【映画評】百円の恋ーー人生に求める、与えられるということ

例年をはるかに超える酷寒の今年。予想外のインフル罹患で一週間、外出不能に。

最悪期を超えても、頭がぼーっとしてまだ十分に読書も仕事もできないなか、Gyao!の無料配信で見たこの2014年の邦画。素晴らしい作品。出会えて良かった。

主演の安藤サクラ。奥田瑛二のお嬢さん。彼女の存在感が斉藤一子の実存に命を吹き込んでる

地方都市。母が弁当屋を営む寂れた商店街にある一軒家で、両親、出戻りの妹、その連れ子と一緒に住む32歳のニート、斎藤一子が主人公。

散乱するタバコの吸い殻、テレビのコード、リモコン、ジャンクフードの空袋、ボサボサの髪。モノが散乱した部屋と虚ろな目から示される、怠惰で無為なパラサイト生活。怠惰な姉に耐えかねた妹に自活を求められ、罵声を浴びせられ、取っ組み合いの喧嘩をし、一子は家を出る。そして、木造アパートを借り、百円ショップで深夜バイトを始める。

実家に前からいた姉さんに、出戻りで帰ってきた子連れの妹に罵られて家を出されちゃうなんて、一子、立場弱いな。

時給1200円で百円ショップの深夜バイトを始める一子。

きょうび、日本では、弁当屋や百円ショップを活用すれば、かなり安い生活費で生きていくことができる。だが、モノが安いということは取りもなおさず、そこで働く人の所得も低いということ。地方都市は寂れ、百円ショップは人手不足。そこで働く人たちの生活は底辺。映画に登場する愛すべき百円ショップの店員たちは、世の中の流れにも乗り遅れており、一子はじめ、誰もスマホを持っていない模様。当然、ツイッターもインスタもfacebookもやっていなさそうだ。。。。(中年店員は「ミクシーやってた!」と言っていたが)

乗り遅れているのはそれだけではない。世の中の嫌煙の流れに抗い、この映画、登場人物は主人公のみならず、ほぼ全員がヘビースモーカーだ。

顔も頭も今ひとつ。男性経験ゼロ、正社員経験ゼロ、コミュ障気味のこじらせ女子、趣味はテレビゲームの32歳。それがヒロインの一子だ。きっと、働き者の母ではなく怠け者の父に似たのかもしれない。妹は姉に似ず、普通に可愛く、機敏。おそらく一子は子供時代から妹に負けっぱなしの人生だったと想像される。

非モテという点で、一子はブリジットジョーンズを彷彿とさせるし、気だるく訥弁な感じは若い頃の桃井かおりにも似ている。だが、一子はブリジットジョーンズのように王子様との結婚を夢見て努力したり、背伸びしたりはしない。また、桃井かおりと似ているようでいて、「あたしって、実は自由で賢くて可愛いでしょ?」みたいな1980年代っぽい自意識や媚びとも無縁だ。安藤サクラ演じる一子は、草食系が極まり、バカにされても無視されても怒りすらしない。まるで伸びきったゴムのような淡白で無気力な受け身の態度がなんとも2010年代的だ。

何しろ。。。。。

職場のキモい44歳のオヤジに強姦されても、泣き寝入り。

バナナマンこと新井浩文(いつも百円ショップにバナナを買いに来る、引退直前の貧乏なプロボクサー)にナンパされ、いよいよ心温まる恋愛物語が始まるか。。。と思えば、こいつもまた人格障害気味の底辺男。バナナマンにいくら暴言吐かれても、裏切られても、一子は怒りもせず、抗議もせず、口をへの字に曲げて、うつむくだけ。

「ひゃくえん!ひゃくえん!なんでも、や・す・い!」ーー100円ショップのシュールな店内音楽(そして一子の初めての試合の入場曲)は、一子の「安っぽい」キャラの象徴でもあり、貧しく薄っぺらな現代日本社会の象徴でもある。

そんな一子、映画の中で2回、感情をあらわにして泣く。この映画、一番の見どころだ。

2回とも、一子はまるで子供のように嗚咽を上げながら、奥底にしまわれた感情をむき出しにして、長く、長く、泣き続ける。

バナナマンと初めて寝るとき。そして、もう一度は最後に、ボクシングの試合に負けたとき。

その泣き声の思いがけない激しさ、生命力に、観る人は胸を突かれる。

一子には隠された二つの強い感情がある。

まず、「愛されたい!」という感情。

そして、もう一つは、「勝ちたい!」という感情。

どちらも、他人に見せるのが恥ずかしいから、必死に隠している感情。

なぜ、隠すのか?

だって、きっと愛されるはずないから。

だって、きっと勝てるはずないから。

それでも私たちは、「愛されたい」「勝ちたい」と願わずにはいられない。これからの人生にそれが起きることを期待せずにはいられない。

その思いが、彼女を(自分を振った男がやっていた)ボクシングに向かわせた。愛されるか、勝てるか、分からない。人生が手遅れになる寸前に、彼女はガムシャラにそれを求めた。

「思いっきり戦うの、いいな。それに、終わった後に、敵と肩たたき合うの、いいな」ーーバナナマンに振られた後、一子は吸い寄せられるように、その男の通っていたジムに通い始める。

人と関わることを避けていた一子が、コーチにアドバイスを乞い、会長に試合に出して欲しいと頼み込むようになる。

猛練習を経た、初めてのボクシングの試合で、一子は完膚なきまでに負けた。

神様は一子が切ないほどに願った「勝利の味」を彼女に与えてくれなかった。

血だらけ、顔はボコボコ、あざだらけ。

だが、神様はそのとき、彼女に思いがけないプレゼントをした。「勝」てなかった彼女は、その思いもよらなかった瞬間に、愛を手にいれるのだ。果敢なチャレンジの後、正直に泣く一子の素直さが、冷血漢、バナナマンの心を溶かしていく。

