間は少し遅いけど、これじゃなくて、あれにしましょ」。

そう。どうやら、中国にはキャンセルされやすい便と、されにくい便があるらしい。

もう、どう頑張ってももう、翌朝の北京-羽田便には間に合わない。私たちは西安空港の地下のホテルにチェックインした。もちろん、自弁だ。携帯を充電し、中国国際航空に電話して、翌日の北京-羽田便を早朝便から午後便に変更した。「本当に午後便でいいんですね?明日の便にしときなさいよ。また乗り遅れても知りませんからね」と、電話の向こうのオペレーターは言った。

案の定、翌朝の西安-北京便も出発が遅れた。電話でのオペレーターの懸念通り、”delayed”の表示のまま、とうとう、午後便も乗り遅れる時刻になってしまった。私たちはもう、かれこれ、24時間も西安空港に閉じ込められている。なぜ飛ばないのか、理由がわからないままに。ようやく飛行機が飛んだのは夜6時も回った頃だった。

夜遅く、到着した北京空港のカウンターは、チケットの再予約、補償、ホテルの手当てなどを求めるあらゆる国籍の乗客でごった返していた。

私たちはカウンターで手を挙げ、叫び、係員にねじ込んで、なんとか、翌日の北京-羽田便への再振替(を証明する小さなメモ)を勝ち取った。

今晩もホテルは自弁かと覚悟していたら、「一人200元(3200円)の補償があるらしいです。それで各自、近くのホテルを予約するらしい」とそばにいた日本人が教えてくれた。

それで、その「200元補償」の長蛇の列に並んでいると、今度は突然、「エアチャイナからホテルが提供されるよー。こっちこっち!早く!」と、日本語を喋る中国人の男が私たちを呼び寄せる声が響いた。

ガセか。。。と思いつつ、私たちはその男のいる方に吸い寄せられ、列を離れた。補償の列のうち、半分はホテルを選び、残りは200元の補償の列に残っていたようだった。

人生の選択は常に非対称だ。人は自分の選択したものの価値がまだわからないうちに選ばなければならない。

不安な気持ちでバスに揺られて30分弱。暗闇に出現した巨大な高級ホテルに到着した。一部屋2万円くらいだろう。一人200元の補償よりずっとお得感があった。男の情報のおかげだ。

普段は航空会社のスタッフが使っているのだろうか?こんな立派なホテルが丸々、乗客の補償用に空っぽな状態にあるに驚く。だが、さすがい全ての補償客を収容できる規模ではないのかもしれない。

夕飯は中国2,3品の平凡なバイキングだったが、お金を払ってビールも飲めた。シャワーですっきりし、ふかふかの快適なベッドで就寝した。

翌朝4時半に起床、5時にはバスで再び空港へ。この時間からすでに北京空港の出発フロアは大混雑だった。

案の定、羽田行きの便にはまたもや”delayed”のマークが付いた。この48時間の経験のせいで、遅れくらいでは驚かなくなっていたが。

空港に居合わせた日本人の何人かから話を聞いた。

その多くが私たちと同じか、それを上回る苦労をしていた。新疆ウィグル自治区を回るはずが、欠航のせいで行きたい所に行けず、帰国する二人組。北京経由の格安航空券で、カナダで夏休みを計画していたのに、やっとハンクーバー便が飛ぶころには、もう夏休みが終わりかけだという女性。。。。私たちは旅行の最終盤でトラブルに見舞われたのがせめてもの救いだったと言える。もし、旅行の最初にこうなっていたら、と思うと、せめての幸いだ。

結局、若干の遅れで北京-羽田便は無事、離陸した。やっと、帰れる。ほっぺたをつねりたい気分だ。

島国日本人の想像を絶する無秩序、大雑把、小さな個人の権利。中国という国の荒々しい姿を体感できた貴重な旅だった。

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中国旅行(2):チベット、夏河、ラブラン寺

2008年の騒乱以降、チベット自治区内は外国人は個人旅行ができなくなっている。だが、それ以外の「チベット文化圏」の旅行は自由だ。15日以内の中国旅行の枠内でノービザで行くことができる。

チベット人人口の半分程度はチベット自治区以外に住んでいる。チベット文化圏はチベット自治区(TAR)以外にも、四川省、雲南省、青海省、甘粛省に広がっている。

https://tibetantrekking.com/wp-content/uploads/Tibet-Map-Large.jpg
AmdorとKhamの地域はチベット自治区に入っていないチベット文化圏