新井浩文演じるバナナマンと安藤サクラ演じる一子の関係はちょっとサドマゾで、「道」のザンパノとジェルソミーナを彷彿とさせる。

幸いなことにジェルソミーナと違い、一子はちゃんと生きて男の愛を手にいれた。

そうすることで自尊心も手に入れた。

彼らは若くはないが、人生終わりという年でもない。

今の日本、どれだけ希望は少なくても人生は長い。

二人は一緒になるだろう。一子は実家の弁当屋を出て、二人は一緒に仕事をして、なんとか親がかりではなく自分たちの力で生きていくのだろうと思った。子供だって生まれるだろう。二人のおかれた状況からして、その後の人生は決して華々しくはないかもしれない。だが、それは少なくとも借り物ではない、自分の力で切り拓いた人生には違いない。

一子を鍛え、応援するボクシングジムの人たちがいい。必死に生きる、家族も、百円ショップの人たちも、みんな、いい。そこには絶対的な善人も悪人もおらず、予定調和的なハッピーエンドもなく、奇跡もなく、地方都市をリアルに生きる人たちの生がリアルに描かれている。これぞ、日本。これぞ、日本人。外国で暮らしている日本人が見たら、とても日本が懐かしくて涙が出るだろうな。

ネタバレどころか、ラストシーンのその後まで予測するなど、映画の紹介としておよそ、ふさわしくない記事になってしまった。古い(4年前)映画ということで、お許しください。

その後の物語まで観る人に想像させるほど、ストーリー構成の完成度の高い映画は滅多にない。フェミニズムとか、社会批判とか、そういう教訓に走ってないのも好ましい。新しいけど普遍的、普遍的だけど、新しい。

インフルエンザのおかげで、思わぬ拾い物。⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

 

 

 

 

 

 

 

 

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【書評】ホモ・デウス Homo Deus–A brief history of tomorrow

ベストセラー、ホモ・サピエンス全史の著者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の第二作。まだ邦訳されていない模様。

ヒトは幸せを追求し、飢餓、戦争、疫病を克服してきた。今、ヒトは神の領域に達しようとしている。安楽な衣食住に恵まれ、90歳まで生きる私たち戦後日本人は、確実に神に近づいているのだ。

一方、ヒトの幸せのために、この7万年間、環境と動物の命、幸福が凄まじいまでに犠牲になってきた。今日、地球上の大型動物のバイオマスのうち、2割弱がホモ・サピエンス(=人間)、7割弱がホモ・サピエンスに遺伝子改造された家畜であり、野生動物はわずか1割弱に過ぎない。今日の世界はヒトに覆い尽くされ、支配され尽くされている。人間に寄生する家畜は種としては繁栄しているものの、ヒトのいいように利用され尽くされるだけの人生を送る個体の苦しみは筆舌につくせないものがある。

ハラリは、「AIと遺伝子操作により<超人=ホモ・デウス>が誕生すれば、今度はホモ・サピエンスがこうした動物のステータスに転落する番だよ」と言う。データ主義、遺伝子学の知見、AIにより、「ヒトは皆同じ」と言う個人の平等や自由意思の近代的理念が根底から切り崩されつつあるからだ。「ヒトは他のヒトを、それがヒトであるというだけで大切にしなければならない」というのが、近代の理念だったわけだが、宗教的真理が近代になって虚構だと暴かれたように、今度は科学技術の進歩により、そうした近代的真理が虚構として暴かれようとしているのだ。

人類全体としてはホモ・デウスに向かっているとはいえ、神になれるのは豊かな一握りの人に過ぎない。FANGによるデータ独占、世界的な所得と資産格差の拡大、階級の固定化。こうした今見られる現象は、ホモ・デウスによるホモ・サピエンス支配前夜の、恐ろしい未来のプレリュードに過ぎないのかもしれない。

大きく喧伝されてはいないものの、ハラリは本書は瞑想の師であるゴーエンカに捧げられている。ベジタリアンのハラリは明らかに動物の運命を憐れみ、ホモ・サピエンス(特に近代欧米人)の所業の罪深さを嘆いている。イスラエル人なのに、外見もちょっと僧侶みたいなハラリ氏。仏教的価値観、あらゆる分野の碩学ぶり、しかも平易でわかりやすい文体により、本書は数多の将来予測書にない深みがある。

1度読んで、今、2度目の熟読中。人生の10冊に入る名著であり、どんなに時間をかけてももう一度は熟読したい本。

 

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古民家の失敗

いすみに家を買い、東京と行ったり来たりするようになって2年。

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先立つものは家財道具。一昨年、昨年と、いすみ用に家電製品からDIY用品、家具まで怒涛の買いモノした。業者も入れて、いくつか小規模な改装工事もした。

予算が限られるなか、ヤフオク、amazon、楽天、ビックカメラなどネットを駆使して、必要最低限、最適の購入を目指した。だが、明らかに失敗もあった。備忘録、今後の教訓として「失敗」を書き残しておきたい。

失敗1:大きすぎるキッチン用具

いすみには友人、知人も招きたかったから、スペース不足の東京の兎小屋で買えなかった「本格キッチン用具」をいくつか買った。具体的には、大型中華鍋、大型セイロ、シンクをまたぐ大きなまな板など。

だが、『友人、知人に囲まれる古民家ライフ』は幻想だった。東京の友人は皆、多忙。誘っても、なかなか来てくれない。それに、改修や草刈り作業に追われる古民家では、正直、お客様をもてなす暇はない。お互いの負担になるから、「ぜひ、来て!」とばかりも言えなくなった。

2年間、実際に行ったのは、圧倒的に、夫婦2人に子供1人、もしくは夫婦2人だけ、もしくは1人がほとんど。地元の人との付き合いも、縁側で世間話をする程度。ディナーを招待するところまではいかない。

野良作業で疲れた体に大きくて重いキッチン用具は使いにくく、洗いにくい。せいろで大量にシュウマイを作る機会もない。結局、コンパクトな台所用品をコソコソを買い直すことになった。

失敗2:安すぎる汎用家電製品

入居早々、前の住民が残していった洗濯機が壊れた。引き渡し直後の出費が嵩むなかでの予想外の出費。深く考えず、ネットで一番、安かったハイアールの洗濯機を購入した。

ところが、これが、汚れが落ちない!いすみの汚れ物は都会の汚れ物とは違う。泥だらけの服を洗うから、洗濯後に汚れが落ちているか落ちていないか、一目瞭然。

家電はコモディディで、今時、どこも基本性能は同じ、シンプルイズベスト、高機能の高額家電は無駄。。。。と思っていた。だがそれは、私が都会のヤワな汚れしか知らなかったから。

同じく、気軽に使えると思って買った、日立のスティック式掃除機。やはり華奢すぎて、吸引力が弱く不満足だ。ダイソンの掃除機が欲しい。

洗面所用に買った電気ストーブは、能力が低すぎて、ちっとも温まらない。都会のマンション仕様は古民家には合わない。

家電は一度買ったら、捨てるのに買うのと同じくらいの手間暇がかかる。ああ、安物買いの銭失い。。。。

失敗3:植木、肥料、農具などもろもろ

いすみの家に行くときには、いつもホームセンターに立ち寄って、鍬やら軍手やら、植木、肥料、釘なんかを買ってはすぐ使う生活を2年間続けた。おかげで、飛躍的に、農具、工具、植物の扱いなどの知識が増えた。とはいえ、失敗は続く。

こちらの人は迷わず、どかっと20キロの肥料の袋を10袋買う。植物も大量に買う。おっかなびっくりの私たちは、ベランダガーデニングの感覚で1キロの小袋を買い、それをどこに蒔いたかも忘れてしまう。100円のハーブを一つだけ買って、どこに植えたか忘れてしまう。土に合わないシクラメンやブルーベリーを買って植えては、枯らしてしまう、間違えて刈払機で幹を切ってしまう。植木ばさみやシャベルも一番、安いのをおっかなびっくり買って、一回で壊してしまう。

思い切りの悪さから来る失敗が多かった(反面、思い切りすぎた失敗もあった)。

修理のノウハウがないから買い直しの無駄も多かった。

スプレー式の油を挿せばまだまだ使える倉庫錠。壊れたと思って買い直してしまった。

鎌を研いだり、ねこ車の持ち手のテープを巻きなおしたり、タイヤに空気を入れたり、刈払機の刃をこまめに替えたり、地元の人は手持ちの工具を丁寧に手入れする。修理のノウハウを学び、真剣に取り組むには、やはり、私たちの週末田舎暮らしは圧倒的に時間の余裕がないと感じる。

基礎固めに手間をかける時間もノウハウもないなら、思い切って、外注(=業者に家と庭を作ってもらう)も視野に入れるべき? だが、それには莫大な費用がかかる。果たしてそこにお金を使う価値があるのか? 何か賢明で、何が愚行なのか?

2年間は、土の上の生活の現実と、人生の時間と手間とお金の使い方の非情なトレードオフの学習に費やされたといっても過言ではない。多くのことができないまま、無能な自分と、ボロボロの庭と家を呆然と見つめ続けた2年だった。

昨年、ブログで、いすみの古民家ライフを十分にアップできなかった理由は、こうした赤裸々な現実が、必ずしも「他人に見せたい素敵な生活」ではないからというのが正直なところだ。

いすみから東京に戻るたびに、マンションの共有部分の見事に手入れされた花壇や敷石に感嘆する。乾燥したコンクリートの高層住宅の生活に快適さを感じる。都会では重いモノを持ったり、油まみれになったりしないで済むことに安堵する。

同時に、中央区の完全に固められた大地を歩きながら、いすみの庭を掘り起こして出会ったカエルやミミズやモグラや虫の幼虫のことを思い出す。都市のコンクリートの犠牲になった無数の生物の命のことを。

都会に住む私たちが普段、それらについて考えないで済むのは「自分で手を下していない」からに過ぎない。

もちろん、「のんびりのどかな田園」だって無実ではない。農業は土を掘り起こして、たくさんの生物を犠牲にする営みだ。そうやって、経済原理に則った人間にとって良いもの、市場に有用なものを作り出そうとする。そのことは都市も農村も同じだ。

人間の営みのために犠牲になった自然への贖罪のための神社や小さな社がいすみの国吉原には無数にある。

少なくとも、「自分で手を下した」人たちは、生きる本質をしっかりと意識できる。私たちの生活を根本で成り立たせているのは何か、という本質を。

それにしても、農村の維持には大変な、技術力とお金が要る。中央と地方、農村と都市は絶えず交流し、連関している。それを2つに分けて、「あっち側」を理想化するかと思えば、ドヤ顔で見下して「べき論」を述べるのは愚かしいことだ。

2年前、美しい古民家を壊し、セキスイハイムの家に住み、庭をコンクリートで無風流に固める田舎の人を、批判的に見る自分がいた。なんて傲慢だった私。

2年前には、この古民家を見たとき、家と庭の佇まいの優しさに感動した。それは今でも変わらない。行くたびにこの家の優しさと美しさに心が震える。それが、どんなに陋屋で、人を招けない家だとしても。

愚行により、人は賢明になる。初心忘れず、残されたお金と時間を有効に使えますように。。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

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今年もありがとうございました

予想外のトランプ相場。気がつけば、日経平均はバブル以来の最高値をつけ、AIやらブロックチェーンが世の中のキーワードとなり。世間は変わらないようでは、変わらないようで変わっていきますね。