というわけで、今回は甘粛省の甘南蔵族自治区を訪問した。

私にとって2度目の「中国国内」チベット文化圏の訪問だ。

甘粛省の州都、蘭州を9時に出発して車で南西に進む。

蘭州駅。敦煌から高速列車で着く駅はこの旧駅から1時間ほども離れたところにある新しい駅だった。

途中、モスクが点在する回族の居住区(臨夏回族自治州)の永靖で回族料理のランチを食べた。

中華料理だが、豚肉の代わりに羊肉、ご飯の代わりにパン。。み物は、ジャスミン茶にナツメや氷砂糖などをいれたものだった。イスラム教徒の店なのでビールはなし。

羊肉は生のニンニクと一緒に食べるとよいとのこと。

 

見た目は綺麗だが、味は薄くてそんなに美味しくなかった

出発前はウィグル族と回族の違いすらわからなかったが、旅行しているあいだにわかるようになった。

回族はイスラム教徒だが中国語が母語。漢族と雑居している。

回族の清真料理のレストランは中国の至るところにある。日本にないのが不思議なくらい?回族の男性は白い帽子をかぶって、地味な服を着ている。

一方のウィグル族はトルコ系でウィグル語。主に新疆ウィグル自治区にまとまって住んでいる。

3時くらいにチベット文化圏、夏河(サンチュ)に到着した。チベット人の居住地域が近づくごとに高度が上がり、気温が下がり、快適な草原地帯になる。サンチュは標高2900メートル。さいわい、家族の誰も高山病の症状はほとんど出なかった。

中国の平原はどこも夏、暑いから、涼しい草原地帯のチベットは漢民族にとっても格好の行楽地になっている。

中国はマス・ツーリズムが爆発中。マイカーの個人旅行も多い。

ラブラン寺の前には広大な駐車場と巨大なレストランが整備されていた。

遊牧民の生活様式、チベット仏教の深い信仰、独特のランドスケープ。チベットは、日本人にとってと同じくらい、中国人にもエギゾチックなのだと思う(中国にもチベットにハマる若者がいるらしい。「蔵漂」と言うそうだ)。

IMG_2613

征服民は、非征服民を完全に支配し、人畜無害化する。そうしてしまったあとで初めて、「ここには何かがある!」とその文化が愛せるようになるのかもしれない。

ラブラン寺の周辺の草原では、チベット人遊牧民の定住政策が進められていた。

遊牧生活で家畜が草を食べ過ぎると草原の環境に悪い影響を与えるから、放牧地域を制限している、というのが中国の公式の説明だ。

一方、インドのチベット亡命政権は、「ちがう。数千年のあいだ、チベットの遊牧民こそ草原をサステイナブルに管理してきた。チベット人を置き去りにした中国による採掘や漢民族の移住、鉄道や軍事施設の建設が環境破壊をもたらしている。チベット草原を遊牧民の手に返せ!」と主張している。

中国がチベット族遊牧民による抗議を激しく鎮圧

 

中国は遊牧民を「近代化」し、その生活水準を引き上げようとしている。

どんな国も、国民の生活を「近代化」し、その生活水準を引き上げようとするものだ。

そして、「近代化」の度合いは、年収や識字率や医療へのアクセスや平均寿命によって測られる。

かりにチベットが独立国だったとしても、やはり自国を近代化しただろう。だから、遊牧民の生活は、たとえ中国の関与がなくてもやはり、昔ながらのままではないだろう。

歴史を紐解けば、遊牧民が農耕民族を圧倒した時代もある。むしろ、その時代の方が長いほどだ。モンゴルの遊牧民は中国に侵入し、そこの農民の生活を見て、不潔で暑苦しい環境でチマチマと暮らしている中国人を心から軽蔑した、という。

だが、時代が進んで近代になると、遊牧民の分はどんどん悪くなっていった。

「この人たちは計算ができない。怠け者だし仕事が遅い。祈ってばかりで非生産的。一生お風呂に入らない人もいる。女性はパンツも履いていないし、家にはトイレもないのよ」ーー若い美人の中国人ガイドはチベット人についてそう言った。

定住して遊牧しなければ、一世代で遊牧のし方も完全に忘れてしまうだろう。

1日中、やることがなく、ブラブラと定住地区を手持ち無沙汰にうろつく若者たち。観光客に踊りを見えたり、馬乗りをさせたり、テントの中でチベット服で写真撮影することでかろうじて現金収入を得る人たち。その横で大量の観光客向けの大規模な土産屋を牛耳っているのは漢民族ばかり。

 

アリゾナを旅行したときに見た、インディアン居住区のインディアンと似ていた。

物質的には良くなっている。でも文化や自活力は刻々と失われている。

プライドや自主性を剥ぎ取られ、茹でガエルのように二級市民、見世物としての存在に落とし込まれていく。言葉も、コミュニティも、協力し、再生産していく力も考える力も剥ぎ取られていく。。。

2010年以降、焼身自殺を選ぶチベットの若者が理由がなんとなく理解できるような気がした。

焼身自殺しか策がないチベットの悲劇

もし、チベットが独立国で、チベット人がチベット高原を自分の国として管理していたら、彼らはどのように暮らしていたのだろうか?

もし、これから中国から独立を勝ち得たら、チベット人はチベットをどんな国にしようとするだろう?

中国が分裂したら?

そんなことを考えながら、草原を歩いた。

遊牧民は、踊りを踊ったり、馬に観光客を乗せたり、「観光」が生きる道担っている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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中国旅行(1):万里の長城、紫禁城

夏休み、北京と甘粛省を旅行した。

空港、ホテル、道路、観光施設。。。中国はなんでも日本より一回り大きい。それが今回の旅行の一番の感想。

社会主義が壮大さを好む、ということもあるだろうし、国土も人口も多いから、なんでも大きい方が便利、ということもあるだろう。

中国以外だと、アメリカもなんでも大きい。だが、その大きな理由は、アメリカ人の身体が大きいから、という気がする。

では中国人はどうか、というと、身長や体重はほぼ日本人並み。

個人の体格に合わせてモノが大きいのではない。

また経済成長して豊かになったから、大きく作れるようになった、ということでもなさそうだ。豊かでなかった時代のモノも大きいのだから。

民族的特徴でもないと思う。同じ中国人の国である台湾や香港、シンガポールに行っても「何でもでかい!」とは感じない。

万里の長城、紫禁城、莫高窟。。。今回、訪れた名所旧跡はため息がでるほど大きかった。

紫禁城

中国のモノが大きいのは、統治範囲が広く、社会が大きく、権力の集中が激しいから。つまり、中国が帝国だからだ。

中国から日本を訪れる中国人は、私たちの国を小人の国のように感じ、その小ささに感動するのではないか?あらゆるものが箱庭みたいに華奢で、きめ細かい日本。。。

アメリカが大きい国になったのは、現代的な輸送手段や石油文明が発達してからだが、中国は近代の科学技術が発達していない昔から大きな国だった。

中国は他のどこの地域より前から統治機構が発達し、通商が盛んで、中国人は土木建築技術に優れていた。

アメリカは小さい共同体が集まって大きくなった感じがある。一方、中国はそもそも社会がもともと大きい。

中華帝国に比肩する世界帝国はローマ帝国だろう。ローマ時代の土木建築はやっぱり、大きい。

ローマ帝国はとっくの昔に滅びたが、中華帝国はバリバリの現だ。

ローマの支配地域は現在、小さい国民国家=ヨーロッパ諸国に「分裂」している。分裂した状態が当たり前となり、現在に至る。

これに対し、いまでも中国は統一されている。今も始皇帝が統一した時代の中国と同じだ。それどころか、チベットやモンゴルやウィグルも併合しているから、古代の時代よりもっと大きくなっている。

そこに13億人が住んでいる。人口は日本の10倍、アメリカの4倍。その13億人が、北京語を話し、ウィーチャットを使い、アリババで買い物している。同じ制度、統治機構の下で暮らしている。

アリババのマーCEO。成功も桁外れ

大企業と中小企業では統治の原理も成功の定義も個人の行動様式もまったく違ってくる。

それと同じくらい日本と中国には感覚の違いがある。

ちなみに、日本の10大都市の人口はこんな感じ。

1 関東大都市圏 3,692
2 近畿大都市圏 1,934
3 中京大都市圏 910
4 北九州・福岡大都市圏 551
5 静岡・浜松大都市圏 274
6 札幌大都市圏 258
7 仙台大都市圏 217
8 広島大都市圏 210
9 岡山大都市圏 165
10 新潟大都市圏 142

(万人、ウィキベディアより)