ご近所、新川界隈のレストランは、留学バイト生が里帰りするせいか、今年の年末年始、長く休むところが多いです。不況から一転、人手不足は今後、ますます深刻化しそうです。

問題は、不足しているのは安い労働力ばかりというところなのでしょうが。。。。

さて、私の2017年。振り返ってみれば、何もなかったようで、いろいろなことがありました。

2016年4月に買ったいすみの古民家

昨年は毎週のように通いましたが、今年はほぼ2週間に一度のペースにスローダウンしました。春までに外便所を納屋にした以外、人の手を借りるような大きな修復はせず、もっぱら、庭仕事に勤しみました。買った当時は「早く人を呼べるような素敵な場所にしなければ」と焦っていましたが、「別にこのままでも住める。人に見せる必要はない。綺麗になればそれに越したことはないが、そのままでも悪くない」と思えるようになりました。ようやく、新しい工務店とのプロジェクトが来年から稼働する予定です。まずは裏庭の整地からです。

いすみに通う頻度が少し下がったのは、思いのほか、本拠地東京の生活が忙しかったから。前は50代に入ったらスローダウン。。。と思ってましたが、むしろ、その反対。気持ち的にも物理的にも、ますます毎日のTo do listに追われるようになり、あっという間に一日が終わってしまいます。

まあ、忙しいのは自業自得です。

今年は、フィリピン、韓国、中国(チベット)と、近くの三つの国を旅行しました。フィリピンはひとり旅、韓国と中国は家族旅行です。

フィリピン旅行は忘れがたいものでした。帰ってきてから、たくさん、本を読みました。新しい視点、座標軸をもらいました。リンク

GWの韓国旅行はわずか3日でしたが、戦争記念館を訪れたり、カロスキルでコーヒーを飲んだり、お隣の国の今を体感できました。リンク

8月の中国旅行では北京と甘粛省(敦煌、ラプラン寺など)を訪れました。初めて訪れた北京は想像を超えて、すげー場所でした。中国、すごい。チベットのアムド地方の遊牧民の現実はショックでした。一緒に旅行した息子がチベットに関心を持つようになりました。帰りの飛行機の欠航のハプニングも家族にとって良い思い出になりました。→リンク1

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東京にいるあいだは、ひたすら自宅でMacに向かってる時間が長かった。

「作りたい」の一念で、8月にLINE STAMPを自作しました(チベット男)。使ったのはGIMPSという無料ソフト。なかなか売れませんが、作る作業はすごく楽しかったです。

あと、集広舎の川端社長との出会いのおかげで11月に2冊目の本を出すことができました。これまで10年間のチベットボランティアの経験が結実した本です。書いているあいだは、ずっとダライ・ラマの声が私の中で響いていました。自分のために書いたようなものです。

本書の制作過程では、翻訳のほかに、デザインやイラスト、タイポグラフィーなどに関心が高まりました。新しいことをインプットする一番有効な手段はアウトプットすることですね。

9月には、以前から学びたかったTM瞑想を学びました。直接的な生産性につながらない12万円を捻出することも、毎日、1日40分の時間を瞑想に充てる決心をすることも、決して簡単ではなかったのですが、難しい、難しい、と言っていたら、人生、終わってしまう。とにかく、できるときにできることを始めよう、と思って。→リンク

始めて3ヶ月。とてもいいです。

11月から年末にかけては、モーショングラフィックスの学校に通いました。→リンク

TM瞑想同様、残りの人生、どのような形で社会と関わっていくのか、どのように時間を使いたいのかを考えた上での投資でした。

なぜ、モーショングラフィックスなのかって。。。。

転機のきっかけは、いつも偶然。人生、いつどこで何が起きるか、わからない。

モーショングラフィックスに興味を持った直接のきっかけは、上述の中国旅行の際に、旅行代理店から一つの動画を紹介されたことでした。こんな動画を私も作れたら、と強く思いました。「そんなの、この年になって今更できない。。。」と怖気付きましたが、「やりたい」という思いが勝りました。

伏線にあったのは、夏に作ったLINE STAMPの「とても楽しかった感」です。

また、本を作る過程で、世の中が文字から絵、静止したものから動くものにどんどん、変化している実感がありました。

結果的には、学校に行って、本当に良かったです!

それ以外にも、7月には義父の逝去、9月には息子の来年の米国交換留学が決まるなど、身辺の変化がありました。

合間にはいろんな本も読みました。→コクリコのアマゾン書評

色々、やりすぎた報いか五十肩になり、年末には整骨院に行くハメに。昨年も年末には目の充血が取れないトラブルに見舞われましたが、今年は肩。やはり、この年齢になれば色々あるもんです。PCの前にずっと座りっぱなしのお地蔵さん生活が続いた報いで10年間で10キロ太ってしまい、夏以降には一年発起。ダイエットでなんとか4キロ落としました。→リンク

本当に色々あった一年でした。なかなか前に進まない時もありますが、今年は全体として前に進めた年でした。

これからも一瞬一瞬を大切に。そして、未来のめぐりあいの中で、過去の様々なdotをつなげていく作業ができたら、と思っています。楽観的に、誠実に。

あとは、あと6キロ痩せられたら、と!

更新が遅いブログですが、読んでいただき、ありがとうございます。

来年も引き続き、よろしくお願いします。

下山明子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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楽観主義と不随筋

ダライ・ラマは、「楽観主義でいきましょう」と言われた。その言葉が響いたから、でクローズアップしたのに、本音では、まだまだ咀嚼しきれてない自分がいる。

「コップに水が入っている。『もうこれしかない』という人もいれば、『まだこんなにある』という人もいる。同じモノを見ても、それをどう受け止めるかはヒトによって違う」。

それは30年前に親しかった人の口癖でもあった。

まだxx歳(楽観主義)なのか、もうxx歳(悲観主義)なのか。

100万円しかない、なのか、それとも100万円もある、のか?