一方の中国はこんな感じ。

1 広州 4,429
2 上海 3,596
3 重慶 3,016
4 北京 2,150
5 抗州 2,110
6 武漢 1,978
7 成都 1,800
8 天津 1,600
9 西安 1,356
10 済南 1,300

(万人、ウィキベディアより)

日本は同質的、東京一極集中の雁行型。一方の中国はさまざまな勢力を力づくで統一している感じ。

日本と中国、日本人と中国人。そんな風に二項対立で考えることがそもそもナンセンスに感じられるほどアナザーワールド感たっぷりの今回の中国旅行だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【書評】ベーシック・インカム——BIは超リバタリアンな思想だった

 

ベーシックインカム。全ての国民が最低の所得を国から給付される制度についての入門書。

「最低限の健康的で文化的な生活」のために、赤ちゃんを含め、全ての国民一人一人が死ぬまで年84万円をもらえる。4人家族なら336万円。住む家さえあれば一生、働かないでもやっていけないこともない水準。。。

何もしなくてもお金がもらえるなんてパラダイス。でも税金は高くなるだろう。何もしなくてもお金がもらえる。そして働けば重税。そんなことになれば、誰も辛くてイヤな仕事をしなくなるだろう。すると社会が再生産されなくなるだろう。第一、膨大な公的債務と社会保障費に喘ぐ日本の財政にそんな余裕、あるはずない。。。。

そんな批判を筆者は十分見越している。筆者は左派のユートピア思想家ではない。元官僚、金融と財政のプロだ。その人がベーシックインカムは正しく、しかも財源的にも問題ないと言っている。

財源的に問題ないのは、ベーシックインカムはおよそ全ての既存の所得再分配政策を代替することを前提としているからだ。具体的には、公共工事、年金、扶養手当、子ども手当、農業補助金、林業補助金、生活保護、医療保険、失業保険、文化スポーツ補助金など。これらの手当や補助金は不必要な仕事を作り出し、社会の生産性を削いでいる。これらを全部、廃止してしまえば、ベーシックインカムの財源など軽く捻出できる。

そう、ベーシック・インカムは無駄な政府の介入をやめさせると意味でむしろ、右派的、自由主義的な思想なのだ。その最も著名な提唱者は新自由主義の宗祖ミルトンフリードマン。どうりでホリエモンがベーシック・インカムを支持しているわけだ。

人は一人で生まれることも死ぬこともできない。不慮の事故、失業、天災などのリスクに囲まれて生きている。所得を失い、貧困に沈む危険はだれにでもある。本書は社会の相互扶助機能が、家庭から会社、会社から国家に順繰りに移っていった歴史を振り返る。今、企業が社員の社会保障負担に耐えられなくなりつつあり、それが非正規雇用が増えている根本原因だ。なら、(グローバル競争にさらされている)企業を社会保障の役割から完全に解放するためにも、ベーシックインカムで国が国民の面倒を見るべきだという。

こう読むと、ベーシック・インカムの歴史の必然にすら見えてくる。

だが、そんなに簡単にいくだろうか?

もしベーシックインカムを真剣に是と考える政治家が出現し、既存の制度を真剣にベーシックインカムで代替しようとすればどうだろう?

厚生労働省の仕事はほぼなくなり、国土交通省、農水省、年金事務所、福祉事務所の規模と機能は根本的に変わる。医療業界、建設業界、運用業界、保険業界などの利権、権益は失われる。市役所や区役所の仕事も半分以上なくなる。

年金も公共事業も止めてベーシックインカムに一本化。。。それは、国家の仕組みをゼロから変えるもので、実現すれば明治維新クラスの革命だろう。官僚は反対。族議員も反対。既得権益層も反対。

賛成するのは何の既得権もないが投票権もない子供たちだけかもしれない。

そして、そんな子供たちがベーシックインカムを手に入れたとき、果たして本当に、社会に必要な労働が供給され続けるのか。ベーシックインカムの財源が確保され続けるのか。未知数なことはあまりに多い。

ベーシックインカム。「最低限の健康的で文化的な生活」のために、赤ちゃんを含め、全ての国民一人一人が死ぬまで年84万円をもらえる。4人家族なら336万円。住む家さえあれば一生、働かないでもやっていけないこともない水準だ。

働かなくてお金がもらえるなんてパラダイス。でも税金は高くなるだろう。何もしなくてもお金がもらえる。そして働けば重税。そんなことになれば、誰も辛くてイヤな仕事をしなくなるだろう。すると社会が再生産されなくなるだろう。第一、膨大な公的債務と社会保障費に喘ぐ日本の財政にそんな余裕、あるはずない。。。。

そんな批判を筆者は十分見越している。筆者は左派のユートピア思想家ではない。元官僚、金融と財政のプロだ。その人がベーシックインカムは正しく、しかも財源的にも問題ないと言っている。

財源的に問題ないのは、ベーシックインカムはおよそ全ての既存の所得再分配政策を代替することを前提としているからだ。具体的には、公共工事、年金、扶養手当、子ども手当、農業補助金、林業補助金、生活保護、医療保険、失業保険、文化スポーツ補助金など。これらの手当や補助金は不必要な仕事を作り出し、社会の生産性を削いでいる。これらを全部、廃止してしまえば、ベーシックインカムの財源など軽く捻出できる。

そう、ベーシック・インカムは無駄な政府の介入をやめさせると意味でむしろ、右派的、自由主義的な思想なのだ。その最も著名な提唱者は新自由主義の宗祖ミルトンフリードマン。どうりでホリエモンがベーシック・インカムを支持しているわけだ。

人は一人で生まれることも死ぬこともできない。不慮の事故、失業、天災などのリスクに囲まれて生きている。所得を失い、貧困に沈む危険はだれにでもある。本書は社会の相互扶助機能が、家庭から会社、会社から国家に順繰りに移っていった歴史を振り返る。今、企業が社員の社会保障負担に耐えられなくなりつつあり、それが非正規雇用が増えている根本原因だ。なら、(グローバル競争にさらされている)企業を社会保障の役割から完全に解放するためにも、ベーシックインカムで国が国民の面倒を見るべきだという。

こう読むと、ベーシック・インカムの歴史の必然にすら見えてくる。

だが、そんなに簡単にいくだろうか?

もしベーシックインカムを真剣に是と考える政治家が出現し、既存の制度を真剣にベーシックインカムで代替しようとすればどうだろう?

厚生労働省の仕事はほぼなくなり、国土交通省、農水省、年金事務所、福祉事務所の規模と機能は根本的に変わる。医療業界、建設業界、運用業界、保険業界などの利権、権益は失われる。市役所や区役所の仕事も半分以上なくなる。

年金も公共事業も止めてベーシックインカムに一本化。。。それは、国家の仕組みをゼロから変えるもので、実現すれば明治維新クラスの革命だろう。官僚は反対。族議員も反対。既得権益層も反対。

賛成するのは何の既得権もないが投票権もない子供たちだけかもしれない。

そして、そんな子供たちがベーシックインカムを手に入れたとき、果たして本当に、社会に必要な労働が供給され続けるのか。ベーシックインカムの財源が確保され続けるのか。未知数なことはあまりに多い。

どう考えても実現は難しい。実現するとしても、既存の制度の上にハリボテのようにくっつけられた、当初のシンプルな発想からはほど遠いものとなるだろう。

それでも、そんな過激な思想を日銀審議委員が提唱しているということ自体ががすごい。

なお、筆者は文中で、「富は必ずしも正当なものではないが、社会が安定するためには正当なものだと人々に感じられることが必要」と述べている。これは読めば読むほど不思議な表現で、よくわからなかった。「正当ではない富を、正当な富と思わせる」ためには「ウソ」が必要だ、ということで、欧米によるアジアの植民地化を「正当でない」と否定した(近衛首相が)アジアの共産化をもたらした(元凶)として批判している。この部分は舌足らずで他の部分と噛み合っていないで不思議だった。

それでも、そんな過激な思想を日銀審議委員が提唱している、ということ自体ががすごい。

なお、筆者は文中で、「富は必ずしも正当なものではないが、社会が安定するためには正当なものだと人々に感じられることが必要」と述べている。これは読めば読むほど不思議な表現で、よくわからなかった。「正当ではない富を、正当な富と思わせる」ためには「ウソ」が必要だ、ということで、欧米によるアジアの植民地化を「正当でない」と否定した(近衛首相が)アジアの共産化をもたらした(元凶)として批判している。この部分は舌足らずで他の部分と噛み合っておらず、不思議な気がした。

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【書評】ハリネズミの願いーーつながりたい気持ちと自意識過剰