こんな仕事しかできない、なのか、こんな仕事もできる、なのか?

客観的事実にどう意味づけするかは自分次第。

22歳の私は、「『全ては心の持ちよう』なんて、くだらん精神論だ。客観的な事実に対する自分の感じ方を自分で決めることは難しい」と思っていた。「●●さんみたいに美人でお金持ちで、恋人もいれば、幸せになれる。でもそうじゃない私は幸せじゃなくて当然」と思っていた。

いや、美人でお金持ちでなくても幸せにはなれる人はいるだろう。だが、そのために、美人でお金持ちでなくてもいい、と自然に思い切れないといけない。

残念ながら、心は不随筋なのだ。世の中にはもともと将来に対して楽観的な性向の人と、悲観的性向の人がいる。悲観的な親に育てられれば、悲観的になりやすいし、楽観的な親に育てられれば、楽観的になる。誰かを好きになるのに理由はないように、楽観的になるのも悲観的になるのも理由はない。株式市場にも楽観的なときも悲観的なときもある。そりゃ、いつも楽観的であるに越したことはないが、それを意思でコントロールするのは難しいし、不自然だ。

正直、その気持ちは50歳になった今もあまり変わってはいない。悩んでいる人に明るく楽観的な言葉をかけることできる。悲しくても、人前では努めて笑顔を作る、とか、将来を悲観しがちな自分を「頑張れ!」と励ますことはできる。でも、心の底から、自然に、心を望ましい方向に持っていくのは難しい。「楽観的に。。。」と自分で自分に言い聞かせるより早く、すでに悲観的な気分になってしまっている。一体、それを、どうすれば変えられるのだ!

ダライ・ラマの悲惨な半生に反比例するような屈託のない笑顔、将来に対する明るい見通しは、人間が困難の中でも楽観的でれることの例証ではある。ダライ・ラマだけでなく、客観的な状況にかかわらず楽観的な人を私はたくさん見てきた。そういう人は、生まれつき脳内のエンドルフィンが出やすい構造なのだろうか?それとも単に、現実認識能力が弱いだけなのか?

信仰や瞑想が楽観主義の一つの鍵であることは確かだろう。チベット仏教や禅を実践する人の中には本当に澄み切った顔をしている人がいる。ヤマト運輸の小倉昌男さんのように現実を変えて偉業を遂げる起業家には信仰心があることが多い。ダライ・ラマの楽観主義も、生来の性質というよりは、長年の瞑想で心をコントロールする術を学んだ結果だろう。仏教には心のインナーマッスルを鍛えるメソッドがある。

では、信仰もなく瞑想時間も乏しい凡夫はどうすれば良いのだろう?

どうせ不随筋は動かせないと諦めて、せめて動かせる筋肉だけでも動かすということか。

「笑う門には福きたる」のことわざを信じて、嘘でも笑う。心で悲観的になっても、絶対、それを言葉にしない。なるべく、悲観的な人との交わりを減らす、悲観的になりそうな情報は取り込まない。楽観的な人のオーラに近づく。そうやって、プチプチ、悲観のタネを潰す。

恋多き女だった作家の宇野千代さんは、生前、「私、(辛い思い出は)忘れてしまうんです」と言っていた。忘却もまた、楽観的に生きるための知恵だろう。

そもそも、コップにどれだけ水が入っているか(=過去の体験で自分が作り上げたベンチマーク)を忘れてしまえば、過去を比較して、まだこんなにあると喜ぶことはない代わりに、これしかないと悲しみ、恨むこともなくなるのだから。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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新刊:ダライ・ラマの『楽観主義でいこう!』と『声明』

遅ればせながら、去る11月14日に本が刊行されました。ダライ・ラマ法王のスピーチから、名文句や勇気付けられるくだりをピックアップして、英日併記し、同じ内容の録音をCDにまとめたものです。

これまで日常生活のかたわら、これまで10年弱、チベットハウス(ダライ・ラマ法王日本代表部事務所)のボランティア翻訳をしてきました。チベットハウスのニュースリリースや、内部資料、それにこうした小冊子の翻訳などをしてきました。

それが今回、こういう形に結実しました。

法王の数多くのスピーチから選んでテキストをピックアップし、翻訳するのが私の主な役割でした。それに加え、私自身がチベットとなぜ関わり始めたか、非ネイティブが英語を話すとはどういうことか、フランス語の思い出など、私のちょっと私的なスモールエッセーも入っています。

小さな本ですが、ダライ・ラマ法王という人が何を考えて、何を言いたいのかが、わかりやすく単刀直入にまとまっていると自負しています。ぜひ、お手に取っていただけたら幸いです。

また、今回、ダライ・ラマ法王の言葉とずっと付き合う中で、「なぜ、こういうことを言うのか?」「それは、実際の生活とどう関わるのか?」とずいぶん、自問しました。それについては、折に触れてこのブログで書いていけたらと思っています。

さらに、もし、この本を読んで、チベットへの興味が高まったら、ぜひ、こちらに進んでください!

これもまた、ダライ・ラマ法王の言葉をまとめた本。新刊ほやほやです。

こちらは上級編。原書は毎年の3月10日のチベット蜂起記念日の法王のスピーチをチベット亡命政権が編纂したものです。

1961年から2011年までの一つ一つの声明は、その時点でのチベット人と国際社会に対する法王の政治的メッセージです。

あまり一般には知られていない、第一級の政治家としてのダライ・ラマ法王の側面を垣間見ることができます。

翻訳は、私と同じくチベットハウスのボランティア翻訳をされている小池美和さんが担当されています。

スピリチュアル的存在としての名声と比べると、1959年にインドに亡命してから、国家元首としてのダライ・ラマ法王が率いる亡命政権は何を考え、どう行動してきたのかということはあまり知られていません。過去50余年のダラムサラでの日々が、実に汗と涙と困難と忍耐の連続で、スリリングな面もあったことがわかります。

本土への残留組と亡命組に分かれた国民をまとめていく大変さ、刻々と移り変わる世界情勢の中で立ち位置を決めていく大変さ。。。

本書は歴史的資料としての価値が高く、チベット問題の本質を理解したい人や、中国の現代史、アジアの国際関係などを研究する人々にとって、今後、必読書となる予感がします(ダライ・ラマ法王の秘蔵写真もてんこ盛りです!)。

『ダライ・ラマの英語スピーチ集』、『声明』。いずれも福岡の出版社である集広舎さんが版元。

集広舎さんはこれまでも、ツェリン・オーセルさんの本や、中原一博さんの本など、あまり大衆受けしないチベットの政治関連本を勇敢に出版なさってきた出版社です。

この2冊に加え、数奇な運命を辿り、アメリカに亡命したモンゴル人名僧アジャリンポチェの回想録を加え、今秋、何と三冊のチベット関連本を連続して出版されました。社長の川端さんは九州男、太っ腹!

今回、素晴らしい方々と協力して仕事ができ、たくさんの気づきを得ることができました。

これからも楽観主義でやっていこうと思います!

引き続きよろしくお願いします。

 

 

 

 

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TM瞑想ーー1日2回20分

瞑想はこれまでも身につけたいと思っていました。お寺の参禅、歩きながら自分の足の裏を意識するヴィパッサナー瞑想も、試したこともあります。ヨガのシャバアーサナも一種の瞑想でしょうか。

でも、どんな瞑想も長続きはせず。

長続きしなかった理由は、習い方が中途半端で、やり方が独りよがりだったせいかもしれません。

忙しい日常の中、きちんとメソッドを身につけ、続けていく価値と必然性を見出せきれなかったためでもあります。

そんな中、思いたって、2ヶ月前、TM瞑想の門を叩きました。

料金の高さ(12万円)がネックですが、都内で2−3時間カウンセリングを合計4日受けるだけでメソッドを学ぶことができます。

TM瞑想は、ビジネスマンやセレブなど、世界中の忙しい人たちも実践している瞑想なので、結跏趺坐を組めず、定期的にヨガに通ったり長いリトリートに出たりできない私にも実践できるかもれないと思ったのです。

結果、とりあえずこの2ヶ月、習ったTM瞑想をきっちり1日2回、20分、実践できています!

これからもずっと続けられると感じています。もう、あれこれ瞑想ホッピングしなくてもいい予感もします。

それは、TM瞑想のメソッドがとてもシンプルで、しかも、気持ちの良いものだから。

12万円は、マンツーマンで指導を受けることで、何より瞑想とは気持ちが良いものだ、自分にとって良いものだと思い知るための代金でした。

無になれない。姿勢もきちんと取れない、自分は望ましい瞑想のあり方からずれている。。。確信のなさ、「あるべき瞑想」に縛られていたことが、私の瞑想が今まで長続きしなかった理由でした。

TM瞑想はテクニックであり、ルールもありますが、ものすごい苦労をしないと身につけられないテクニックではないし、日常生活と両立しないものではありません。子供だって学校で身につけて実践できるのですから。

もし、TM瞑想に一番の難しさがあるとしたら、どんな時も、どこでも1日2回20分の時間を捻出する、外部との関わりをシャットアウトする、ということでしょう。それがTM瞑想のルールです。

いつ誰から電話がかかってくるか分からない、数分刻みでスケジュールが決まっている、小さな子供がいるなど、本当に忙しい人にとって、1日2回20分を捻出するのは厳しいかもしれません。

でも、私くらいの人間が、1日40分、作業や外部の情報をシャットアウトすることは、それほど難しくないことが分かりました。

たとえば、イスラム教徒は一日5回、礼拝のためにほかの全てを中断します。

特別な機会だけでなく、日常生活にリセットを組み込むのです。

それができないなら、できるように日常生活を少しだけ変えるのです。

日常生活を大きくは変えられないが、少しなら変えられる。

本を読む代わりに瞑想。作業する代わりに瞑想。人と話す代わりに瞑想。スマホに手を出す代わりに瞑想。外の世界に働きかけたい気持ち、外部から刺激を受けたい気持ちを少しだけ諦めて、瞑想。

TM瞑想の習慣は、とりわけ、朝から晩まで情報にさらされ続けて疲れている現代人に有用と思います。創始者のマハリシは、「これは科学なので、信じようが信じまいが、実践すれば効果は必ずある」と述べています。それは、本当にその通りです。

人によって瞑想の効果は様々なようです。

私にとって、瞑想を始めたからといって、突然、良い人間になるとか、世界の成り立ちが理解できるとか、人間関係が変わるとか、そんな劇的変化はありません。ですが、少なくとも、私の心には前より少しだけ余裕ができ、強迫観念が減ったように思います。

うまくいけばいい、でも、行かなくても構わない。好かれたらいい、でも、嫌われてもOK、みたいな余裕。

そして、ダメ元でもやってみようかな、という意欲と楽観主義。

スポーツ、マッサージ、エステなど、手軽に身体の疲れをリセットを図るツールは世の中にたくさんあります。でも、心のリセットは意外に難しいものです。常に動いているものだから。

旅行に出たりして、心のパラダイムを変えると、不安やストレスなど、心の疲れは一時的にでも解消されます。

1日2回20分のこのシンプルな瞑想は、毎日、小さな旅に出るほどの効果があると思いました。

私にもできるシンプルな瞑想を教えてくれたマハリシ、そして指導してくださったTM瞑想センターのI先生、ありがとうございます。

 

 

 

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心の財布

お金も心も、不安は余裕がないから生まれる。

もし、手金が200円しかなければ、100円の出費はおおごとだ。なにせ、手金の50%が消えてしまうのだから。

でも、もし手金が1万円なら、100円の出費は気にならない。100円は手金の1%に過ぎないから。

10万円があれば、0.1%。

100万円あれば、たった0.01%。100円の出費は心の痛みや不安を引き起こさない。

心も同じだ。

例えば、出したメールがすぐに返ってこない。

それが恋人に出したメールなら、1日中、疑心暗鬼になる。メールが返ってこないのは、忙しいから?返事の内容を考えているから?それとも、もう、私のことを好きじゃないから?