ノンフィクションばかり読んできましたが、実に久しぶりに外国の小説。

昔の石井桃子さんの本みたいな、可愛らしい装丁。ドキドキします。

ハリネズミの願いはひととつながること。誰かと一緒にいて共感する幸せを味わいたい。

それは人の普遍的な願いでしょう。

それでハリネズミは招待状を書きます。紅茶とケーキを用意して誰かが来るのを待ちます。

待ちながら、招待されたひとの気持ちを考えてくよくよするーー迷惑かな。どうせ、みんな忙しいだろう。僕のハリが怖いだろう。僕の家はみすぼらしいし、きっと紅茶とケーキは嫌いだろう。。。

それに、来てくれたとしても、そいつがイヤな奴かもしれない(ハリネズミは自分に自信がないくせに自我が強い。気位が高く、好き嫌いが激しく、他人に厳しい。それが彼の「ハリ」なのです)。

ハリネズミは誰にでも来て欲しいわけではありません。共感して幸せを感じられる人と出会いたいのです。

でも、どうやったらそんな人に会えるのか? 会うためにどうしたらいいのでしょうか? 家をもっと綺麗にしたらいいのかな? 自分のハリを抜いてしまえばいいのかな? 何かに擦り寄ろうとしても、何に擦り寄ったら正解なのか、わからない。

それでハリネズミは不安の中で楽観と悲観、自尊と自己卑下のあいだを揺れ動きます。悲観が極まると、どうせ嫌な思いをするなら独りがいい、とやせ我慢します。

そのくせ、すぐに人恋しくなる。期待し、妄想することを止められません。

ずっと内面のシーソーゲーム、独り言が続きます。

色々などうぶつがハリネズミの家を訪れます。現実と妄想の中で、ハリネズミの家をぶっ壊すなど、変な、ひどい動物が登場します。「良い」動物もいます。ハリネズミをほめ殺すコフキコガネや、美しい歌で深い感動を与えるナイチンゲール。だが、それでもハリネズミは満足できません。一方通行で、心のふれあいがないからです。

最期の最期、ハリネズミはやっと求めていたものを手に入れます。自意識の檻から出られ、不安がなくなり、ぐっすり深く眠れるようになります。

物事は起きるときには起き、出会えるときには出会える。そこに至るには、正解もノウハウもありません。

自意識過剰と寂しさを抱えた人にとっては、どんなリアルな物語よりリアルな物語。私にとって星5つでした。

 

 

 

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フィリピン旅行

時が経つのが早いです。

一ヶ月前のフィリピン旅行の写真を備忘録代わりに下のサイトにまとめました。よかったらご覧になってください。

http://4travel.jp/travelogue/11256631

同じ途上国でも、スリランカは貧しさよりも調和の取れた自然と文化に目が行きましたし、ネパールでは中世都市文化の絢爛さに心奪われました。インドのダラムサラでは仏教の精神文化の気高さを学びました。

それからすると、フィリピンの短い旅で私が学んだものは、グローバル資本主義の荒々しさ、格差社会の実態、そして、その背後にある歴史の根。。。。
グルメ、観光、リゾートの快楽は少ない分、たくさん、考えるための糧をいただいた旅でした。

 

 

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【映画評】メトロマニラ世界で一番危険な街

現金収入と機会が少ない田舎から若者が希望を持って都会に出てくる。貧困のどん底からスタートし、勤勉と才覚、人との出会いを通じて苦難を乗り越えて成功していく。私たちはそういう物語が大好きだ。エビータ、マイフェアレディ、スラムドッグミリオネアなどの映画。もしくは西原理恵子さんの人生のような実録サクセスストーリー。

この映画も最初はそんな映画に思えた。

田舎から出てきて住むところもない主人公の夫婦が、逆境に苦しみながらも、仕事を見つけて、親切な人と出会って、屋根のある家に住み、そして。。。。

夫婦は若く、敬虔なクリスチャンで、善人で、才覚もあり、美男美女。観客は「ガンバレー」と文句なく感情移入できる。

だが。。。。フィリピンの現実はそんなに甘くなかった。

腐りきった大都会に出てきたカネのない人たちにとって、努力、正直、勤勉は通用しない。ストーリーが進むごとに観客は嫌というほど見せつけられる。マニラでは、貧しい人が合法的にミドルクラスのマトモな生活に行き着くまでの道筋はあまりに険しい。

どうやったら、歯が痛い子供を歯医者にやれるか?今日の夜ご飯を手に入れられるのか?