何か、悪いこと言った?

それとも、もしかして、メッセージが届いていない?もしかして迷惑メールのボックスに入っちゃった?携帯が壊れた?

それが、3日、1週間と続くと、不安はもっと大きくなる。

恋人でなくても、クライアント、取引先、友達、家族。

心に余裕がないと、イライラ、イライラ。

もしかして、私が悪いことした?

私とはもう、縁を切りたいと思ってる?

「メール、届いていますか?」と電話しようか?

でも、電話が不在着信なら?

不信が雪だるまになっていく。

電話したら、「ああ、ごめんなさい。忙しかったから」と言われるかもしれない。

そしたら、ホッとする?それとも、「わざわざ、電話させるなよ!思いやりがないな。もう、縁を切ってやる!」とますます頭にくる?

こんな日常生活のイライラは、そもそも、心の手金が200円しかないから生まれる。

財布に余裕がないから、小さな債権に依存する。そこに人生がかかってると思うほど、視野狭窄に陥ってしまう。些細なことで落ち込む。

もし、お財布に1万円あれば、100円の債権のことなんて気にしない。返ってこなくても、大丈夫。

メールが無視されても、この世の終わりじゃない。嫌われたって、無視されたって、この世の終わりじゃない。

大切なのは、自分の財布には1万円ある、って自分に言い聞かせることだ。

幸い、お金と違って、心はいくらでも大きくすることができる。

人に与え続けられる人。そんな人の心の財布にはいつも1万円が入っている。

考えてみれば、私自身、長い時間、随分、小さな負債を作ってきた。貸し倒したこともある。借りたことを忘れたふりをしたこともある。

そんなとき、心の貧しい私を救ってくれたのは、いつだって、余裕のない私を包み込む、心の大きな人だ。

だから、返してくれない人を責めるのではなく、私が自分のお財布を大きくしよう。

大きくするにはどうすればいいかを考えよう。

財布が大きければ大きいほど、たくさんの貸しを作れる。

そして、貸せる余裕のある人が、最後には一番、多くの資産を作るのだ。

たとえ、何度貸し倒れても。

そのことを忘れないようにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ダイエット

恥ずかしながら、10年で10キロ太ってしまいました。怖くて、怖くて、体重計に乗らないで、現実から逃げ続けてました。ですが、昔の服が入らないことで、太ったのは歴然。

この年になると、「太った…..」と客観的にズバリ言ってくれる人もいなくなり、写真を見て、デブを実感する機会も減り、すっかり自分を甘やかしていました(夫と子供は太めになった私をからかっていましたが)。「チャレンジするなら、ダイエットにチャレンジしろよ!」、の老父の一言で、目が覚めました。

これまで、何度かダイエットしてきました。ですが、目標の「○○キロ減」を達成できた試しがありません。逆に言えば、達成できてもできなくても良かったからかも。

絶対、痩せなければならないほど太ってしまったのは、今回が初めて。

ダイエットの情報をウェブで集めてみると、量の多さに圧倒されます。今回ばかりは読むだけで満足してしまうのではなく、実践しなければなりませんから、実践可能な情報を取り込む必要があります。

結局のところ、全てのダイエットの王道は摂取カロリーが消費カロリーを下回ることが全てといえるでしょう。

食べるモノを減らし、運動する。

問題は、どうやってか、ということ。

いつも、”what”はシンプル。情報が分岐するのは”how”のレベル。

脂肪燃焼のカラクリを少しでも知れば、<一ヶ月で5キロ痩せた>のようなダイエット広告の歌い文句がいかに夢想的かがわかります。

1キロの脂肪を燃やすのに必要なカロリーは7200キロカロリー。これを30で割ると240キロカロリー。一ヶ月で5キロ痩せるためには、毎日、1200キロカロリー以上、消費カロリーが摂取カロリーを上回る必要があります。

せいぜい、一日1800キロカロリーくらいしか消費しない私は、一日、600キロカロリーの生活を一ヶ月続けなければ5キロ減は実現しません。

一日600キロカロリーで。1ヶ月なんて、絶対に無理!

かといって一日の消費カロリーを数百カロリー引き上げるような激しい運動を毎日する生活は送れません。

というわけで、現実的でモデレートな、一ヶ月1キロ減 ×10ヶ月 の目標を掲げました。

実践している内容は次の通り。

1 食べないもの:ジュース、クッキー、カステラ系のケーキ、チョコレート、塊の肉、揚げ物、ジャンクフード
2 食べ過ぎた日は、脂肪吸収抑制剤「オルリファスト」を飲む
3 おやつに食べるもの:ひまわりのタネ、納豆、キムチ、果物
4 一日最低10,000歩。週に2〜3回ジムで4キロ走る

朝はアサイーボウルとコーヒー

オルリファスト以外、高価なダイエット食品を使ったり、食餌療法を取ることはしていません。なにせ長期戦なので、日常生活を普通に送る必要があるので。

9月半ばから本格的に始めたダイエット、目下、1.5キロ減と順調に推移しています。夫がかなり私のダイエットに関心を持っているので、コーチ代わりに使っています。「50歳になると代謝が悪くなって痩せない」「運動をする時間がない」など、言い訳はきりがありません。あらゆる言い訳を撃退し、スリムを取り戻りたいと思います。