貧乏人の経済学では、いかに貧乏人は頭を使って生活しないと生き残れないかが詳しく描かれていた。この映画はまさにその実録ドキュメンタリーだ。

こうしたドキュメンタリー調の前半からうって代わり、後半はサスペンス調になる。ラストの結末、主人公の究極の実存的選択はあまりに衝撃的だ。

99%の絶望に対して1%の希望。ものすごく素晴らしい、余韻の残るラスト。

映画のテーマは、ひたすら、貧困、貧困、貧困。相対的貧困ではなくて、絶対的貧困。貧困の中で逆説的に強まる家族の絆。

フィリピンの貧しさの理由を思いつくままにあげると次のようになる。

1人口過多

→ヒトがどんどん、生まれる。多すぎる!日本の真逆だ!ヒトが多すぎるから食べられない。労働供給が過剰だから働く人は買い叩かれる。

2 農村の荒廃、まともな仕事のなさ

→農村があまりに貧しい。だから、ヒトがますます都市に集まる。でも、都市にもそのヒトたちを食べさせるだけの仕事がない。教育のある人ですら青息吐息なのだ。貧しい人たちは生きていくために、水商売、危険な仕事、麻薬関連に手を染めるしかない。

3 法律の不徹底

→政府を信用し、法律をちゃんと守っていたら、食べていけないという不条理。

フィリピンのシュールなところは、貧しさが豊かさと隣り合わせだということだ。悪臭とスラムを見ないことにして、高層ビルだけを写せば、写真に写ったマニラの街並みはそれほどシンガポールと変わらない。マニラのショッピングモールは、日本のイオンモールより綺麗で活気がある。

貧しい人たちは、お金のある人たちと取引しながら生活している。上京してきた主人公は金持ちのカネを運ぶ仕事をし、奥さんは白人相手のバーで働いている。

貧しい人は経済の生態系から排除されているのではない。そこに、しっかり組み込まれている。金持ちと貧乏人は社会的には交わらない。だが、経済的には相互依存している。

 

この映画は、そうしたマニラの不思議な姿を掬いとっている。

不思議なのはマニラだけではない。相互依存しているのは何もマニラの金持ちと貧乏人に限らない。世界が経済的な絆で相互依存している。フィリピンと日本もまた相互依存している。

↑日本とフィリピンの相互依存関係をテーマにした古典的名著

この映画を作ったのはイギリス人だという。こういう深い視点でフィリピン社会を題材に捉え、商業作品に仕上げ、私たちにモノを考えさせてくれるのは、フィリピン人ではなくイギリス人。そのこともまた、世界は実に奇妙で複雑だということを教えてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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なぜフィリピン人は英語を話すのに貧しいのか(2)

日本で早期英語教育の是非についてプロコンの意見が対立している。

こうした議論は一筋縄ではいかない。

小学校の英語義務化には反対する人が、自分の子供はインターナショナルスクールや英米の大学に送っていたりする。それに「英語教育」に反対する人も、そもそも英語教育の関係者で英語でご飯を食べている人が多かったりする。

むずかしい問題だ。

個人と社会は別物だからだ。

「英語が得意な帰国子女のAさん、ハーバードからコンサル会社に入り、年収5000万。。。」というときの「Aさん」は個人。

それに対し、「なぜフィリピン人は英語を話すのに貧しいのか?」というときの「フィリピン人」は社会。

「個人」を語るのは割とたやすい。自分や周りの人の経験から語れるからだ。だが、「社会」はむずかしい。

 

●個人にとって英語は付加価値….

私たちが英語、英語。。。という理由の多くがグローバル企業での仕事が高給で、そうしたグローバル企業に入るには英語ができないといけないことによる。また、アメリカに従属的な立場の日本では、アメリカとの繋がりが強いことが政財学界のエリートであることと強く相関している。そうしたことは社会で肌身で感じられる。そんな個人が社会的上昇の手段として子供に英語を学ばせようとするのは合理的なことと言える。

●….でも、国や社会の豊かさは英語力とは無関係

でも、社会全体としてみると、そこには合成の誤謬のようなものがある。

個人にとっての善は、社会にとっての善じゃない。

日本の豊かさの源泉は、同じ言葉を話す国民意識にあるからだ。

国民意識があるから、私たちは同じ思いを共有し、押し合いへし合いの社会で協力してやっていける。

「国民意識」とは仲間意識と言っても良い。

日本語のおかげで、1億2000万人が共同幻想を共有し、そのおかげで協力し、日本全体としてまとまり続けられている。

それができてない国、たとえばフィリピンのような国を知れば、それは実感できる。

フィリピンの人たちはわがままだから協力できない?