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【書評】チャーズ―中国革命戦をくぐり抜けた日本人少女

敦煌を旅行中、ガイドのメリーと一緒に、敦煌名物、ロバ肉入り麺のランチをしているときだった。

敦煌名物ロバ肉入りの麺

メリーはフェイクのグッチのリュックを背負い、伊達メガネをかけている。小柄で肉付きが良く、ちょっと稲田朋美に似ている。東京のセブンイレブンでレジ打ちをしていても全く違和感のない中年女性だ。

私はメリーに、「どうして敦煌に住んでいるの?」と聞いてみた。

メリーはこともなげに言った。「父が湖南省から甘粛省に移住してきて、母と敦煌で知り合って結婚したの。でも、父は結局、ここで餓死したのよ」と。

「ガシ」という言葉が刺さった。

メリーが生まれてから、食べ物がなくてお父さんが死んだということは、大躍進か?

敦煌は僻地だから、もしかしたら、大躍進が長引いて物流の麻痺や凶作の影響が長く続いたのだろうか?

好奇心はあったものの、メリーのプライバシーにそれ以上立ち入るのは止めた。政治的なことは話せないかもしれないし。

その代わりに、帰国後に「チャーズ」を読んだ。

「チャーズ」という本の存在は中国に行く前から知っていた。名作との評判が高かった。だが、あえて読む気は起きなかった。

飢餓、暴力、悲惨を描いたノンフィクションは読んでいて辛い。ましてや、それが実話、本人の体験談なら。私にはホラー映画や戦争映画の趣味はないし、もう小学生ではないから、「戦争は怖くて嫌だと思いました」と言うような作文を書く必要もない。

だが、メリーの一言から生まれた好奇心が私を本書に向かわせた。

もちろんメリーの父の死とチャーズの悲劇は別物だ。だが、両方とも中国の大地で起きた悲劇という点で共通点はある。

チャーズは中国建国前後の内戦時の長春で、戦前に満州に渡った作者の遠藤誉さんとその家族が実際に経験したことを、成人後の再構築したノンフィクションのドキュメンタリーだ。

当時、長春の街は国民党軍が支配していたが、その街が共産党軍に包囲された。外からの兵糧攻めに逢った街の人々は、どんどん痩せ、雑草や犬まで食べ、とうとう、人肉市場開設の噂が立つ。街からの脱出を図った日本人家族が街の内外の境界地域であるチャーズで見たものは。。。

緊迫感を持って最後まで一気に読了した。

兄弟が餓死すること、餓死者の上で眠ること、死んだと思っていた人の手が動くこと。。。。やはり描写はリアルで、とんでもなく怖かった。

肉体的苦痛を想像して戦慄したら、あとは自動的に「平和で豊かな日本で生まれ育ったことに感謝」の思考モードになってしまう。

特攻隊、戦艦大和、原爆、アウシュビッツ、東京大空襲、ベトナム戦争。7時のニュースで流れるひどい殺人、事故、災害などの悲劇。

全部、そうだ。

私たちはそれらを見聞きして、「怖い。。。」と思い、そういう恐怖がない「今の日本の自由で平和な日常」をありがたいと思う。そして、悲劇の教訓を探し、悪の根源を探し、それを憎むことで小市民的な精神の安定を得ようとする。

だが、本書の一番の怖さは、「そんな小市民的な感慨は無駄だ!」と読者を突き放すところだ。

「現実は、そんなもんじゃないんだよ」、と遠藤さんは言う。「それは、日本の侵略が悪い。。。」とか、「中国共産党の独裁が悪い。。」というようなものではなく、「戦争が起きないようにするには。。。」「家族の死を無駄にしないためには。。。」と考えること自体がそもそも間違っている、と言う。

チャーズは完全に国民党軍と共産党軍の馴れ合いによって起きた人災であり、数十万の人々の非業の最期には意味がなく、そこから教訓も引き出せない、と言う。自分たち家族や多くの人の肉体的苦痛が無意味で不条理だったと遠藤さんは言う。

チャーズの真因は、中国の厳しい原野の気候風土と「大地の法則」にある。それが本書の結論だ。人命をあまりに滑稽に弄び、個人の人生の価値を無意味化してしまう中国の大地の法則そのものを畏怖している。

それは法則なのだから、チャーズは不条理でなく条理だったのかもしれない、とすら言う。

さらに、遠藤さんは「もう嫌!たくさん!忘れたい!」と言いつつ、そういう中国の大地が同時に持つ、暖かい包容力、寛容さ、命を育む力に魅せられて、その後も中国と関わりを続けることを選んでいるのである。

個人に降りかかれば、一生に一度、驚天動地の悲劇であるチャーズも、鳥瞰的に見れば、それは繰り返されている。中国では似たような悲劇、人災が繰り返されてきた。チャーズの前には様々な内乱、その後にも、大躍進、文化大革命。。。。

もしそれが不可避な「大地の法則」なら、今後も、それは起きる可能性はあるし、法則なら起きるのが必然ということになる。

やれやれ。

メアリーは父の餓死の話の後、「息子がウィーチャットにハマっている件」をひとしきり話した。周囲を見回せば、上海や広州から来た裕福な観光客が嬌声をあげながらスマホで自撮りしている。

もしかしたら、満ち足りた様子の観光客の親兄弟は、もしかしたら、拷問死したり餓死したりしているのかもしれない。

いや、観光客自身が10年後にはチャーズの生き地獄を体験するのかもしれない。

食べきれないほどのご馳走を食べた私たちに、「食事は足りた?満足だった?満足だったらアンケートに、『満足だった』って書いてね」、とメアリーは笑って優しく言った。

世の中はシュールでグロテスクだ。

 

 

 

 

 

 

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