そんなことはない。むしろ、その反対だ。ずっと人と人との関係を大事にする。家族の絆は日本よりずっと厚いし、スラムや農村では人々はお互いに協力しないでは生きていけない。日本人の方がよほど個人主義的で勝手に生きている人が多い(私も今回、一人で旅行している時、「かわいどう」と随分、フィリピンの人に同情された)。

だが、数千人、数万人、一億人規模の協力、階級を超えた国民の協力という点では、間違いなく日本人の方が強い。そういう協力は、信頼の上にしか成り立たない。信頼は、共同幻想に基づく「同じ人間だ」という感覚の上にしか成り立たない。人は、同じ言葉を喋らない人、共通の過去を共有しない人には同じ人間だという感じを抱きにくい。

そうした中、フィリピンでは英語の読み書きができる人、英語が喋れる人、全くできない人。。。というように言語能力のグラデーションが階級になっている。そうしたグラデーションによって世界観、所得、階層があからさまに分断されている社会だ。

階級を超えた社会の共感がないところでは、万人に適用される法律というものが徹底されない。「仲良し」のための政治になり、「みんな」のための政治が行われない。社会が痛みを分かち合えない。個人の豪邸や金儲けのための商業施設はできても、公園ができない。道路ができない。図書館ができない。

フィリピンではそういう「公」の欠如が強く感じられ、そのせいで巨大な非効率と無気力が生まれていた。人々は政府ではなく家族やコミュニティに頼って生きている。だが、彼らは脆弱だ。問題は、彼ら以外の世界は、政府やら企業やら、はるかに大きな単位で動いているからだ。

世界には、「個人として英語ができると得なこともあるけど、英語ができなくても惨めじゃない国」「英語が階級になっていない国」がたくさんある。たとえば、ドイツやフランスやイタリア。これらの国の底力は長い時間をかけて国民国家が出来上がっていることになる。

「みんなで。。。」という同調圧力は日本社会で特に強い。中にいると、うんざりすることがある。だが、そういう同調圧力が、同時に人々の大きな単位の協力を可能にし、大きな単位の協力があるからこそ、一部の個人には間暇とお金の余裕が生まれる。そういう余裕から文化は生まれる。

そういう物事の表と裏の関係がようやくこの年になってわかってきた。

フィリピン、パナイ島イロイロ・シティのホテルの窓から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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なぜフィリピン人は英語を話すのに貧しいのか(1)

英語ができることは仕事で大きなプラスになっている。

フランス語はそうではなかった。

10代、20代の私は英語よりフランス語が得意だった。知識でも人格形成でもフランスには多大な恩義がある。だが、キャリアに直接は役立たなかったという点では、フランス語学習は徒労だったといえる。

働きはじめてからは英語、英語、英語。それがグローバル社会の共通語だったからだ。パリでも東京でも英語。資本市場は日本語でもなく、フランス語でもなく、英語で動いていた。

英語をマスターしたおかげで、グローバル経済の一番回転の効いている部分にアクセスが得られた。今でも英語は私にとって必要不可欠な一部であり、糊口をしのぐ手段だ。若いころの友人を見回しても、若いころの英米圏留学組は良いキャリアを築き、気に効いた仕事をしている人が多い。

そういう現実を肌身で感じる親は、子供に英語教育を施そうとする。日本人だけでなく、韓国人や中国人も。

そんなアジアの英語学習者にとって、コスパ良く英語を学べる国がフィリピン。フィリピン留学、スカイプ英会話。圧倒的に安く、安いわりには質が良い。

だが、そこには大きなパラドクスがある。私たちは経済的利得を求めて英語を学んでいる。なのに、肝心の英語の先生であるフィリピン人が貧しい、というパラドクスだ。英語国フィリピンの人件費が安いからこそ、ギャップを利用したフィリピン留学、スカイプ英会話、コールセンターが成り立つのだ。

フィリピン人は出稼ぎメイドですら気の効いた英語を喋る。シンガポールではメイドから英語をならう日本人駐妻もいる。

。。。。だが、そのメイドの月給は3万円程度。

5月にフィリピンに行った理由の一つは、そのわけを知りたい、というものだった。

マニラ首都圏マカティの街角

 

 

 

 

 

 

 

 

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